2006年11月19日付け毎日新聞の発言席に「『グッドデザイン』誰のため?」と題する東京芸術大学映像研究科助教授 桂英史氏の記事が掲載された。この内容は事実無根でありグッドデザイン賞の信頼を著しく損なうものであるので、当振興会は12月10日付け「Gデザイン賞批判に答える」をもって反論した。ここに双方の記事全文を掲載する。
東京芸術大学映像研究科助教授 桂英史
毎年10月になると、グッドデザイン賞が発表される。今年は縁があって、ある企業のデザインプロジェクトに監修者としてかかわったため、賞のプロセスを直接、経験することになった。その経験を通じて、表現分野の産業振興という点で根本的な疑問を抱くことになった。
疑問の第一は、予想以上に出費がかさむということである。エントリーして「デザインプレゼンテーション」に出展し、受賞するまでに数百万円の出費を余儀なくされるのだ。
まず、エントリーにあたって1次審査料が1万500円(税込み)、2次審査料として4万2000円(税込み)。そして「デザインコミュニケーション」という企画展に出展してプレゼンテーションすると、展示スペース料として1平方メートル当たり1万8900円を主催者側に払う。その他、展示什器の貸出料も展示装飾料として支払う。
グッドデザイン賞を受賞すると、イヤーブック掲載料として1万3650円(税込み)を支払わなければならない。
第二に、出費以上に愕然としたのは、10月25日に発表された「グッドデザイン金賞」の審査結果である。審査委員がかかわった商品やプロジェクトに、金賞が与えられていたのだ。あからさまなお手盛り、手前みそもはなはだしいこんな賞が「わが国で唯一の総合的デザイン評価・推奨の仕組み」(グッドデザイン賞ホームページより)なのであろうか。
主催者の日本産業デザイン振興会は、経済産業省の外郭団体である。間接的にではあるが、グッドデザイン賞には国の予算も投入されているのだ。
産業振興にとって、デザインは言うまでもなく重要である。近年、その役割への期待は世界的にも高い。海外で高い評価を受ける先端的な日本人デザイナーも、以前から少なからず存在する。その、国際競争力をもつはずの日本のデザインの褒賞制度が「お手盛り」では、国際競争力もおぼつかない。
経済産業省は数年前から、デザインだけでなく、漫画やアニメーションなど、いわゆるコンテンツ製作を国内の重要な産業として保護・育成する方針を打ち出している。このような、表現にかかわる分野を国家がサポートする上では、政策を打ち出す側の洗練度が求められる。
漫画やアニメーションはこれまで、国の政策とはまったく無縁だった。完全に放置されていたからこそ、自由闊達な表現が生まれ、層の厚い人材が育ち、いつしか国際的になったとも言える。いわゆる、表現にかかわる分野は、権力からも市場からも一定の距離を置く。あるいは意識することなくそうしてきたからこそ、世界中の人々に受け入れられるエッジ(先鋭的)なコンテンツになったのである。
グッドデザイン賞のようなお手盛りの褒賞制度やコンペティションで役所のお墨付きを与えても、漫画やアニメーションのような分野が国際的に先鋭的でいられるという保証はない。この分野はこのまま放置しておいた方がいいかもしれないのだ。
少なくとも表現の分野は、エッジであることを十分に担保した上で施策が実行されなければならない。もはや、政策を打ち出す側にもCSR(企業の社会的責任)やコンプライアンス(法令順守)といった責任と倫理が求められるべきである。
ことは表現にかかわる分野である。「表現の自由」や「多様な表現」には、慎重過ぎるほどの配慮が必要となる。50周年を迎えたグッドデザイン賞は、見直すべき時期を迎えている。もう一度「誰のためのグッドデザイン」という命題を自問し、当初の志を取り戻してほしい。
(毎日新聞2006年11月19日朝刊より毎日新聞社の許可を得て転載)財団法人日本産業デザイン振興会 常務理事 青木史郎
11月19日付「発言席」に掲載された桂英史氏の「『グッドデザイン』誰のため?」を読み、唖然とした。「グッドデザイン賞は高額な料金をむさぼり、しかも審査はお手盛り」と言わんばかりである。「グッドデザイン賞」に信頼を寄せていただく数多くの方々の期待に応えるために、桂氏の発言の誤りを正しておきたい。
まず、「国の予算も投入されているのだ」との指摘であるが、経済産業省には大臣賞の授与者として、また後援者として、この制度を温かく支持していただいている。しかし、98年に本制度が民営化された後、補助金等の資金的支援、つまり国の予算は一切投入されていない。
次に応募から受賞に至るまで「数百万円の出費を余儀なくされるのだ」との断定的指摘も、まったく不当である。
「グッドデザイン賞」は、公的な制度であり続けるために、必要とされる費用を応募者に公平に分担していただいている。この費用は「審査にかかわる費用」と「展示にかかわる費用」とに大別される。特に展示については、審査会場の有効活用という視点から審査終了後その会場を一般公開している。この展示会での訴求効果を応募者各位がどう判断するかによって、費用の掛け方は変わってくる。
桂氏が「監修者としてかかわった」とされる事例を例にとると、審査料と展示料それに受賞対象のすべてを記録する「イヤーブック」掲載料を合わせても最低で9万円弱、展示面積を少し広げ、什器をレンタルした場合でも15万円程度で十分である。これらの料金については「開催要綱」「応募要領」等にあらかじめ記載し、さらにオンライン応募においては、総費用を画面で確認できる。
桂氏の事例では、たまたま大きな展示ブースを設置している。同社の展示はデザイン的に質の高いものであり、アピール効果も十分であったが、あくまで来場者等へのPR効果を期待したものであり、審査に伴う必要経費とは言えない。現に、ブース展示を行ったのは全応募者中23社にすぎない。
「審査がお手盛り」との指摘については、特に正確に反論しておきたい。
「グッドデザイン賞」は学生やアマチュアを対象としたデザインコンクールではない。しかもアイデアではなく実践例を対象としている。プロのデザイナーが熾烈なビジネスの中で、我が身を削るようにしてデザインした成果物をプロのデザイナーや建築家が評価する、「プロ対プロの審査」である。とするなら、審査委員をお願いした72人のプロフェッショナルの成果物を除外することは、かえって公平を欠くことになろう。
ただし、「お手盛り」は絶対に避けなければならない。そこで「審査要領」では「審査委員自身がかかわった応募対象については明快に申告し、その対象の審議決定には加わらないこと」としており、これは厳格に守られている。
桂氏が指摘された「金賞審査」では特に、より客観的な評価が保たれるよう、海外からゲスト審査委員が加わっている。
審査は公正に行われており、審査委員がかかわった対象がたまたま「金賞」の一つに選ばれたにすぎない。
そもそも「グッドデザイン賞」には何の法的な支援や強制もなく、応募者の希望と判断に委ねられている。幸いなことに近年は3000件近くの応募をいただいている。
もし桂氏の指摘するように、何百万円もの支出が不可欠であり、かつ審査が「お手盛り」であるなら、一件の応募もなかったであろう。