中西元男 対談バックナンバー

 
 

第14回(2001.2.28)


Before
小山: ここにいたる経緯を簡単に説明させていただくと、1992年技術部門において、第1開発センター(フロントエンジン・リアドライブ)、第2開発センター(フロントエンジン・フロントドライブ)、第3開発センター(商用車、RV)というように、開発体制をプラットフォームごとに分割するセンター制をとりました。その際、センター外にデザイン部を置き、各センターに所属する第1デザイン部から第3デザイン部、当時東京三田にあった東京デザイン部、そして北米、欧州海外拠点の業務を様々な面から支援、コントロールしてきました。今年1月組織変更により、デザイン本部制を敷き、前記に加え、新設のグローバルに戦略を考える「グローバルデザイン企画室」という部レベルの室と、名古屋にあるトヨタ出資のデザイン会社「テクノアート・リサーチ」をデザイン本部がコントロールしていくことになりました。このような、開発体制の中で、人員の調整や配分、設備という全体の管理をしていくということで立ち上げたのがリソーセス統括室です。
最近トヨタのデザインが変わってきたというのは、このような組織の体制を整備するとともに、デザイナーのクリエイティビティを刺激するような仕組みづくりに積極的に取り組んだことの効果が出てきた、という面もあると思います。

小山さんセンター制によって、ひとつだったデザイン部がいくつかに分かれたときに、みんなの意識をひとつにまとめる意味でトヨタデザイン理念がつくられました。その中で世界の自動車デザインをリードするとうたって、みんなに檄を飛ばすと同時に、そういう車づくりをするにはどうしたらいいのかとずいぶん議論しました。いろいろなシステムがつくられ、やり方もいろいろ試行されましたが、車のデザインの品質を高めるには、やはりコンペ、競争だという結論に達しました。たまたま海外にも拠点があったことから、まず拠点と本社とを競争させよう。開発的には無駄弾と思われるかも知れませんが、デザインの質を高めるために最初は弾を広く撃って、そこから収束化させて決めていこうという考えです。1点だけを狙った場合、市場が変化し外れてしまうと大変なことになりますので、いかに幅広くするか。そういう意味もあってアメリカ、ヨーロッパ、東京、本社の4拠点でしばらくやっていたんです。

ところが、海外では日本の事情がよくわからないため、設計的にかなり無理なことを提案してくるので、先行開発デザイン的に位置づけられて、一度つくってからまた焼き直すということが繰り返されました。これは効率が悪いということもあって、本社のボディ設計部署からエンジニアをデザイン部に異動してもらい、海外のデザイン拠点にも必要に応じ出張させ、大きな設計の当たりをつけるようにしました。するとパッケージの大きなずれがなくなって、同じ土俵に乗るようになる。そうすると、日本、アメリカ、ヨーロッパ、東京と、重要な車になると最低4案が提案される。加えて、デザインを行っている様子はお互いにわからない。何をやってくるかわからないという状況に置かれ、常にデザイナーも活性化するわけです。

それでも、海外の案はやはり設計的に成立しないことも多かったことがあって、同じ仕組みを国内でもできないだろうかと議論がなされました。車種によって担当チームがありますが、これとは別にスタジオをつくろうということで、チーフ・クリエイティブ・デザイナー(以下、CCD)という制度をつくりました。プロジェクトに対して、CCDに絶大な権限を与えよう。仕事のやり方からスタッフの人選まで任せようということで、CCDをデザイン分野から公募するわけです。そして何人か応募してきた者の中から、委員会で面接をし、やる気や意気込み、車に対する考えをそこでインタビューして、よし、この人に任せようという感じで選んで決めます。自分のチームのスタッフもいろいろなところから集めてくるのです。そうしてできあがるのがスタジオです。またそれとは別に本来のチームでも開発も実施します。本社の中に2つのチームをつくって、コンペをさらに活性化しています。

一方で、デザインの社内公募制度も設け、自分の担当以外の車種に対しても提案したいものがあれば、手を挙げ、提案できる制度です。開発の中では、10数案から20案ぐらい出てきますが、その内の数案は、そういったところから出てきています。そして、最終的に選ばれることもあります。
本来の仕事をこなす中で、自分で時間を捻出してやってくるので大変なんですが、逆にそれだけのことをして提案してきますから、本来のチーム、スタジオもうかうかしていられない。なお一層切磋琢磨する。先代の部長が、デザインの品質を高めるのはやはり競争だ、社内コンペをやっていかないとレベルは上がらないという想いで始めたことが、ヴィッツなどいろいろな車で実を結び始めたのではないかと思います。

中西: 中西さんまさに競争共栄ですね。トヨタというと共存共栄を重んじる日本型経営で、コスト意識が高いというイメージが強い一方、非常に個人の顔の見えにくい大組織という印象が一般的でした。しかし、いまお話を伺っていると、デザインでは完全に競争共栄になっていますね。植物でもコンパニオン・プランツというのがあって、ひとつの木を育てようとするとそれだけをやるのではなくて、それに拮抗するようなものを少し植えてやった方が育つ。競争がいいもの、強いものを生むということは、原理としてあるのだろうと思いますね。
小山: トヨタ車を購入する年齢層が高く、トヨタは若者に弱い。そんな危惧から、社長直轄でお金を出すから自由にやれということで若者向けの提案をするバーチャルカンパニーをつくりました。デザインから全く切り離した部門をつくって本体のデザイン部門ではなく、彼らの中でコンペを行って選んできた成果がWiLL Viです。
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中西: 一昨年、名古屋でのデザインマネージメント国際会議で加藤副社長がお話をされました。驚いたのは、スポット的に2人とか3人とかデザイナーを入れられて、特別の給与を出されているという話だったのですが、それもこの一連のことですか。
小山: そうです、プロフェッショナル・コントラクト・デザイナー(以下、PCD)と呼んでいます。年俸制の契約ですが、ベースが1,000万円で、成果に対するインセンティブを含めると最大3,000万円ぐらいになります。そういうPCDを2人採用しました。1人がイタリア人、1人が海外で活躍した日本人でした。先ほどご紹介したコンペに、彼らもまた一匹狼として独自の案を出してくる。会社でも自由に動いていい。これも大変よく機能して、われわれが考えつかないような発想、ものづくりをずいぶん提案してくれ、大変刺激になりました。1年毎の契約更新で最大5年しかいられないという、マンネリを防止するルールから、その2人はもう退社しました。いまは2年目になるイタリア人が1人います。
このPCDを将来的には増やしていこうという計画はあります。それがわれわれの刺激にもなる。

最近トヨタのデザインが変わってきたというのは、いまご紹介したいろいろなことが効いてきているのだと思います。しかし、他社も頑張っているわけだから、歩みを遅くしたのではすぐに追いつかれてしまう。よいときにこそ組織を変えよう、やり方も変えようということで、この1月1日からデザイン本部制を敷いて、またやり方を変えようとしています。

中西: 日本のデザインの一番の問題点として常々思ってきたことは、インダストリアル系の優秀なデザイナーは基本的にインハウスが多いですから、トヨタがおやりになっているようなことをしない限りは、どうしても社内受注者になってしまうというところがあります。
せっかく持っている能力、あるいは意欲までそぎ取ってしまうようなことがあって、残念だなと思っていましたが、いまお話を伺っているとなかなかおもしろいですね。人はある程度までは「教え・覚えさせる」というところで成長しますが、その先は刺激・触発でないと成長しませんからね。
小山: 人は流動しないとだめですね。プラットフォームで分けてセンター制にしたのは、技術上はすごく理屈が通るんですが、デザインは別に関係ないんです。それでも思い切って分けたのは、デザイナーにお互い競い合わせるためでもあったと思います。すると必然的にコンペになってくる。デザインの期間短縮とか、いろいろなことで競い合うわけです。その効果がすごく出ており、設計や評価部署も含めて各センターのカラーが出てきました。

小山さんと中西さん一方で、自分のセンターにいる優れたデザイナーを離さなくなるという弊害もあり、デザイン機能で話し合い人を流動させています。人が流動すると、あちらのセンターとこちらとではやり方が違うということで刺激を受ける。すると、デザイナー個人個人がいろいろなやり方をトライする。そういうことが非常に大事かなと思います。
トヨタ社内で比較しても、事務や技術といった他部門では、3年から5年するとスタッフの半分以上は入れ替わってしまい、やり方も変わって活性化する。ところが、デザイン部には人の入れ替わりが少なく、ファミリーのようになって甘えも出る。そういう意味でも、リソーセス統括室がやるべきことは、常に人を流動化できるようにする。それが結果的に育てることにもなる。それは一番大事なことだと思います。

中西: 確かに波動を与えることは、心理的にもいろいろな意味合いで有効ですね。夏場、陸置きしたボートのタンクに入れてある水はすぐに腐る。でも、水の中にある限りは水は腐らない。微妙な動きを常に意識して与えていくことが大切で、自然界がそういうものにできているという話を聞いたことがあります。
逆に自治体や行政などのデザイン担当部門は全く固定しないで、基本的に2年でローテーションして動いていく。2年ぐらいで替わっていくとなると、その場を何とかしのげばいい。失敗をしたくないわけですから、新しいことをやろうという気がない。以前、東京都のCIの仕事をお引き受けし、これからデザインが重要な時代だから、たとえ事務職の人であってもデザイン系のテクノクラートをきちっと育てましょうという提案をしたのですが、既存の人事体制では良い仕事はできないと強く感じたので、1年で降りてしまいました。行政体のいまの体制では、内部からデザインの専門家はまず育たない。
メーカーでは逆に、守備範囲が固定してしまっているために刺激がない、自分の領域ができすぎるということがあるわけですね。
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小山: もうひとつは、いいデザインに対して報奨をあげたいということで動いています。サラリーマンですから給与体系を大きく崩せないので、何かほかにないか。技術部門には意匠奨励制度というのがあって、意匠登録をするといくらかお金がもらえます。デザインにも特別表彰があって、たとえばヴィッツみたいなデザインをしたら、ABCというランクでデザイナーに賞をあげよう。これは従来数十万円の単位だったのですが、副社長の強い意向もあって、一気に10倍ぐらいにしてもらったんです。けっこうな額になるので励みになってます。
もうひとつ、リフレッシュ休暇制度というものもあります。これは年間でいい提案をしてくれた人を選んで、金賞、銀賞、銅賞として100万円以内でランクをつけ、自由に海外出張できるという制度です。会社ですから原則として出張という名目ですが、調査でも何でもいい、要するに仕事から離れるご褒美旅行を与える。こうしたことも、サラリーマンの中でも一所懸命にやれば見返りがあるということで励みになるのではないでしょうか。そう考えて、いろいろ制度を打ったんです。
中西: 褒賞金を一気に10倍にされたというのはすごいですね。チームワークで開発されるとき、何人ぐらいでおやりになっているのですか。
小山: 1車種について5人から10人ぐらいと幅がありますが、重要な車は十数人にもなります。それで外形、室内、カラーとそれぞれ分担があって進めていきます。報奨も、チーム内で開発に寄与した度合いで分けることになります。1人当たりにすると数十万になってしまうかもしれませんが、それでもチームとして報奨をもらうことは大きいことです。
私共は常々デザイナーの地位を少しずつでも上げていきたいと考えています。そこで、Gマーク、グッドデザイン賞を社内で活かせないか。この賞を取れると意匠奨励のランキングを上げたり、報奨金に加算したりというようにまずは使っていきたい。それにはまず、Gマークそのものが一般の生活者に評価として浸透している必要があります。
中西: 確かにそうですね。Gマークがついているから選ぼう、買おうという状況ができないと、報奨制度もなかなか難しい。そういう意味ではグッドデザインが、応募企業にとっても、ひいてはデザイナーにとってもグッドビジネスとなるような存在にしていくことが非常に重要ですね。
小山: 中西さんがおっしゃっているように、Gマークの審査基準はスタイリングのみではなく、本当に生活者が使っていいもの、美しいもの、生活に溶け込んで存在感があるというものであることが浸透して、そうした素晴らしい生活を形作るものがGマークであるということが伝わっていけば、必然的にビジネスにつながるし、企業の宣伝側も黙ってはいないと思います。そのようにみんなで盛り上げるべきではないでしょうか。
中西: これは主催者である日本産業デザイン振興会だけが頑張ってできることではなく、企業の理解と応援がなければ絶対にできない。でも、そうしたユーザー顧客との共有認識ができればデザイン界全体、デザイン分野全体にとって、とてもいいことですからね。
小山: 小山さんGマーク民営化の際の三本柱に、生活の視点に立つというのがありました。われわれがデザインをやる上でも、お客さんがどう感じるかを、デザイナーが意識することが大事です。デザイナーの独りよがりでやった作品はよく失敗するんです。Gマークを取ったものが本当にお客さんに評価されて、使われて普及するというのが理想で、そういう意味では車という商品がひとつの先発隊になれると思っています。今やどこの家庭にもあるし、みんな運転するしと、お客さんに近いですからね。社内ではそういう気構えでGマークを位置づけています。
中西: Gマークも今年の4月から新しいシーズンに入ると45年目になり、あと5年で50周年となります。民営化がいろいろ新しい方向を考えるきっかけにはなってくれましたが、社会全体の変革の中で、デザインとは何なのかという位置づけがだいぶ変わってきていますから、そういう観点からも見直さなければいけない、あるいはやり替えるところは抜本的にやり替えなければいけないところに来ていると思います。
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小山: 私たちが海外に拠点を運営するときには、必ずといって中長期ビジョンをつくります。5年ちょっと先を見て、フェーズ1、2、3と区切って考え、たとえば人は当初は50人だけれども最終的には60人にしたいとか。そのためにはこういうステップで行く、設備はこうするというビジョンを必ず立てます。現実にはなかなかその通りにはならないけれども、そうしてやっていかないと目標を失います。
同じようにGマークにも50周年という節目があるのならば、そこを目がけて中長期ビジョンを打ち出した方がいいのではないでしょうか。そしてそのフェーズ1として2001年と2002年はこうやります、2003年はこうやります。そして50周年を迎えるときには、本当に一般の方々に浸透した賞にするんだと各社にアピールして、応募もきちんとしてもらい、ウェブサイトでもグローバルに展開していく、そういうふうにやるといいかなと思います。
中西: 確かに審査委員長を3年間やらせていただいて、理念レベルを再考したり、あるいはWeb化を進めたりと取り組んできましたが、ただ、おっしゃるように中長期計画まではなかなかいかない。もともとはお役所の仕事でしたから、要は単年度発想です。しかし、もう抜本的に変えないといけない。50周年までにはあと5年ありますから、そのビジョンを企業の方と一緒になって考えていくべきだと思いますね。
小山: 中西先生がやられた3年間を、Gマーク民営化のフェーズ1として私も高く評価させていただいています。だから次の3年をどうするか。次の審査委員長の方にも単年度ではなく、フェーズ的な発想をしていただきたいと思います。次の3年あるいは5年でもけっこうですが、それこそ中長期の戦略でGマークをどうしていくか。受賞事業としては単年度だけれども1本筋が通っている。それをお願いしたいですね。
中西: 何でもそうですが、変革期というのはきちんとした理念で引っ張っていくことが非常に重要だという気がします。そうしないと、どこに向かっているのかよくわからないことになってきます。何か問題が起きた時にぶれないようにしておくものが必要です。審査委員だけでも50人以上いるわけですが、応募企業も含めた方々をまとめていくということになると、理念を共有する言葉が非常に重要だという気がします。
小山: 私はアメリカから帰ってきたときに部長に相談して、会社の中に「ノーと言わずに何でもすぐやる総括室」という看板を出したんです。総括としてさまざまなことを頼まれると、「工数ないよ、人ないよ」とネガティブになりがちですが、「わかりました。とにかく検討します」と答える。同じ結果に至るとしても、「むだ。ない」と言うのと、「わかった、ちょっと検討するよ」と言って一生懸命考えて、「やっぱりできなかったから、今度こうするね」と言うのとでは、相手の動きも違う。単にノーと言うのは全然違うわけです。それを大事にしたいなと思います。要するに自分たちの意識を変えない限り、ものごとは変わらない。
中西: いま社会の変革期だから何かを変えなくてはいけないとみんな思っているんです。どこの会社も思っている。しかし、ここ10年ぐらいの事例を見せていただくと、中途半端な変革では全部失敗していますね。しかし、トヨタはこれだけ思い切ってやられた。小山さんのお話を伺っていて、えっ、あのトヨタがという印象を持つのは、いままでの既成概念があるからですね。
小山: 当社のトップは常々、50%か60%変えた方がいいと思ったらやりなさいと言われて、われわれもやっています。トップの考えが柔らかい、だからああいう車が出てくるのだと思います。
中西: いま、いろいろな方々が「創造」というもの、どうしたら創造的なものが出てくるかということに非常に興味を持っています。もともとは仏教用語だと思いますが、私は「修破離」という言葉を大切にしたい。何かを創り出すときには、そのものに対する専門知識や情報をちゃんと「修」めないといけない。必要なものを修め目標がはっきりしていれば、プロならばある程度のことはやれるだろう。しかし、人のやらないことをやろうと思ったら、一度これを「破」り捨てることが大切です。そしてもう一度そこから「離」れて、より高い次元まで行く。この修破離の発想でやると、かなり新しいところまで、あるいは人のやらないところまでいけると説明してきました。
「守破離」と書く表現もあるんですが、クリエイターにとっては「修破離」だろうと私は思っています。
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小山: 小山さんそのとおりですね。「一度ワーッと考えろ、考えついたら一度全部捨てろ。そんなことは誰でも考えつく。そこからもう一度スタートしろ。」と、われわれも同じようなことを言っていますね。
そういう意味でも、Gマークが変革を進める中、われわれ応募する企業も変わらなければならないのかもしれません。先日各社のデザイン部門長がお集まりになった検討委員会でも、意見がずいぶんバラバラでしたね。われわれもいけないと感じました。そのへんの足並みが揃うようになったときに初めて、お客さんの側にも認知していいただける。そうなるとやはり「50周年に向けて一緒に頑張りましょう」ということになりますね。(笑)
中西: 中西:Gマーク事業の存続はなんとかつなぎ止め得た。ここからは、50周年に向けてどう育てどう変革させていくか。いいものを創り出し、それを認めて成長させていく、という視点でもう一度Gマークを見直して、デザインに関わる全員にとってお互いに役に立つ仕組みにしていくことが重要だと思います。それを50周年を目標に見定めるというのはいいことですね。
今日は本当にありがとうございました。
(2001年2月19日 東京・渋谷区のPAOSにて収録)
  ●小山 登
トヨタ自動車(株)
デザイン本部 担当部長/デザイン部 リソーセス統括室長 

●中西 元男
PAOS代表
2000年度グッドデザイン賞審査委員長

  トヨタ自動車のホームページ:
http://www.toyota.co.jp/
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