審査ユニット総評
本年度のグッドデザイン賞の審査も、応募対象を領域別にグループ分けした「審査ユニット」ごとに行われました。ここでは「審査ユニット総評」として審査を通じて見られた領域特有の傾向や課題をまとめています。
ユニット01身につけるものユニット02パーソナルケア用品ユニット03文具・ホビーユニット04生活用品ユニット05生活家電ユニット06映像/音響機器ユニット07情報機器ユニット08産業/医療 機器設備ユニット09住宅設備ユニット10家具・オフィス/公共 機器設備ユニット11モビリティユニット12建築(戸建て住宅〜小規模集合・共同住宅)ユニット13建築(中〜大規模集合・共同住宅)ユニット14建築(産業/商業施設)ユニット15建築(公共施設)・土木・景観ユニット16インテリア空間ユニット17メディア・コンテンツユニット18システム・サービスユニット19地域の取り組み・活動ユニット20一般向けの取り組み・活動
本多 沙映
デザイナー/ジュエリーアーティスト
様々な技術やテクノロジーが絶え間なく進化する中で、時代にふさわしいものづくりの在り方を常に更新していくことが求められている。たとえば、AIによる型紙配置最適化を通じて生産過程そのものから環境負荷低減を実現したメンズ白衣(25G010029)は、最新技術の導入が持つ社会的意義を端的に示している。一方で、長年培われてきた知恵や技術を改めて見直し、そこから今の時代に必要な要素を抽出して新たな価値を形にするアプローチもある。「THIS IS A SWEATER.」(25G010030)は、新素材や技術を積極的に取り込みながら、セーターという日常着の原点を丁寧に再考し、世代を超えて長く愛されるであろう新しいベーシックを提案した。老舗ランドセルメーカーによる「+CEL NOBLE」(25G010019)もまた、上部開閉という革新的な機能性に加え、細部のデザインを丹念に磨き上げることで、日常生活に美しく馴染む製品へと昇華させている。
さらに今年度は、効率化や合理性の影に埋もれがちな繊細な価値を、確かな技術力によって掬い上げる取り組みが注目された。老舗ハンカチメーカーが手がけた108色のハンカチ(25G010016)は、誰もが手にする日用品に、日本の織布・捺染・縫製技術を凝縮し、豊かな色彩表現を宿すことで「特別な日常品」を実現している。ストール「GOKUSAI」(25G010017)においても、極細シルク糸とシルクカシミヤ糸の緻密な織りがもたらす風合いは、量産品にはない格別の品質を示し、卓越した技術の価値を再認識させるものであった。これらは単なる製品の域を超え、日本の工芸文化における技術継承と発展に結びつく取り組みとして期待できる。
一方で、本年度のテーマである「はじめの一歩から ひろがるデザイン」の観点からは、企業が自社の専門領域を越えて新たな分野へ挑戦する動きも見られた。こうした取り組みは、メーカーに内在する技術やブランド資源を新しい形で活かす可能性を秘めており、ものづくりの未来を切り拓く端緒となり得る。しかし自社ならではの技術やブランド資源が十分に活かされず、製品としての必然性や完成度に欠けるものは残念ながら評価に至らなかった。今後は、革新と伝統を往復するものづくりの営みが、時代を映し出す文化として結実していくことを期待したい。
このユニットの審査委員
鈴木 元
プロダクトデザイナー
ユニット2はパーソナルケア用品のユニットとして、哺乳瓶やベビーカー、美容家電や化粧品、マッサージ機、歩行器や大人用おむつまで、人の一生を傍らで支える道具が並ぶ。生まれて間もない頃から人生の晩年まで、誰かをケアし、またケアされる場面に寄り添う品々を審査会場で一望すると、この領域は単なるプロダクトの集積ではなく、人の営みそのものを映し出しているように感じられる。
本年、特に高い評価を集めた作品に共通していたのは、単に課題を解決したり利便性を高めたりするのにとどまらず、その先にある人としての誇りを取り戻そうとする取り組みであった。歩行器「バイエーカー」(25G020124)や、機能性下着「ケアエムショーツ」(25G020107)はその好例である。必要に迫られ「仕方なく使うもの」とされてきた福祉用品を「使いたいと思えるもの」へと昇華している。日常の道具が適切にデザインされることで、使う側の自己イメージも高まり、社会との関わりを前向きにする力を備え得る。デザインが人生の質を大きく変えうることを示す象徴的な例である。「ASKUL大人用おむつ」(25G020106)は、機能的で簡潔なデザインによって介護する側の利便性を高めると同時に、使用する高齢者の心理的な抵抗感を和らげる配慮が際立っている。胸に秘められ、あえて言挙げされることの少ない繊細な感情をすくい上げたデザインである。
これらの事例に通底するのは、当たり前と諦められてきた日常の小さな苦しさに目を向け、人間らしい生き方を探ろうとする営みである。デザインには人の尊厳や感情に寄り添い、それを形や体験として可視化し、社会に共有する力がある。諦められなかった誰かの小さな一歩が、やがて社会の当たり前を変えていく。乳児期には優しく抱かれ、壮年期には誰かを支え、やがて高齢期には周囲に支えられる。ケアし、ケアされる往還のなかで、デザインとは単なる機能や形を生む営みにとどまらず、人に寄り添い、思いやる愛情そのものであることを、本年度の受賞作はあらためて気づかせてくれた。
このユニットの審査委員
佐々木 千穂
ユーザーエクスペリエンスデザイナー
今年度のテーマ「はじめの一歩から ひろがるデザイン」に応えることは、このユニットのような成熟分野では難しいのではないかと思ったが、審査を進めるにつれ杞憂であったと感じた。かつて新しい発想で「はじめの一歩」を踏み出した企業や分野が、地道な改良や工夫を積み重ね、単なるモデルチェンジを超えて着実に歩みを続けてきた成果が高い評価を集めていたことは特に印象的だった。また数は多くなかったものの、デザインの受け手にとっての「はじめの一歩」に寄り添う提案もみられ、見つけやすさ、アクセスのしやすさなどへの配慮の大切さを改めて感じた。
「はじめの一歩」の評価は容易ではない。現物を提示し実際に試せること、安全性や実効性を主張するのであればエビデンスを示すことは重要である。残念ながら、その裏付けがなく、兆しは感じながらも評価に至らなかった提案も少なくなかった。困難は理解するが、根拠なく評価はできない点は強調しておきたい。
これまで長くデザインは、ユーザーや顧客の満足を起点に考えることが当然とされてきた。しかし今日では、多様性や環境、インクルージョンといった社会課題への視点の重要性が高まっている。一方で、先日学生から「自分たちの世代はさんざんSDGsと言われて育ってきて、正直もううんざりしている」という声を聞いた。その率直さは、単に大義名分を掲げるだけの提案はもはや心に響かないことを示唆している。実際に、SDGsやインクルージョンといった社会課題のバズワードを表層的になぞっただけの提案は受賞に至らなかった。逆にステレオタイプを取り払い、当事者を巻き込みながら新しい可能性を示そうとする取り組みには、少数ながら確かな芽を見いだせた。
今年度は多くの提案が、人に喜びや便利さをもたらすことを起点に考えられていた。それは文具やホビーの魅力の本質であるが、同時にその先に及ぶ波紋、つまり社会や人々の関係に生じる変化への視点が今後はいっそう重要になるだろう。小さな道具や活動が個人の体験を超えて新しい価値や課題解決につながっていく。その広がりこそが次の「はじめの一歩」を形づくるのではないだろうか。
このユニットの審査委員
石橋 忠人
プロダクトデザイナー
グッドデザイン賞に応募される膨大な数のプロダクトにあって、このユニット4は日用品と呼ばれる生活を取り巻く用品全て、前任のユニットリーダーの言葉を借りるならば「箸から仏壇まで」が審査対象となる。日々使われる成熟した製品が多いのが特徴だが、それ故に目新しい輝きを放つ製品が少ないかと言えばそうではない。生活者がいつの間にか受け入れてしまっている使い勝手の僅かな澱みや困り事を見出し、思わず膝をつく様な鮮やかな切り口でデザインされた製品に出会える、そんなユニットである。
このユニットの審査に3年連続で携わる機会を得たが、例年感じる事がある。優れた製品の応募がある一方で、既存商品との差が曖昧で審査に窮するものや、新しい価値を見出しながら、美しさや使い勝手に難があるものが散見される事を残念に思う。ユーザーと道具の関係を丁寧に観察する事や、場合によっては優秀なデザイナーと協業する事でより良きものに昇華するであろう製品は少なくない。今後応募を検討されている企業にはそういった点が点検される事を期待している。
そんなユニットにあって、今年度も素晴らしい製品との出会いが多くあった。「エレキソルトスプーン/カップ」(25G040182)は、このユニットにおいて電気的な新しいテクノロジーで製品価値をアップデートさせた他に類を見ない製品であった。電気味覚という微弱電流を使用して擬似的に食物の塩味を増幅して減塩食の導入を助けるというもので、食器で健康問題に貢献するという、俄には信じがたい全く新しい製品だ。精成舎の「うづらシリーズ」(25G040180)は資源消費量が多い陶器製造の有様を疑う事にまで踏み込んだところに、プロジェクトの起点を据えた点に讃辞を送りたい。持続可能性への取り組みが背景にあるプロジェクトであるが、その結果から導かれた釉薬を用いないマットな肌理に導かれる様にデザインされた、静かで凛とした造形が見事に調和している。こういった素晴らしいデザインが未来への取り組みを盤石にするのだろう。一方で、このユニットは防災用品も審査対象としている。高まる災害リスクへの対応が喫緊の課題であるが、応募商品の数、質ともになかなか向上しない状況を歯痒く感じている。そんな中、「イージードームハウス」(25G040235)は避難所での一次避難と仮設住宅での二次避難に新しい選択肢を提供した。災害が頻発する日本だから生み出せる防災用品の開発が進む事を切に願っている。
最初にこのユニットの特徴として、成熟した製品が多いと述べたが、それゆえに受け入れてしまっている「当たり前」を疑う事は経験を積んだデザイナーでも難しいものだ。緩やかに変化する生活様式や、現代社会の要請を丁寧に観察する事で、生活者、社会が深い共感を持って迎えられる優れた商品が生み出される余地は必ずある。そういった製品に出会える事を今後も期待している。
このユニットの審査委員
中坊 壮介
プロダクトデザイナー
デザインには美観や便益に先立つ物ごとへの思慮が求められる。生産性や安全性、社会性、持続可能性、効率、倫理、景観などを考慮の上、日々デザインがなされている。生活家電が中心のユニット5の対象は社会への影響は小さくないものの、大量生産の仕組みにより、これまで培われたものづくりを大きく逸脱するようなチャレンジが困難な分野でもある。この分野において次の時代へ繋ぐべき形とはどのようなものなのか。
持続のために素材の改善は欠かせない。リサイクル素材の使用やリサイクル率向上など様々に工夫が試みられているが、コスト、品質、リサイクル回数の限度から、石油由来のプラスチックに頼った製品作りには限界がある。そうした中、慣例的な素材の使用を前提とせず、別の適材への置換によって改善された製品が見られた。大きなプラスチックパーツを鋼板に置換した洗濯機、同じくプラスチックパーツの使用率を下げ、スチール製やアルミ製の部品に置換した扇風機など。実はこれらはそれぞれの製品の黎明期の素材構成に近い。
また、異なるアプローチもあった。次々と生み出される新製品は、一方で流行やテクノロジーの速度の中で廃棄し続けられる。それに対して目新しさを追わず、末長い使用を想定した、地味ながらも丁寧で誠実なデザインが改めて価値を見せていた。20余年を経て改良されたミシン、業務用、民生用の概念を超えたジューサー。デザインが新しさを謳うためではなく、知恵を駆使した道具を作るためのものとして使われている。これらは直接的な社会へのアピールは大きくはないものの、強いメッセージを持っている。
しかし、これらの全てがベスト100や金賞に選出されるには至らなかった。試みの新しさや、どれぐらい未来に繋がるかが見えにくいことは確かだ。新規性をどのように捉えるか。地味ながらも誠実なデザインをどのように評価すべきか。議論になることそのものが新たな流れの予兆とも考えられる審査だった。
このユニットの審査委員
三宅 一成
デザイナー
健全なものづくりの中に、グッドデザインは宿る。今回の審査を通じて、終始そのことを思い知らされた。多くの受賞がみられたカメラ・レンズ市場では、各社が歴代の製品で培ったノウハウを的確に継承・更新し、最新の製品へと昇華させることで、自らの強みをとことん磨き抜いている。
たとえばフジフイルムは「美しい画を瞬間に捉える」思想を前提に、キヤノンは使いやすさと堅牢性、さらにソフトウェアまで含めた総合力を絶えず追求している。シグマはレンズメーカーらしさを潔く貫いたカメラ「Sigma BF」(25G060369)の鮮烈さで話題を集め、ニコンはレンズ性能と描写力の向上で「まだ上があるのか」と驚かせる。ソニーはセンサーと画像処理技術の融合で独自の立ち位置を確立している。いまのカメラ市場は、各社が得意技を競い合うスポーツのように清々しく、実に魅力的である。
同様の傾向は、オーディオ分野にも見受けられた。長年の音響工学や空間設計の知見を核に、それぞれの得意領域を突き詰める企業が、個性と性能の両立を実現している。独自の音づくりとユーザーとの対話を大切にしながら、製品を着実にアップデートしていく姿勢は、カメラと同様に潔い。
こうした健全なものづくりの姿勢から生まれるものは、おのずと良いデザインに結びつく。受賞した製品はいずれも、自社の独自性を活かして固有のユーザーやファンを生み、その声を的確に製品にフィードバックすることで、より良いものへと昇華している。デザインも妥協なく磨き上げられ、さらに支持を獲得していく。そんな幸福なエコシステムが機能していると感じる。
一方で、そうした幸福な循環が常に成立するわけではない。多くの分野では機能がほぼ均質化し、価格競争に終始するネガティブなサイクルに陥りがちである。市場原理として理解できる一方、それだけでは技術やデザインの刷新も、ユーザーとの対話も難しくなる。カメラやオーディオの分野が特殊な市場であるにせよ、私たちは高品質の追求とデザインの革新を両立させ、長きにわたり信頼を培ってきたブランドから改めて学ぶべき点がある。そう考えさせられる秀逸な製品が揃っていた。
このユニットの審査委員
宮沢 哲
デザインディレクター/プロダクトデザイナー
ユニット7はPC・スマートフォン類、周辺機器や印刷機器などの情報機器が対象となる。ここではテクノロジーがもたらす豊かさと、その裏側で引き起こす社会課題といかに向き合い、時にどう折り合いをつけるのかなどを審査する。
着実な進化を確認する中で、審議したのは「機能的価値はあるが美しさや完成度が伴わないものを、いかに評価すべきか」であった。ここでの美しさは単に美観ではなく「美意識」、つまり社会的・道徳的観点まで含んだデザイン姿勢である。それらは製品と人との継続的な関係に深く関わるものであり、ひいては持続可能な社会実現にまでに及ぶことを改めて意識する必要があるように思う。
なかでも評価が集まったのは困難な課題に挑むもの、人との関係を丁寧に見直し模索するものであった。
「信念と挑戦」
大きな社会課題である劣化バッテリーの発火問題に対し、このモバイルバッテリー(25G070432)の提案は製造時の環境問題にまで及ぶ。新しい技術ゆえの様々な課題に臆することなく、安全な市場作りのために勇気ある一歩を踏み出している。また増加する電力使用量に対して一石を投じるチャージャー(25G070436)、新たに設計限界に挑んだノートPC(25G070468)、建築現場の人材不足の一助となる墨出し機(25G070538)などには強い信念と挑戦が確かにある。
「感性に機能する」
利便性だけではなく人の感情に丁寧に寄り添うアプローチが際立っていた。日々の安心感を生むリストデバイス(25G070457)、機能性だけではなく感性にも訴えるノートPC(25G070461、25G070467、25G070477)、テクノロジーに対する不安感に丁寧に向き合ったコミュニケーションデバイス(25G070529)、心の回復力をテーマとしたコンパニオンロボット(25G070518)などがそうである。
「継続できる仕組み」
近年、リファービッシュ製品が身近な選択肢になりつつあるが、高いリユース率を事業として成立させた企業(25G070539)の誠実な取り組みは、多くの分野の模範となるだろう。特にリサイクルしづらい機器類は破砕し材料に戻すことを最終手段とし、製品寿命を延ばす取り組みを業界全体で考えたい。
また新たな技術によって大きな社会変化をもたらす、いくつかの「兆し」が見られた。テクノロジーが我々を豊かにする一方、同時に新たな課題も生み出すのだろう。提供する側、使う側。それぞれが持続可能な社会を築くために、どう正しく判断するのか。
その間に立ち、より良い未来への道筋を示すデザインの役割と責任がますます問われている。
このユニットの審査委員
村上 存
設計工学研究者
本ユニットは産業と医療を対象とするため、一定のレベルに達しているデザインが多い中で、2025年度の審査において印象に残ったデザインを振り返ってみたい。
まず、製品のカテゴリーは既存だが、その中で新たな機能や価値を提供しているデザインがある。例えば、「重粒子線治療装置」(25G080633)は、開発企業が半導体技術から得た超電導技術により、加速器と回転ガントリーを世界最小レベルに小型化し、またプラント建設の技術や経験が、設備の海外輸送と現地での組み立て、設置に生かされている。「全身用X線CT診断装置」(25G080623)は、従来の寝た状態に加え、立った状態、座った状態の3姿勢への対応により、検査の正確さの向上と、患者の身体的、心理的な負担を軽減している。「光学式眼軸長測定装置」(25G080660)は、内部の技術自体は成人用と同じだが、子どもが自ら顔を預け覗き込みたくなる体験デザインを実現している。「体外式除細動器(AED)」(25G080664)は、機器本体の使いやすさだけでなく、4G回線を用い各所に設置されたAEDの機器の状態やバッテリー切れ、パッドの有効期限切れを遠隔監視するソリューションを提供している。
また、新しい製品カテゴリー自体を提案しているデザインがある。例えば、「乾式オフィス製紙機」(25G080583)はオンサイトで古紙から再生紙を作る提案であり、製紙に天然由来の結合材を用いることで再生紙の100%の繰り返し再生を可能にしている。
一般の人々の目には触れない、縁の下の力持ち的なデザインも本ユニットの特徴である。例えば、「汚泥減容化バイオ製剤」(25G080609)は、従来の排水処理において前提とされていた大量の余剰汚泥の発生を、天然由来の微生物群を用いることで最大100%削減しようとするものである。「暗渠排水管」(25G080553)は、竹を縦に割って束ねた暗渠という伝統的な知恵と現代技術を融合し、従来の円筒形の地下排水管の問題を解決している。「消火シート」(25G080616)は、さまざまな形状のリチウムイオンバッテリーや、スプリンクラーヘッドや感知器の設置が懸念される文化財の建物内部の壁や天井の初期消火を可能にする。
本ユニットでは、これからも表に裏に、産業、医療、生活、社会を支える優れたデザインが提示されることを楽しみにしている。
このユニットの審査委員
寺田 尚樹
建築家/デザイナー
当ユニットの審査対象である住宅設備は、日々の日常生活の中で特段意識せずに毎日使われるプロダクトが多い。例えばスイッチプレートのようなプロダクトだが、無意識に使われるものだけに、そのオンオフの操作感、手触りなどのわずかなクオリティーの違いが積み重なって日々の生活のクオリティーを大きく変える。今年度の審査では、当たり前だと思われていたものごとをもう一度あらためて問い直し、継続的に改良に取り組んできたプロダクトが高い評価につながった。
また、社会環境、地球環境の急激な変化や街の美観に対して一個人、一住宅レベルから取り組むような提案も見られ、これまで点でしか存在し得なかった問題意識を地域としての面に拡張できることを示唆するプロダクトも注目された。
「アーキ デザイン」(25G090770)はバラバラのデザインでも必要な機器としてなかば目をつむっていたスイッチ、コンセント、照明、センサー類の意匠を統一し、無意識に毎日目にするもの手に触れるもののクオリティーをあげることで、居住環境のスタンダードを押し上げている。また施工方法やサプライチェーンの整理をおこなうことで工事の負担を減らし、環境への負荷も配慮されている。「ドットコンプラス」(25G090763)は地球環境の変化によって頻発する集中豪雨への対応として個人レベルで都市インフラストラクチャーの更新に取り組むことのできるプロダクトだと感じた。数年にわたる継続的な改良によって意匠性と機能性の双方を兼ね備えた製品へと成長している。
建築構造金物は住宅建築の施工において必須だが、竣工後はあまり目に入らないこともあってか見過ごされてきた。「プレートかすがい」(25G090708)はそこに着目し、素材形状をロッドからプレートにするというシンプルな発想で大幅に施工性を高め、高齢化に伴って減少する現場就労者の負担の軽減を果たしている。
耐久性や確実性が重視され、最先端技術の実験的試用が難しい分野だけに、生活のクオリティーとは何かということに真摯に向き合い、マクロな都市景観のレベルからミクロな素材の肌理までに至る慎重な配慮がより良いプロダクトを生むと感じた。一方、主観的な美意識に偏ったクラフト的な提案は客観的な判断が難しく、本審査から除外せざるを得なかった。
このユニットの審査委員
田渕 智也
デザイナー
ユニット10は、家具 オフィス/公共機器設備を主な審査対象とする。家具から建材、設備、さらには防災・エネルギー領域に至るまでその範囲は広く、本年度も多様な製品のエントリーがあった。
審査を通じて浮かび上がったのは、資源の持続可能性や多様性への配慮、災害対策や労働力不足への対応といった、大きな社会課題に対してデザインがどう応答するかという姿勢であった。
資源の観点では、国産針葉樹やラタン、古紙パルプを用いた製品、再生樹脂や未利用材などを活用した取り組みが目立った。これらは地域資源や循環素材を“見た目の美しさ”と“性能”の両面で昇華させ、軽量化・分解設計・長寿命化・更新容易性へと結びつけていた。「ゼロセメント土系舗装」(25G100863)はその好例であり、セメントや樹脂を使わずに高耐久性と環境性能を両立し、幅広い用途において美観と機能を兼ね備えた持続可能な素材として、今後のスタンダードとなることが期待される。
防災・安全の領域でも新しいアプローチが見られた。フッ素化合物を含まない消火薬材を実現した「OF1 LIQUID」(25G100804)は環境に馴染むカラーを展開し、「縦スタンド型送水口」(25G100820)は内部構造の工夫により省スペースと安全性を両立していた。こうした提案は、災害対応を単なる機能的な装置にとどめず、安心を育む社会的デザインへと発展させている。
さらに、社会の変化に応答する提案も印象的であった。「ROBOSEN」(25G100848)は運送業界における効率化と負担軽減を可能にし、「フルムーン」(25G100827)は少人数運用や高齢化社会を見据えた新しい葬送のあり方を提示していた。これらは、デザインが社会構造の変化を受け止めるだけでなく、その変化を推進する役割を担いうることを鮮明に示している。
総じて、これらのプロジェクトは、目に見えにくい課題を的確に捉え、素材と設計の技術を基盤に新たなデザインへと結実させることで、社会課題の解決に具体的な道筋を示していた。デザインは個人の生活を支える存在であると同時に、社会全体の持続可能性を保証する基盤でもある。本ユニットの受賞作は、その使命を力強く体現し、次の時代に向けて社会との接点をさらに拡張しながら、新しいスタンダードを創出していく可能性を示していた。
このユニットの審査委員
根津 孝太
クリエイティブコミュニケーター
モビリティのプロダクトやサービスは、比較的大掛かりになりやすく、実現までに多くの労力・時間・資金を要するのが常である。さらに、モビリティを取り巻く環境が目まぐるしく変化している今日において、新たな価値を湛えたプロジェクトを社会実装にまで漕ぎ着けるためには、生み出す側にも変化が必要であることを改めて認識させられた年であった。今年度のグッドデザイン賞のテーマである「はじめの一歩から ひろがるデザイン」とも合致した動きであると言えよう。
鉄道車両のデザインにおいては、発注側・受注側という従来の枠組みを超えて企業が連携し、沿線ユーザーの立場に立ったきめ細かな配慮を施した提案がなされた。開発陣がチーム一丸となり、新たな取り組み姿勢で一歩を踏み出せたことは、業界の今後にとっても大きな礎になったと言えるのではないか。自動車デザインにおいても、OEM製品開発でありながら、従来のやり方に固執することなく、企業間の連携を深めた上で、それぞれの車種の特徴を全面に押し出したデザインが提案された。共用部分でさえ、まったく異なる印象に見せることに成功しており、この分野での新たな可能性を感じさせた。
これまで大手企業が主体であったプロダクトの開発に、独自の強みを持つ若い企業が存在感を見せ始めている点も強く印象に残った。電気自動車の提案では、離島でのその有用性に着目し、生活形態や道路環境に鑑みるだけでなく、地域の自然や文化に対する深い理解をも背景に、丁寧なデザインが施されたプロダクトが生み出された。3Dプリントなどの新技術と従来技術を巧みに組み合わせて駆使し、その製造プロセスにも工夫を積み重ねることによって、これまでにないモーターサイクルや自動車のデザインを実現した企業も複数現れた。新しい強みを発揮する企業によるプロジェクトが、社会実装にたどり着き始めていることにもエールを送りたい。
高齢者向けのモビリティの分野では、着座姿勢に注目した新たな提案もなされ、現代の生活者の価値観に沿ったプロダクトの萌芽を感じさせる一方、デザイン性や機能面でさらなる洗練を見込める点も散見された。移動とは、人にとってなくてはならない行為であるが、高齢化が進む社会において、すべての人の移動の自由が実現されるよう、はじめの一歩を記せるような提案の登場を期待したい。
このユニットの審査委員
原田 真宏
建築家/大学教授
このユニットは昨年より応募点数では若干の減少を見たけれど、それはインテリア空間ユニットの創設によって数割がそちらに流れたことがその原因であって、むしろ、応募作の質は高まっていると言ってよかったのではないかと感じている。
このユニットに特徴的な分野としては、プレファブ系商品戸建て住宅や在来木造系建売戸建て住宅、数軒の住戸群からなるミニ開発や小規模な集合住宅等があり、それらは全体の中でおおきな割合を占めている。それら以外のいわゆる建築家による作品群とは違って、これらの商品住宅は基本的に収益性を根本的な動機としているため、購買者である未来の住人の消費欲望に直接的に応じ、またアピールするものが多い。その結果、それらの住宅は個々人の欲望をそのまま表出したような住宅となり、それらが無数に並んだ住宅地の景観は、お互いに無関係なエゴの博覧会場のような様相となって、決して良好とは言えない居住環境を生み出してきたわけである。地域も時代も異なるさまざまな様式がたち並ぶ、これまでの新興住宅地の様子を思い浮かべてもらえば分かり易いだろう。
しかし今回の審査を通して感じたことは、そのような個人の自宅内や敷地内で完結する個々の空間の充実を追求する住宅は鳴りを潜め、その代わりに、むしろ個人よりも、他者や隣地、あるいは地域まで含めた「関係性」を丁寧にデザインし、またメンテナンスすることで、間接的に豊かな暮らしを得ようとする住宅・群が、おおきな勢力を占めてきたのではないか、というものである。それは多くの災害を経験し、また将来にも控えているという有事への共通意識が社会の関係性強化を潜在的に求めているのだろうし、また直接的には景気減退という経済的要因が個ではなく群での豊かさの獲得へと意識を向かわせているところもあるのだろう。またこの経済縮退は環境問題意識と合わせて、新築からストック活用へとデザインの分野を動かしつつあることも、忘れてはいない近年の特徴だ
このような災害や経済縮退、さらに環境問題からの抑制といったある種ネガティブな潮流が、しかしデザインのしたたかな力によって、「豊かな関係性」という新しいデザイン軸へとポジティブに反転されつつある。そんな感触を得た審査であった。
このユニットの審査委員
栃澤 麻利
建築家
ユニット13では、中〜大規模集合住宅を主な審査対象としている。今年度の審査は「コミュニティ」という言葉の定義を議論することから始まった。多くの人々が集まり暮らす場であるからこそ、「コミュニティ」は重要な評価軸である。しかし、ここでいう「コミュニティ」とは、閉鎖的で強固な結束を持つ共同体ではなく、人と人、人と地域が緩やかに関係を築く営みを意味すると考えている。その好例として注目されたのが、「ニシイケバレイ」(25G131078)と「六郷キャンパス」(25G131076)である。
「ニシイケバレイ」は住・職・食が一体となったエリアリノベーションであり、「六郷キャンパス」は特別養護老人ホームを中心とした地域に開かれた複合型福祉拠点である。両者はいずれもハード(建築)とソフト(運営)が強い境界を持たず、個の住空間から地域社会までがグラデーショナルに繋がるように計画されている。いずれも地域に根差した事業者の想いから少しずつ輪を広げてきたものであり、地域の活性化や暮らしやすさの向上に寄与するものとして高く評価できる。さらに「西荻こみちテラス」(25G131009)は、敷地内に引き込んだ小径と住居の間に豊かな植栽帯を設け、公私の境界を面的に扱うことで、視線や動線を巧みにコントロールしている。これらの事例は、境界を緩やかに解くことの先に、豊かな暮らしと寛容な地域社会の可能性があることを示すものであり、新しい時代のロールモデルといえる。
その他にも、地域工務店の施工技術で都市型木造集合住宅の普及を見据えた試み「リブウッド大阪城」(25G131001)や、水害対策と日常の居場所を兼ねた外構デザインなど、「木造化」「緑化」「防災」といったこれまでの流れを発展的に昇華しようとした事例も見られた。一方で、全体として住空間や住まい方そのものに踏み込んだ挑戦がやや少なかった点は、工事費高騰の影響が背景にあるのかもしれない。次の時代を切り拓く新たな試みが今後生まれてくることを期待する。
このユニットの審査委員
成瀬 友梨
建築家
ユニット14は工場、物流施設、発電所、オフィス、商業施設、ホテル、展示施設など多様な建築・空間を対象とし、規模も商店街の一区画から大規模再開発まで幅広い。比較は一見難しいが、審査を通じて重要な軸となったのは、地域にふさわしく、普遍的な価値や未来像を提示しているかどうかであった。ふさわしいとは単に調和するだけでなく、新たな価値を創出し、場所の魅力を再発見することも含まれる。
その象徴が「Ginza Sony Park Project」(25G141137)である。容積率を大きく余らせて建築をつくり、地下から地上2階までを誰もが入れる屋外・半屋外空間とした。この場は企業の宣伝効果を超え、銀座に新たな「リズム」を生み出し、「できるだけ多く床を作る」という都市開発の常識に疑問を投げかけるものとなった。
「富士見台トンネル」(25G141159)は郊外の古い団地商店街にシェア店舗を設けて賑わいを生み出し、「小浜ヴィレッジ」(25G141129)は工務店が地域の生活を支える施設群を築いた。いずれも短期的利益ではなく地域に必要な場をつくることで、自らも生き残る戦略を示している。これらは今後の商業空間に大きな示唆を与える。
さらに「美土代クリエイティブ特区」(25G141103)をはじめ、企業オフィスを地域に開く試みが多く見られた。オフィスづくりを従業員だけでなく、地域の未来をともに形づくる営みの一部として捉える姿勢は、これからの企業建築に重要な視点を示している。
一方、「大日止昴小水力発電所」(25G141124)は農業用水を活用した小規模発電の売電により、水路の維持費を生み出す仕組みを構築し、その発電所は農村風景に溶け込む意匠も備えている。エネルギー施設を身近な存在としてどう位置づけるかを考えさせる好例であり、持続可能な社会を支える建築の可能性を示している。
これらに共通するのは、短期的な経済性や効率性だけに依らず、場所と自らにとって本当に必要なものを見極め、大胆かつ丁寧に形にする姿勢だ。従来の枠組みにとらわれない普遍的な価値を提示する試みが、産業・商業施設を刷新していくことを期待したい。
このユニットの審査委員
伊藤 香織
都市研究者
ユニット15は、建築(公共施設)・土木・景観等を対象としているため、特に公共性の観点からどのようにグッドなデザインなのかを議論しながら審査を行った。その一方で、他のユニットでも公共性を重視してデザインされている作品が多いことに気づいた。建築・構築環境の分野だけを見ても、商業建築にせよ住宅にせよ、それぞれの立場から公共性を捉え、デザイン的なチャレンジをしている作品が少なからずあるようであった。公的主体が整備したり運営したりする「公共施設」だけが公共性を持つ時代ではなくなってきていることをあらためて感じる。そのためもあってか、今年度は所謂「公共施設」で高く評価される作品がやや少なかったように思われる。「公共施設」にカテゴライズされていても、そのデザインのポイントが建築的な操作や敷地内の対応に留まっているものも少なくないからだ。建築設計を受注した設計者だけでは、現代のグッドなデザインを実現するのはなかなかに困難だ。
その意味で、対照的なのは、三島の源兵衛川の取り組み(25G151223)で、公共事業ではあるものの担当者等の強い想いで始まって粘り強く続けられ、30年以上の年月をかけて様々なステイクホルダーを巻き込み、総合的なデザインを展開してきた。まさに「はじめの一歩から ひろがるデザイン」のモデルのひとつである。
源兵衛川が長い年月をかけて少しずつひろげてきたデザインだとすると、「グラングリーン大阪」(25G151224)は、非常に多くのステイクホルダーによって構築されてきたビッグプロジェクトである。だからこそ、新たな開発のあり方を明確に提示するエポックメイキングなデザインとなり得ている。その空間をユーザ一人ひとりが体験することを通して、社会の価値が変容していくのではないだろうか。
さらに、大阪・関西万博期間中の仮設建築である「大屋根リング」(25G151225)は、そのものの公共性というよりは、技術進化に伴う超大規模木造建築の可能性を多くの人が目の当たりにしたという、万博だからこそできる未来への投げかけが評価された。大きく始まり、これからいかに多面的なデザインを社会の中に惹き起こしていけるかが問われている。
インフラや開発は長い時間軸の中でデザインを考えていかざるを得ない。単にプロジェクトが「大規模な」なだけでなく、その時間軸の中で一人ひとりの気持ちに届きそれが積もって社会を変容させていくことがデザインの公共性のひとつのありようなのではないだろうか。
このユニットの審査委員
五十嵐 久枝
インテリアデザイナー
ユニット16では、インテリア空間全般の審査を行なった。これまでは建築ユニット内で審査は行われてきていたが、応募数が増加傾向にあり領域も広がってきたことから、今年度から独立した審査ユニットとして設けられた。応募作品は戸建て・集合住宅からオフィス、商業施設、公共建築、さらに海外応募まで多岐にわたり、利用対象もプライベートからパブリックまで幅広い。その中で、デザインが優れていると共に、社会へのまなざしや未来へのビジョンを示す事例に強く関心が寄せられた。
ベスト100に選ばれたフードコート「P.」(25G161254)は、外壁ラインをセットバックさせて歩道を拡幅し、街路とのつながりを意識した計画により、人が自然と集う広場のような場を生み出した。店内外をつなげて心地よい居場所を生み出す発想と判断が高く評価された。
「Mandarin Oriental Qianmen Beijing」(25G161256)は、歴史的な胡同の街並みを修復的に再生したホテルである。地域インフラの整備や環境改善を伴いながら、文化観光を促進し地域活性化にも寄与している。600年以上の歴史をもつ四合院を修復・再解釈し、古都北京の文化を今に伝える体験を提供する有形遺産の大規模リノベーションである。他にも文化遺産や産業遺構の保護・修復を目的とした事例が複数見られ、過去から現在へのつながりを鮮やかに可視化していた。
「守屋の住宅」(25G161255)は、長年の暮らしの中で生じる家族の変化・問題に対応し、改築の新しい可能性を提示した住宅である。内部環境に開口を加えることで外部とのつながりを生み出している点が印象的であった。また「0 Club」(25G161278)では環境配慮という制約を楽しんでデザインする姿勢が示され、「LeMon こどもクリニック」(25G161298)では地域に開かれた医療計画を通じ、インテリア空間から発せられる利用者への機能的配慮が評価された。
今、世界では災害や戦争が起こり、その困難な状況を人々は共有している。環境問題も同様である。そうした中で、デザインは人を豊かにし幸福をもたらす「モノやコト」を生み出すと同時に、危機的な状況にも向き合い続けていると考えている。今後もインテリアが社会と深く関わり、未来を形づくる可能性に期待が寄せられる。
このユニットの審査委員
森内 大輔
デザイナー
本ユニットでは、メディア・コンテンツ従来の情報伝達や表現手段を超え、日常や文化を媒介する新しいデザインの姿が鮮明に現れた。近年、SNSを中心に広がる見た目や体験を分かち合う習慣が生活者の価値観を大きく変え、デザインはその可視化と拡散を前提に組み込まれる傾向が強まっている。
印象的だったのは、パッケージや生産活動を、機能や行為にとどまらず、ユーモアや特別なひとときをもたらすコンテンツとして再定義する試みである。受賞作には、消費の場を取引の瞬間から感情と記憶を共有する場へと広げる事例が多く見られ、パッケージそのものがメディアとして人と人をつなぐ物語の装置となっていた。生活に最も近い領域でありながら、商品の価値や分かち合う時間の意味を新しく描き直した点は意義深い。
また、自国の文化や魅力を世界市場や観光客に伝える取組みも多く登場した。単なる表層的な紹介や民族的イメージの強調にとどまらず、背景にある文脈を的確に届けることで、他者に理解と共感を促す姿勢が光った。デザインはここで、文化資源を国際社会に開き、共感を伴って届けるインターフェイスとして機能していた。
さらに注目されたのが、デザインシステムの進化である。パッケージが個人の体験を豊かにし、文化発信が人々や世界を結びつける一方で、多様な製品やサービスをモジュールや色彩計画で整理し、組織やプロジェクトの推進力へと変換する仕組みである。わかりやすさや使いやすさを保ちながら、社内外の共創文化を育み、多様な商品や事業を後押しするブランド基盤として機能するそれは、成果を横断的につなぎ合わせ、開発や生産のプロセス、さらにはコミュニケーションの在り方を刷新しつつある。
総じて、本ユニットの審査を通じて見えてきたのは、メディア・コンテンツのデザインが「共感の触媒」から「相互理解の橋渡し」、さらには「企業や社会の持続性を支える手段」へと役割を広げつつある姿である。ネットを中心に隆盛しAIによる最適化がとどまらない視覚的共有の仕組みは、パッケージの体験化、文化資源の発信、ブランド基盤の構築を横断的に後押しし、個人を主体とした拡散や再解釈する動きを続けている。技術や表現の新しさに加え、生活者の日常といかに重ね合わせ、それを社会や市場のステークホルダーと持続的に分かち合えるか。その実践こそが、これからのデザインに求められる大きな課題であると考える。
このユニットの審査委員
長田 英知
ストラテジスト
ユニット18は、暮らしや仕事の小さな困りごとから社会的な問題まで、幅広い課題をシステム・サービスの活用により解決するデザインを対象とする。
今年度、高い評価を集めた受賞作は、社会課題を解決するための高度で複雑な仕組みを簡潔で洗練されたサービスデザインに落とし込み、ユーザーの「はじめの一歩」を勇気づけるデザインとして優れていた。例えば「レポサク」(25G181414)は、農業用車両のUSBに端末を挿し込むだけで、準天頂衛星みちびきを活用した高精度のGPSデータをスマートフォンやタブレットでリアルタイムに確認できる仕組みを提供、高齢の農業従事者のサービス利用のハードルを劇的に下げている。また「HONYAL(ホンヤル)」(25G181457)は、低リスク・低コストでの本屋開業を可能にするビジネスモデルを構築することで、地域活性化に挑戦するユーザーの「はじめの一歩」を後押ししている。
制度や組織の閉塞感を打破する「はじめの一歩」のデザインが社会にひろがり、新たな価値を生み出している事例も印象的であった。「OPEN DESIGN 2025:万博における参加と共創を促す生成的デザイン・コモンズ」(25G181468)は、クローズドな権利関係に縛られた従来型のデザインシステムを乗り越え、最小規模のデザイン仕様でクリエイターの参加・共創を促す仕組みを作り出すことで、SNSを中心に同時多発的な社会のうねりを生み出している。また「Co.HUB」(25G181454)は、300社を超える競合メーカーの販促物を取りまとめ、全国の競合ドラッグストアチェーンに共同配送する画期的なシステムを作り上げることで、物流コストやCO2排出量を大幅に削減することに成功している。
最後に、システム・サービスにおける生成AIの活用について考察したい。今年度は生成AIを組み込んだデザインの応募が数多くあったが、そのほとんどは既存業務を生成AIにより省人化・省コスト化することにフォーカスしていた。しかし生成AIの今後の進化と可能性を見据えたとき、利便性・効率性のツールとしてだけではなく、個人の能力を拡張し、人々の協働を容易にする、社会を変える「はじめの一歩」をファシリテートする力として活用したデザインが生まれてくることに期待したい。
このユニットの審査委員
内田 友紀
都市デザイナー
地域とは、人々の暮らしの足元を支える現場そのものであり、そこに存在する願いや課題をどう受け止め未来へつなぐかという問いが常に突きつけられている。ゆえに「地域」ユニットには、社会の変化を映し出す多様な実践が集まる。今年度の審査で印象的だった観点を3つ挙げたい。
第1に、長期的に継続されてきたプロジェクトの存在である。7〜8年から20年(「20 Years of Arts Involved Planning Hai’an Road」(25G191535)に及ぶ取り組みが見られ、時代の変化に応じて更新を重ねながら地域へのインパクトを育んでいる。変化に対応しつつ継続することは容易ではなく、その粘り強い実践に大きな敬意を表したい。
第2に、目の前の課題解決にとどまらず、社会全体に向けた問題提起を含む複層的なメッセージを持つプロジェクトが複数見られたことである。「しまあめラボ」(25G191515)は、気候変動や災害によって揺らぐインフラのあり方を鋭く問い直す。サゴタニ牧農の「牧場を通した地域共育型デザイン」(25G191513)は、輸入飼料依存や環境循環といった一次産業の構造的課題を浮かび上がらせる。能登の工藝的復興プロジェクト(25G191510)は、震災復興の過程で文化や街並みが失われていくことへの危機意識を社会に投げかけている。
第3に、有形無形のデザインを統合し社会に届けようとする力強さである。社会的な問いを起点に多様な関係性を編み込み、空間やプロダクト、グラフィック、コミュニケーションを横断し、複合的なデザインとして立ち上がっている。サゴタニ牧農(25G191513)では事業者とデザイナーが互いに踏み込み合いながら新しい表現と仕組みを生み出している。多々良中プロジェクト(25G191533)は、その兆しとして、ユーモアを交えつつ人間の心理を捉え、人を動かすデザインの力を示している。
デザインは気づきを与え、新たな枠組みを提示し、驚きや美しさとともにもう一つの道へ導く力を持つ。一方で、意義は優れていても、可視化や伝え方が十分でない事例もあった。デザインの射程が広がるいまこそ、横断的なデザイナー像や多領域のチームアップが求められる。
最後に、地域ユニットに寄せられた「社会背景を踏まえた大きな問題提起」をいかに社会へ還元するかという課題を共有したい。地域や社会的取り組みは多様な関係者を巻き込み複層的な構造を持つがゆえに、その意義を丁寧に伝えることが不可欠である。こうした複層性や射程を示すことが、各地で挑む人々の勇気や学びへとつながるだろう。「はじめの一歩」から次のステージへ歩みを広げるヒントとしていくために、私たち自身もまたデザインの力をどう世に届けるかが問われている。
このユニットの審査委員
廣田 尚子
デザインディレクター
今年度の応募で特筆すべき傾向は3点ある。1つ目は資源循環のビジネス化。衰退する山の保全と林業の支援とビジネスを合致させた仕組みや、大企業が不用品を大規模に回収・再生して流通へ戻す取り組みなど、さまざまな業種で事業化した応募が多かった。この分野はこれまでも毎年多数の応募があるが、過去から変化した要素は企業のCSR的なレベルではなく本気の事業として乗り出したという規模感や、循環・継続が当たり前になっていくことを見据えた収益設定であることから、流れが次のフェーズに入った感があった。
2つ目は、行政主導の事業が全体適正のデザインを実装した大規模な取り組みである。行政の事業計画は単年度など短期計画が主流のため、結果的に部分適正での改善となりがちだが、包括的な視点で本質的価値を探りコンセプトを通貫させ、全体で一つの強い解決に到達する手法に取り組んだ複合プロジェクトが2件あった。金賞を受賞した千代田区公園基本方針2025+公園リニューアルによる58箇所を束ねてデザインした「新しい公園づくり」(25G201547)と、ベスト100に選出された佐賀県による国体から国スポへの移行を突き詰めてデザインした「SAGA2024国スポ・全障スポ」(25G201551)だ。
3つ目の大きな傾向は、子どもの学びに関する取り組みである。高いレベルのプロジェクト例を上げると、「みんなのルールメイキング」(25G201580)「学校断熱ワークショップ」(25G201550)「撮り旅」(25G201585)は、高校生という多感な時期に生徒が深く考え主体的に行動するプログラムが巧みに構築され、さらに実装時に高校生が活動したアウトプットの質が高い。参加した生徒を成長させ、その後の生き方にも影響を及ぼすと感じるレベルに達している。
2025年度のユニット20では、この他にも障害者や高齢者の環境を改善する取り組みなど、優秀なプロジェクトは枚挙にいとまがないが、審査の現場ではプロジェクトの規模にかかわらず暮らしと社会の未来へ繋がる成果を厳正に評して称えた。
