2026/3/12
ビジョンに資するデザイン
グッドデザイン賞審査委員長の任を受けるにあたり、改めて「いいデザインとは何か?」について考えてみました。私なりに整理すると、まず二つの要件が挙げられると思います。
一つ目の要件は、本能的に美しいと感じるかどうか。人が直感的に惹かれる造形や佇まい、使い心地。それは単なる装飾ではなく、機能や合理性を含んだ「美しさ」である必要があります。
二つ目の要件は、社会性があるかどうか。環境への配慮にとどまらず、人権、労働、物流、産業構造など、そのデザインが社会とどのように関わっているのか。デザインは常に社会の一部であり、社会への態度を内包しています。
ここまでが、現時点で共有されている「いいデザイン」の主な要件ではないでしょうか。しかし私は、この二つだけでは不十分なのではないかと感じています。
三つ目の要件は、ビジョンに資するものであるかどうか。それは企業や組織の存在意義と、具体的な事業活動をつなぐ力のことです。前提となるビジョンが異なれば、あるべきデザインは違うのではないか。デザインはビジョン・世界観・プロダクトを整合性の取れた形につなぎ合わせるものであり、ユーザーに対して深い理解を促すコミュニケーションの役割をも担っています。
この視点が、これまでのデザイン評価において十分に共有されてこなかったのではないでしょうか。そしてこの問題は、デザインだけの力では解決できません。そもそもビジネスサイドが明確かつ解像度の高いビジョンを描いていなければなりません。ビジネスサイドとクリエイティブサイドの協働によってしか、本質的には乗り越えられない問題だと考えています。
グッドデザイン賞が、デザインに関わる人だけの場ではなく、ビジネスサイドとクリエイティブサイドが対話し、協働する場となれるよう、力を尽くしていきたいと思います。 応募される皆さまもグッドデザイン賞という機会を使って、自社のあるべき姿=ビジョンを再考するきっかけにしていただけると嬉しいです。
2026/3/12
探究とともにかたちづくる
私たちが生きる現在は、過去と未来とをつなぐ連続のなかにあります。これまでに重ねられてきた多くの探究のうえで、私たちはいかにしてさらなる創造の営みを継続していけるのでしょうか。デザインが担う役割がより広く、深くなっている現在、この先に向けた提案もまた丁寧かつ積極的に行われていくことの重要性を改めて感じています。
近年、さまざまな経験の蓄積によって課題に対する解決への道筋が速やかに示される場面も増えてきました。しかし、人や社会のための創造的な思考や活動とは、固定された枠組みに容易に収まるものではなく、即時的な解を求めにくい状況のなかにこそ見落としてはならない示唆が潜んでいることを感じます。だからこそ、各社、各人が自らの立ち位置や専門性を強みとして身近な対象からより広い状況へと洞察を広げていく、その力強く継続的な歩みによってもたらされる環境や事業のあり方にも注目したいと考えています。
また、個々の状況や異なる領域を柔軟に結びつけることもデザインが担う重要な役割の一つです。プロジェクトに関わる多くの関係者が対話を重ね、私たちを取りまく環境をいかに統合的な視点でかたちづくっていけるのか。さらには、そうした試みを支える背景や過程を広く伝えていく情熱と勇気も、忘れてはなりません。
社会のこの先に向けたビジョンをはじめ、想いを推し進める論理的な思考と現代の生活者としての感性、そして事業としての視点を併せもった躍動的な活動を通じて、デザインの幅広い可能性が浮かびあがることを期待しています。本年度のグッドデザイン賞を通じて、多くの皆さんと出会えることを願っています。
2026/3/12
美しいかたち
デザインは、混沌とした社会に「美しいかたち」をつくる営みです。ここでいう「かたち」とは、もちろん物理的な形に限ったものではありません。地域のかたち、事業のかたち、暮らしのかたちなど、分散していた要素を結び、輪郭を与え、私たちが手触りをもって実感できる一つの確かな秩序として立ち上げられた状態のことです。
いま、社会が直面している課題の多くは、皮肉にも合理性や効率性といった、個々の立場での正しさを信じて進めてきた、局所最適の積み重ねの結果でもあります。正しさは強力な基準ですが、「合成の誤謬」として知られるように、個別の正しさを足し合わせても、全体としてはむしろ問題を引き起こすことが多くあります。環境問題や社会の分断も、誰かの悪意によるものではなく、善意ある人々の正しい選択の集積が生み出していることもまた現実なのです。一方で美しさとは、要素同士の関係性が整い、全体として無理なく機能している状態に宿る性質です。色や形の均衡だけでなく、個人の情熱や組織のビジョンと事業性、現場の切実さと地球規模の課題といった、相反する価値を引き受け、たとえ不完全な部分があっても、なお破綻せずに均衡を保つ、その全体性や調和に、人は本能的に美しさを感じるのではないでしょうか。
数値で測れる正しさにとどまらず、計測を超えた先にある調和の質、つまり美しさに向き合うことが、いま私たちには求められています。美しさと聞くと、感覚的なものだと反発を覚えるかもしれません。しかし「美しいかたち」をつくろうとする姿勢は、単なる審美的な志向ではなく、矛盾を包み込みながら、社会の中にしなやかな秩序を丁寧に編み上げようとする態度そのものです。それはモノのデザインにも、コトのデザインにも共通しています。バラバラになった正しさを、再び統合する知性として、デザインの力が問われているのです。分野を超えて、手触りのある「美しいかたち」に出会えることを心から期待しています。
2026/3/12
想像力を灯すデザイン
静かに存在してきた、もの。ゆっくりと人を繋いできた、しくみ。それらは分けて語ることができるのでしょうか。私たちの社会を見渡すと、ものとしくみは絡み合いながら「デザイン」されています。ものがあるからしくみが生まれ、しくみがあるから、ものが生まれているとも言えるでしょう。そして、そのデザインが立ち上がるまでには、仕事に携わる人たちや企業が、そのものに触れる誰かを想い、多くの時間をかけてきました。積み重ねた試行錯誤が、私たちの社会生活を静かに支えてきたのだと思います。
これまでグッドデザイン賞は、70 年にわたり、日本で暮らす人々の経済活動とともに歩み、応募者の皆さまとデザインとはどのようなものなのかを考え、伝えてきました。しかし、急速に変化する社会の中で、見落としているものや、見えなくなっているものはないでしょうか。私は、見過ごされがちな小さな配慮から生まれたものや、静かに人をつなぐしくみにも目を向けたいと考えています。近年、大賞を受賞したプロジェクトには、その本質である「誰かのために」という視点が、より鮮明に現れているように感じています。分断や不安が広がる時代だからこそ、目の前の隣人だけでなく、まだ見ぬ誰かのことを想像することが大切です。これは、デザインという仕事に関わる人たちの職能とも言えます。
そのうえで、これからのグッドデザイン賞の役割は、いまデザインができること、できないことを立ち止まって見渡し、応募者同士のつながりを育む場となること、そして互いを結び直す橋であることだと考えています。そうした新しい挑戦を重ねながら、これからの社会を見つめ、すでに芽吹きはじめている新しい経済活動の小さな兆しと出会えることを期待しています。人と人のあいだに、新しい想像力を灯すデザインを、審査委員一同、お待ちしています。
