川崎さんは厳しいというイメージが先行してしまったかもしれませんが、Gマークの審査委員の中でも、また日本が世界の文化の中でやっていくときにも非常に重要なのは、言いたいことをはっきり言うことだと思います。中国人はアメリカ人以上だと思いますが、よくこんなに喧嘩をするなというくらい言いたいことは全部言ってしまう。日本人だったら、あとで晩ご飯を一緒に食べられなくなってしまう、今後も付き合えなくなるのではないかというぐらいやり合うんですが、あとで食事というとけろっとして酒を飲んで話しているんです。ともかく言わなきゃ損というか、言えることは全部言っておくという感じで、口角泡を飛ばしてやっちゃう。
でも、日本人はなかなかそれができない。みんな言いたいことを言わない言えない。議論する、ディベートをすることによって高めるということがなかなかできない。このへんをもう少し変えていかないと、日本自身が競争力を持てない、あるいはデザイン界自体が競争力を持てないという問題が出てくると思います。そういう意味で言うと、川崎さんのごとく議論するのはいいことで、Gマークでは議論を尽くして、最終的に選考になるべきです。
Gマーク審査は二つの基準を持っているところが大きなポイントだと思うんです。日本語で言う下限、スタンダード。その世界での水準、標準以上であるから認めよう。それによってデザインを振興し、ボリュームゾーン的な水準を上げていくという基準。それから金賞、大賞になってくると、世界のモデルというか、できれば皆さんにそのレベルを目指してもらいたいという目標を選んでいく。
この二つの基準を持っているということが実は制度としての重要性だと思います。ここはどうしても理解していただきたい。上のレベルでは厳しい議論が行われるけれども、下のほうではできるだけ良いところを発見して贈賞してあげることで、元気をつけてあげたり、認めてあげる。これが非常に重要だと思うんです。もう一つは、そういうことをやって基準、水準の中身を高めていかないといけない。日本からデファクトスタンダード、グローバルスタンダードができていかないのは、内輪だけで考えていて、外へ通用することをやろうとしないからでしょう。僕はQC、TQCが世界水準として発展していけば、その中身はいまのISO9000や14000に先行していけたと思います。
アングロサクソンはそういうものを世界化するという構想でやってきました。一方日本は、工場内の生産性を上げる、品質をよくする、管理基準をどうするというところで止まってしまう。海外の工場に行っても、そこだけやるから、例えばドイツにある日本企業の工場にも「KAIZEN」という日本語が張ってあるのに、現実にはグローバルスタンダードになっていかない。先ほどデザイン界の大同団結の話がありましたが、日本がGマークを中心に、世界に通用するもの、世界の基準、世界のモデルをどれくらいつくりうるかというところが非常に重要かと思います。それを日本のデザイン界の中でどこがつくり得るのかというと、Gマークが一番適切な位置にあると思うんです。
こうした姿勢をどうやっていくかがポイントかと思います。怖い川崎さん、うるさい川崎さん(笑)がいろいろ言って、議論を尽くすことの大切さをみんなに分かってもらう。他方で、Gマークの根底にあるのはある種の温情主義、元気づけがあるということも理解してもらう。そういう仕組みがあるといことをうまく伝えて頂ければいいのではないでしょうか。
これからのグッドデザイン賞を良い形でリードしていただきたいと思います。
本日はどうもありがとうございました。期待をしております
(2001年3月13日 東京・港区の東京プリンスホテルにて収録)