中西元男 対談バックナンバー

 
 

第15回 21世紀型のGマークを目指して (2001.3.13)


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中西: それと、審査委員長のような職責は一人の人間があまり長くやるべきではありません。せっかくの激変期に長くやり過ぎると腐るから、多少未練を残すくらいのところで終わるのが引き際としていいと思っていました。けれど、ただ引退するというのではなくて、Gマークを発展させたり別のところから支援をしたい。次にやろうとしているWGD(ワールドグッドデザイン=www.WorldGoodDesign.net 参照)は完全に21世紀型のデザイン運動だと思っていますが、これをうまく利用して、Gマークを支援していきたいと考えています。
また、いまや中国や韓国ではだんだんアジアのデザインという話も出てきています。いままではデザインというと欧米の延長、あるいは産業革命の延長上にないと正統なデザインではないみたいなところがありましたが、少しそこも動き始めている。そこでの日本の役割を考えると、これほどの東西文化のるつぼの国はないわけで、両方が理解できる。あるいは両方を合わせて考えられる方向を出していける。こうしたところからも世界のデザイン界での日本の位置づけは非常に大きくなっている。あるいはこれから大きくなっていくだろうと思います。その意味合いでも、Gマーク、WGD(ワールドグッドデザイン)が良い関係性をつくっていければと考えています。。
川崎: 川崎さんGマークをつけて売れるのかと聞くのではなく、僕は売る価値があるデザインというものがきちんとあるのかだと思います。 特にGマーク事業が民営化されたときに、評価基準をきめ細かく見直し、時代対応を図りました。それらを考えると、デザインにとっての方向性は非常に高くあったと思うんです。それから自分が大学でデザインとは何か、いいデザインとは何かという話をするときに、教科書的にグッドデザインとはこういうものだとか、今年はこういうものが入ったということを、グッドデザイン賞の受賞対象を通して、いまの時代感覚に触れさせられる。また次の世代のデザイナーになっていこうという人たちと議論もできる。デザインを語っていくうえでの、一つの大きな柱だと思うんです。

この3年間は、ユニバーサルデザイン賞、インタラクションデザイン賞、エコロジーデザイン賞、それから新たにアーバンデザイン賞や年度テーマ賞、それからビジネスモデルというところにまで授賞して、Gマークの対象領域を広げてきた。これが20世紀最後の大まとめだったと思います。
これを踏まえて、今年から21世紀をどうつくっていくかというときに、足がかりはやはりグッドデザインの審査基準だと思うんです。これを推進力として前進していく時に、僕は三つの方向性を考えています。一つは、20世紀の総括から、21世紀はこうだろうというグッドデザインの定義をもう一回引き出して革新していくこと。それから、ビジネスとしてのデザインはこうだろう。その二つを合わせたところで初めて、社会運動としてのデザインはこうだろうということになっていく。その三つの方向性から考えていきたい。

いまアジアが徐々に力をつけてきています。その中でこれまでのような欧米のグッドデザインスタイルは完全に消えてきて、アジアのデザインの中で日本独自のものは何かが改めて問い直される気がします。もともとGマークはデザイン振興のためにできましたが、21世紀のデザイン振興のためのGマークは新たなものにしていけるのではないかと思います

中西: そうですね。今おっしゃった中に、ほとんどの問題が入っていると思います。今までの日本では経済もあらゆる価値体系もすべてをフローにして、どんどん捨てて新しいものをつくっていくことに意味があり、市場性があるという考え方でした。あるいはそういう生活をすること自体が世の中を牽引しているという発想がありました。そうしたフロー重視からストック重視の発想に切り替わっていくというところの意義が、なかなか分かりにくい。最近の経済刺激策でもそうです。次から次へ手を打っても一つも効果が上がらないのは、考え方を変えないで、一部分だけをやって元へ戻そうとしたり、あるいはIT革命が起これば、またみんなものを買うようになるのではないかという漠然とした発想で引っ張っているからです。

それで幸せが来るのかという話になった時に、文化の脈絡からは全然別の考え方をしなくてはいけないはずなのに、誰もそこに対して理念提示ができない。これはデザインの世界においても同様だと思うんです。やはり「ストックとしてのデザインとは何なのか」を考えなくてはいけないという問題が一つある。

それと、社会運動としてのデザインです。デザインが市場のメカニズムに合わせていくのは、単純に言えばGマークが売れるか売れないかという話です。そうでなく、ユニバーサルデザインやインタラクション、エコロジーの問題では、社会のメカニズムとデザインという関係性が非常に強いわけで、それが大きな課題としてのしかかってきている。そこでGマークがどう牽引役を果たせるかというのはすこぶる大きなポイントだと思います。このあたりの問題は21世紀のデザイン振興の中で、どうしても解決し、乗り越えていかなければならない部分だと私は考えています。

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川崎: 特に中西さんは、日本の主要企業のCI、コーポレートアイデンティティをずっとやられてきましたよね。自分の場合でも、プロダクトアイデンティティをどうやってとらえるかと考えたときに、非常に大きなヒントをいただいたのは、哲学者の中村雄二郎先生がアイデンティティとは日本語で「かけがえのなさ」だと言われたことです。「かけがえのなさ」というのは非常に大きな言葉だし、そこから考えると、グッドデザインなんか要らないと言っている人たちに対して、あなたにとっても「かけがえのなさ」があるでしょうと問い詰めていけば、それは絶対あるわけです。この3年間で、「かけがえのないものとは何なのか」、多方面から分野の整理というか統合化ができたのではないかと思います。言ってみればデザインという職能は20世紀、特に第二次世界大戦以後に発展してきたのですが、それがきっちりとまとまったわけです。

川崎さんひとまずそこに落ち着いたのですが、僕は21世紀はどこへ向かっていくのだろうと不安感がありますが、いま自分なりの大きな疑問が一つあります。僕は日本からグッドデザインを提案するうえで、世界中のグッドデザインの評価基準を自分なりに見てきました。審査のあり方を比較検討していったときに、実は世界のグッドデザイン賞の中で1970年代に闇に付してしまった大きな問題が一つあることに気が付きました。
これがとても気になっていて、それは何かというと、形の美しさだけでデザインは語れないというのは明らかです。もう一つ機能美という言葉がありますが、通信衛星を飛ばす宇宙ロケットの形と、ミサイルの形は同じ機能美を持っている。目標や目的は全く違うけれども、空に飛ばすという機能的な部分だけを取り出して考えると、どちらにも美しさがある。しかし、そこから先は少し違う。これらをどうするのかというのが1970年代に一回問題提示されたことがあるんですが、それ以後世界中のデザイン界は一切黙っています。

日本は戦争はやらないとはっきり明言している国です。しかし、最近の災害救助用のもの、あるいはエレクトロニクスの通信関係のものは、使いようによっては軍事に転用される可能性が高い。日本の製品でも軍事用に使われてしまうことがあるとすると、それがはたしてグッドデザインなのかという問題は、やはり21世紀の初めに浮かび上がらせておいたほうがいいのではないかと考えています。

そう考えていくと、デザインに集約してくる問題は多々あるので、少し日本から発信できるものを社会的な意味の面から考えてみようと思っています。これは一般の人にとってはどうでもいい話かもしれないけれども、デザイナーが日ごろ抱えている悩み、Gマークとは何なのかと突きつけられときの躊躇を、ある意味では解消する。それは先ほどのアイデンティティではないですが、「かけがえのなさ」、あるいは「生きがいや働きがい」にもつながっていると思います。

中西: いまの話は、デザインというのはもっと人間中心主義で考えなくてはいけない、あるいは使い手中心主義で考えなくてはいけないということだろうと僕は思います。それをどういう形でGマークの中に取り入れていくか。

中西さんたとえばインタラクションを考えても、要するにこれまではメーカー、つまりつくり手や送り手が使い手に対し、上から下へと向かっている発想です。そうでなくて、逆に使い手側にとってインタラクションとは何なのかに価値基準をおいてものを見るというのが非常に重要です。そうなってくると、たとえば武器はいいデザインなのかという問題では、グッドシェイプやグッドフォルムであるということと、グッドデザインはどこかで明確な一線を画さなくてはいけない。それは、人にとって役に立つかどうかの一点をどう定義するか、明示するかの問題だろうと思います。

僕は典型的な事例はジープだと思います。もともとは軍用車としてできたものですが、これをレジャービークルとして使ってもなかなか優れている。私にはかつて、車重が高くて、すぐ転びそうな車という印象があった。安定しない車だと思っていたんです。ところが、ノースカロライナに滞在したときに、そこの原野をジープで走ってみたんですが、そうすると、あの車はあのホイールベースで、あの車高でないといけないというのがよく理解できた。谷底の小川を横切るときに、ホイールベースが長かったら引っかかってしまう。止まってしまったら助けを呼びに行くにも大変なところです。ジープの原型は機能性から考えるとやはり非常に優れている。もともとは軍事用品、武器であったのが、民生化されても、そういう価値は十分に持っています。

ではミサイルと人工衛星を打ち上げるロケットの問題で、どう一線を引くのか。あるいはものの見方や使い方によって、その価値体系が大きく変わってくるようなところをどう捉えていくのか。これは、これからのデザインの大きな挑戦課題だと思います。

一方で、どうしても人間中心主義ではなくなって、資本主義とはそういうものだということもある。言葉を換えると拝金主義としてのデザインみたいなものがあって、そこでは売れさえすれば優れたデザインだという発想になります。確かにグッドビジネスと言ったときには、それも一理ある。しかし、そういうことでグッドビジネスをつくっても、長い目で見ればグッドビジネスにはならないということがわかってきました。エコロジーなども同様の問題です。これからはファクター4やファクター10といった経済活動や経済成長をしなくてはならない。つまり、ものやエネルギーや資源の使用を従来の1/4や1/10にして目的を達しない限り、地球環境は維持できないという話です。そうなったときに拝金主義的な発想ではない経済成長という大きなテーマを、そういう構造変化の中でデザインしていかなくてはならない。本当はエコロジーテザインという問題も、巨視的には再構築し直さなければならないと私は考えています。

そういう意味では、いま言われたハードのデザインから、今後はもう少し複雑な状況が絡み合った上でのGマークやその審査とは何なのかというところに来ると思うんです。

川崎: 軍事用のものが民生化された。あるいは民生のものが軍事に転用された。そういうことは、技術の問題としては常に起こりうる。それに対してデザインが単純に形態を与えるということは、もう20世紀で終わったと思うんです。ヒューマンセンタードデザインという言葉がありますが、人間を中心にしたものの体系をどうやって生活の中に取り入れていくかを考えると、Gマークがついているものが大きなブランドになっていくという発想をしなくてはいけない。

中西さんは中国に詳しいとお聞きしていますが、中国の人たちは全部彼らの文化に一回消化し直して、たとえば漢字で全部言い換えます。そうやって出てくる中国のデザインは、今後相当な影響力を持つようになると思います。それがアジアの力になってきたときに、日本は先進工業国家だと威張っていられるのか。われわれデザイナーという職能のプロも、かなり考え方を入れ替えないといけないと感じています

中西: 日本の文化を核とする、独自のデザインをつくっていく必要があると思います。しかし、いまは独自性や自信といった基準がない。中国は文化の覇権国家です。人口が多くて、大きな市場になりうるという背景もありますが、やはり彼らは経済で遅れていたり生活のレベルが先進国より劣っていても、文化に関しては絶対に世界に冠たるものという自信があります。この自信、裏づけというのは大きい。それを、世界の人口の5人に1人は中国人、中国系というと地球上に4人に1人は中国系ということで支えている。一方、日本の場合には、残念ながらそういう構造が何もできていない。ボーダレスに誇れる日本独自の文化観がない。

今までは、外国から入ってきたものをどんどん消費して、また次のものを探してきて入れる。お手本主義というか、よそから引っ張ってきて紹介していればなんとか成り立つという意味での実績があって、それがいまの日本の浅薄さをつくってしまったと思うんです。これをどうやって変えていくか。これもGマークとは直接関係ないようだけれども、実際にはGマークを支える一番重要な部位ではないかと私は考えているんです。

日本独自のもの、日本的なもので、世界に通用する文化的アイデンティティをつくっていく。そこがデザイン界の大きな課題だろうと思います。日本のように東の文化も西の文化も幅広く受け入れている国はない。受け皿としてはサブカルチャーだったけれども、今後これをうまく活用してわが国固有のメインカルチャーに育て、それが独自の価値になれば、かなりおもしろいことができると思います。

ある意味では、ボーダーレス化すればするほど、むしろ国家戦略が非常に重要になります。アメリカは東西冷戦のあと、NASAの技術をいろいろ出して産業を活性化しました。インターネットも結果的にはそうで、80年代に準備をして、90年代に花開いたわけです。これはまさに日本のアイデンティティの問題だと思いますが、ストック型のもの、日本独自のものをどうつくっていくか、非常に大きな曲がり角にさしかかっていると思います。
社会の文化という問題と、もっと言うならば、場合によってはこれ自体が国家戦略にもかかわっていくことになると思います。このへんのグランドデザインというか、マスタープランがつくられ、そこに向けていま何をやっていくかが非常に重要です。これからのGマークに根本的に求められているのは、その辺の策略をどうめぐらすかだと思います。

日本のデザイン界の問題という点でさらに言うと、私が引き受けるときに、女性や生活者に近い人たちを審査委員に入れようとは試みたんですが、審査するのはプロでないといけないので、プロに値する消費者、使用者はそういるわけではなかった。あるいはエディターと言っても非常に難しいのは 日本のデザイン界を見ていれば簡単に分かることですが、日本のデザイン界には真の批評家がいないのです。音楽にしろ何にしろ他の分野では評論家が大変な発言力を持っていて、それがその分野をよくするということがありますが、日本のデザイン界には紹介者や解説者はいるけれども、評論家はいない。ちゃんとしたクリティシズムが発揮できない。それも独自の拮抗力を持っていない日本のデザイン界の苦しさだと思います。

Gマークの審査は、レベルの高い審査基準を求められると同時にニュートラルでないといけないので、この辺の仕組みを根本的に変えなくてはいけない時期が迫ってきていることは確かだと思うんです。これは来年度から審査委員長をやっていただく中で、ぜひ探っていっていただきたい課題の一つだと考えます。

川崎: 僕は喧嘩師と言われているから、審査委員長になると、応募の件数が減るのではないかと心配しているんです。実はふたを開けて見ていただくとわかるんですが、僕がいままで担当してきた部門はGマークの受賞率が一番高い。それなのに、評論家がいないものですから、たまたま評論を書いたりすると、あいつは厳しいとされてしまう。
そういう意味で、今回「あいつが審査委員長か」と虚像で見られてしまうのは迷惑です。審査委員長をまかされても、プロモーションでイメージだけが先行するのは困るので、僕が審査でかかわったところは、非常に受賞率が高かったということを知っておいていただく必要があるだろうとも思います。

ついでに言えば、Gマークは褒章する制度で、「これはいいね」というのを見つけ出すという加点法でやっている世界で、減点法ではないということも改めて強調しておきたい。このことをもう一回理解していただいて、審査システムを変えていく土台をつくっていかないと日本のデザイナーの力が世界的に伸びていかない。グローバリゼーションの一方では急激にブロック化が進んでいます。たとえばインタラクションデザイン賞をわれわれがつくったときに、すでにISO13407ができていた。僕は1970年代にイギリスのラフボロー工科大学ですでに研究を開始していたことを知っているのですが、アメリカのコンピュータのIT産業に対抗して、イギリスではヨーロッパの基準をしっかり練っていて、これをグローバルスタンダードに変えようとしていたわけです。

ところが、日本はITだといって波に乗ってしまって、フロー経済に踊らされてきました。そう考えると、審査委員の問題はデザイン界自体の問題にもつながってきます。デザイン界でも、世界的にICSID、ICOGRADA、IFIの三団体が統合しようという動きが出ています。日本もいま8団体1組合あるんですが、これを機にそろそろ、Gマークの枠組みで大統合化を図っていくべきだと思うんです。

中西さんと川崎さん実はいま審査委員長を引き受けて、45年目をどうやっていこうか考えています。伝統はそのまま保守していくだけではだめで、革新していかなくてはいけない。それをどうやっていくか実は解答が出せなかったのですが、今日こうやって引き継ぎの対談をさせていただいたことで、頭の中の疑問点も少し解消してきました。これからもいまこんな状況だということで、継続的に話し合いをさせていただけるとありがたいと思います。

中西: 川崎さんは厳しいというイメージが先行してしまったかもしれませんが、Gマークの審査委員の中でも、また日本が世界の文化の中でやっていくときにも非常に重要なのは、言いたいことをはっきり言うことだと思います。中国人はアメリカ人以上だと思いますが、よくこんなに喧嘩をするなというくらい言いたいことは全部言ってしまう。日本人だったら、あとで晩ご飯を一緒に食べられなくなってしまう、今後も付き合えなくなるのではないかというぐらいやり合うんですが、あとで食事というとけろっとして酒を飲んで話しているんです。ともかく言わなきゃ損というか、言えることは全部言っておくという感じで、口角泡を飛ばしてやっちゃう。

でも、日本人はなかなかそれができない。みんな言いたいことを言わない言えない。議論する、ディベートをすることによって高めるということがなかなかできない。このへんをもう少し変えていかないと、日本自身が競争力を持てない、あるいはデザイン界自体が競争力を持てないという問題が出てくると思います。そういう意味で言うと、川崎さんのごとく議論するのはいいことで、Gマークでは議論を尽くして、最終的に選考になるべきです。

Gマーク審査は二つの基準を持っているところが大きなポイントだと思うんです。日本語で言う下限、スタンダード。その世界での水準、標準以上であるから認めよう。それによってデザインを振興し、ボリュームゾーン的な水準を上げていくという基準。それから金賞、大賞になってくると、世界のモデルというか、できれば皆さんにそのレベルを目指してもらいたいという目標を選んでいく。

この二つの基準を持っているということが実は制度としての重要性だと思います。ここはどうしても理解していただきたい。上のレベルでは厳しい議論が行われるけれども、下のほうではできるだけ良いところを発見して贈賞してあげることで、元気をつけてあげたり、認めてあげる。これが非常に重要だと思うんです。もう一つは、そういうことをやって基準、水準の中身を高めていかないといけない。日本からデファクトスタンダード、グローバルスタンダードができていかないのは、内輪だけで考えていて、外へ通用することをやろうとしないからでしょう。僕はQC、TQCが世界水準として発展していけば、その中身はいまのISO9000や14000に先行していけたと思います。

中西さんアングロサクソンはそういうものを世界化するという構想でやってきました。一方日本は、工場内の生産性を上げる、品質をよくする、管理基準をどうするというところで止まってしまう。海外の工場に行っても、そこだけやるから、例えばドイツにある日本企業の工場にも「KAIZEN」という日本語が張ってあるのに、現実にはグローバルスタンダードになっていかない。先ほどデザイン界の大同団結の話がありましたが、日本がGマークを中心に、世界に通用するもの、世界の基準、世界のモデルをどれくらいつくりうるかというところが非常に重要かと思います。それを日本のデザイン界の中でどこがつくり得るのかというと、Gマークが一番適切な位置にあると思うんです。

こうした姿勢をどうやっていくかがポイントかと思います。怖い川崎さん、うるさい川崎さん(笑)がいろいろ言って、議論を尽くすことの大切さをみんなに分かってもらう。他方で、Gマークの根底にあるのはある種の温情主義、元気づけがあるということも理解してもらう。そういう仕組みがあるといことをうまく伝えて頂ければいいのではないでしょうか。
これからのグッドデザイン賞を良い形でリードしていただきたいと思います。
本日はどうもありがとうございました。期待をしております

(2001年3月13日 東京・港区の東京プリンスホテルにて収録)
  ●川崎 和男
名古屋市立大学 教授
2001年度グッドデザイン賞審査委員長 

●中西 元男
PAOS代表
2000年度グッドデザイン賞審査委員長

  WGD(ワールドグッドデザイン)のHP:
http://www.WorldGoodDesign.net/
  川崎和男氏による「21世紀 Good Design 宣言」:
http://www.g-mark.org/howto/iintyou00.html
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