中西元男 対談バックナンバー

 
 

第13回(2001.1.31)


Before
中野: われわれ開発側もシビックという名前を聞くと背筋がピンと伸びるような気がします。ホンダの原点、根幹、源であるという気持ちですね。シビックにはそういう 強い存在感があります。
38年前、スポーツカーと軽トラックによって自動車の世界に本格的に立ち向かうことになったわれわれにとって、この世界で確固たる独自のポジションを築きたいという本田宗一郎の意思を本格的に展開したのが、1972年発売の初代シビックだったと言えます。いまではライフ、オデッセイと、ユーザーの方に喜ばれている商品が多くありますが、そのものづくりの根底にあるのはシビックを開発した精神だと考えています。ですからシビックはホンダの四輪車すべての原点と呼べますね。すべての戦略も、シビックのビジネスがうまく回って初めて考えられるというスタンスですね。
中西: そうした位置づけのシビックの開発の中で、もっともご苦労なさったのはどういう点ですか。
木越: HONDAの皆さんわれわれの会社はコンセプトありきなんです。コンセプトとパッケージを決めることが一番大変でした。シビックは全世界の140カ国以上で年間約70万台が販売されていますが、それぞれの国でニーズはまったく異なります。たとえばアメリカでの4ドアは主婦の買い物や通勤のために使われていて、日本での軽自動車に近い位置づけです。日本では4ドアセダンの1.5リッター市場は小さくなっていて、40代、50代のユーザーが多い。アジアでは、セダンは日本の感覚で数百万円するような高級車です。ヨーロッパは、セダンの市場としては小さく、5ドア、3ドアの世界で、使われ方も全然異なります。そこで、まずどこを狙って、どういうふうにつくるかという的を絞ることが一番大変です。
中野: グローバルカーであるがゆえに、いろいろなユーザーのそれこそ様々な要求や価値観にシビックのシリーズとしてどう応えていくのか、どの機種をどこのマーケットのメインにするのかというせめぎ合いは非常に大変でした。
中西: シビックの伝統として代々受け継がれてきている基本コンセプトにMM(メカミニマム/マンマキシマム)コンセプトがありますが、今回はそのコンセプトに対して、どのような議論がなされたのでしょうか。
藤井: 約30年続いてきたシビックというブランドの歴史に、人と機械の関係というMMの理念は、基本としてあります。
当初のMMコンセプトは、人の寸法をより多く取ってメカを極力小さくするといった、物理量の話でわかりやすかったと思います。ところが現在のMMコンセプトでは、機械的には高効率というベクトルがより明確になっている一方で、人の方の価値観のベクトルが今ひとつはっきりしていなかった。その中で、どちらの方向を打ち出すかということは、かなり難しい課題でした。
そこで、最初にコンセプトを立てるときには、いったんシビックから離れ、もう少し先の世の中の人の価値観ではどういう車が一番求められているのかというアプローチから議論をしました。
国内でいうシビックは、3ドアで小さくてよく走る車というイメージがありますが、ここではドアの枚数が記号性を持っていたんです。2ドアハッチバックという形式にパーソナルなイメージがあり、若い人の自由な生活のアイテムだというイメージがあったと思います。
HONDAの皆さんところが、現在のようにミニバンというカテゴリーが現れてくると、ドアの枚数は機能性として捉えられるようになってきました。特に若い人の間でドアの枚数の記号性は薄れていて、4枚あるから所帯くさいというイメージはない。ならばシビックだから3枚にこだわるということではなく、一番役に立つ車をつくろういうところからスタートしています。
そもそも車というのは贅沢品です。基本的には1台で済めばいいわけですから、そういう車が今後増えてくるのではないか。アメリカでは一人一台が当たり前ですが、いずれそれは過去のものとなるだろう。そういうところからスタートしました。
木越: 昔は自動車を持つことは、半分くらいはステータスでしたが、いまの若い人はずいぶん変わってきていますね。自動車に対して、ステータスとか価値観を持っていない。ただの道具として見ている。車に対する認識がそういうふうに変わりつつあります。
最初のマーケットリサーチで感じたことなのですが、カー・ジャーナリストのシビックに対するイメージは3ドアで軽くてよく走るというもので、われわれもまた同じイメージを持っていました。
しかし、ユーザーターゲットになる30代以下の方にとっては、シビックは生まれたときからあるふつうの車なんです。われわれの世代にとってのカローラやサニーがお父さんの乗っていた車であるのと同じように、シビックもそう思われている。彼らにとっては、ベーシックカー、ふつうの3ドアなんです。このイメージの隔たりをずいぶん感じました。
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中西: 今回のシビックの特色の一つであるフラットフロアは、どういう発想から生まれてきたのですか。
中野: 一昔前は、自動車の価値イコール低さというような時代もありましたが、いまは発想が全然違いますよね。世の中の自動車への欲求が、ミニバンとかマルチワゴンといった車種が持っている、空間価値を重んじる方向へと大きく変化してきました。つまり、広さが価値としてユーザーに受け入れられるようになった。ですから、その価値観をシビックの領域にまでうまく引き降ろせれば、ユーザーを満足させられるものができるのではないかという発想です。
シビックとなると開発にも力が入りますし、ましてや7代目まで数えてきますと、生半可なものでは許されないなという気持ちもありました。ですから、シビック開発チームができる前からプラットフォームやハード部分を考えていた先行チームも、だいぶ力を入れて開発を進めていました。そういうものがうまくシビックのコンセプトと合致したわけです。
木越: HONDAの皆さんハードウェアの技術者は、いかにノーズを短くして、安全で、よく走る、軽いプラットフォームをつくるかということに心血を注ぎますが、そこには商品としての魅力づくりの視点が欠けています。そこでシビック開発チームが乗り込んでいって、商品としての魅力はフラットフロアであると強く主張して変えてもらったような感じです。
昔の車というのは、前にエンジンを積んで、ミッションがあって、後ろのタイヤに駆動力を伝えるためにプロペラシャフトが通っていました。その上にシャシーがあったので、昔の車はフラットだったんです。それが運動性能などを突き詰めていくと、車高がだんだん低くなってきた。そうすると、プロペラシャフトを通すためにトンネルが必要になった。余計なものが室内に出てきてフラットでなくなった。ところが、後輪ではなく前輪を駆動するFFという形式が現れた途端に、プロペラシャフトの必要性がなくなってしまった。なくなったけれども、今度は剛性のために、トンネルが残っている。
これは車の性能のためにあるけれども、人のためではない。ならば、これは取ってしまうべきだという考え方です。
中野: フラットフロア実現については、技術的には相当大変だったと思います。ボディ剛性だけを取り上げて、ボディの真ん中にトンネルが通っていないということは致命的だととらえられても仕方がないところです。しかし、シビックコンセプトなんだという主張を技術者も十分理解してくれて、困難に立ち向かってくれたのかなと、いま思えば感謝しています。
中西: 日本とヨーロッパとカリフォルニアの3つのデザインセンターでの競作のようなかたちを採られたとうかがいましたが、プロセスの中でそれぞれのデザイン提案はどういう具合に引き継がれていったのですか。
藤井: デザインに入る前のコンセプトの段階でパリでグローバルミーティングを行い、各地域から今回のプロジェクトに携わる人間に来てもらってコンセプトを共有した上で、それぞれ持ち帰ってもい、グローバルカーのデザイン提案をしてもらうというプロセスでした。そうしてコンセプトを合意したつもりでも、ずいぶんと違うものが出てきます。(笑)
木越: 人の気持ちを一番大切に、快適な空間をつくろうという基本は一緒なのですが、味付けの部分が国によって違います。理念の中身は一緒なんですが、アイテムのほうが全然違います。
中西: 基本的には日本主導でおやりになられたわけですか。また、最初からそういう予定でおやりになられたんですか。
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木越: グローバルカーの開発の場合はリードカントリー制を採っています。たとえばセダンであればリードカントリーはアメリカです。今回のシビックの5ドアに関してはヨーロッパと日本が、セダンに関してはアメリカというダブルリードカントリーでした。5ドアはダブルでやっていたためにちょっと混乱がありましたので、最終的にリードカントリーは日本に絞り込んで、日本主導で進めました。
中西: シビック開発チーム、先行チームといった名前が出ていますが、デザインや開発の組織体制についてご紹介いただけますか。
中野: 研究所としては和光研究所が四輪、朝霞研究所は二輪を担当しており、朝霞東研究所は汎用製品をやっています。研究所の海外事業所は南北アメリカ、ヨーロッパ、アジアに拠点を持っています。また、宇都宮の近くに設計・研究の大部隊「栃木研究所」があります。ここ和光研究所には、デザインのセクションとロボットなどをやっている基礎研究所があります。
そしてデザインは、おおざっぱに言いますと先行デザインを担当するところと開発デザインを担当するところとに分かれていて、それを支援するコンピュータ領域、カラー、モデル製作がバックにあります。また、海外のアンテナ基地として、アメリカ、ヨーロッパ、アジア、ブラジル等があります。特異な存在としては、裏銀座にWAVEがあり、ここでは、日常の業務の中ではなかなかできないような人、文化、あるいはそれらを勉強するために必要な外部の研究機関とつながっていたりします。研究所のためのビタミン剤、栄養剤をつくっているようなものですね。
開発チームは基本的にその都度、新しく編成されます。モデルチェンジごとに前モデルを否定するところからスタートするのが当たり前になっていますから、そういうことが堂々とできる立場ということで、新しいチームの編成が基本になっています。ただ、屋台骨をしょって立つからという意味も含めて、精鋭が揃いますね。非常に流動的であるというのが特徴と呼べるかもしれません。
木越: 流動的であるというのは、何人が関わったと言うのが難しいんです。シビックチームといっても、3ドア、4ドア、5ドア、ストリームとかスポーツモデル、そういうものをすべて含めるとものすごい範囲になります。その内部でも、つねに移動して変化しますし、デザインだけではなく、開発チーム全体も最初と最後ではメンバーの顔ぶれがずいぶん変わります。たとえばドメスティックの1機種だけの開発で良いステップワゴンみたいな車だったら、デザイナー何名、開発何名、チームは何名とだいたいわかるんですが、アコードやシビックになるとはっきりと線を引く事が難しいですね。
デザイナーも、4ドアのスケッチを描いたら、次はちょっと組が変わるというふうにどんどん変わっていきます。
中野: HONDAの皆さん要所を押さえるポジションにいる人間は、そうはいきません。スタッフの首根っこを押さえながら、シリーズとしてやっていきますから、相当な負担だったと思います。実は私は今回のシビックのコンセプトを構築して、イメージのデザインを始める段階まではいたんですが、そこを境目に2年ほど外に出ていました。ですから、具体的などろどろとした開発の最中は全く2人に任せていました。(笑)
中西: お話をうかがっていると、コンセプトという言葉が頻繁に出てきているように、ターゲットの絞り方がはっきりしておられますね。
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中野: ホンダの特徴は何かと問われれば、そこだと思います。われわれがつくる商品は何の価値をもって人を喜ばせるのかというコンセプトづくりについては、多くの時間を割いて執拗なまでに追求します。 われわれは単なるスタイリングに留まらず、新しい生活を創りたいと思っています。同じHONDAというマークの下に汎用も、二輪も、四輪も持っており、人々の生活を全部演出できる材料を持っていると自負しています。それらをうまく使って、新しい生活が描けるようなものを提供していこう。それがホンダデザインだと思っています。
中西: デザインするということ自体が、プロダクトをつくるということだけではなく、空間や環境を創ることであったり、ウェイ・オブ・ユースやライフスタイルを創ることであったり、もっというと社会的な価値を創ることであったりします。そういう意味では、車に対する要求がずいぶん広がってきていると思いますから、逆にそれを明確に凝縮して一つの実用性とシンボル性を持たせるということは大きなポイントですね。シビックはそこが非常に明快に出てきているように思います。お話をうかがっているとすべての理屈がスタイリングにつながっているということがすごいところだと思います。
中野: 先ほど中西さんがおっしゃった、ホンダはチャレンジングだから、出てきた商品にもスポーツ性があるということは、まさにわれわれの認識と同じです。ところが、最近の若い方々のモノ、特に車に対する思い入れがどんどん薄れてきている中、ホンダに対するイメージも、われわれの世代で当たり前に思っているスポーティ、チャレンジング、先進的というイメージでは捉えられていないのではないかという点を心配しています。
中西: たしかに日本国内を見ていますと、昔のホンダにはそういう面で特色があって、いわば一点突破で市場をブレークスルーしていくというイメージが強かった。しかし、イメージというのは常に相対的なものです。最近のトヨタの変化が大きいだけに、そのトヨタに対してのホンダという相対的なイメージの持たれ方は確かにある。
われわれのように外から見せていただく人間にとっては非常におもしろく、ある種の競争共栄ができていくということは、日本の自動車産業にとってすばらしいことだと思います。しかし一方で、ホンダの中で車種がフルライン化されてくると、どうしても像が結びにくくなることはたしかでしょうね。
中野: ホンダの皆さんライフしかり、オデッセイしかり、ストリームしかり、ステップワゴンしかり。ホンダは、ああいうものをつくっている会社だというイメージがだんだん強くなってくる。最近トヨタからちょっと変わったものが出てきています。その相対的なものとしても、不特定多数の人が当たり前に喜んでくれる商品を安く、要領よくばらまいているのがホンダであるというイメージになってしまうと困るわけです。
たしかにオデッセイ、ライフというブランドはあるかもしれませんが、はたしてホンダという文化を醸し出すブランドが安泰かどうかという点は非常に危惧しています。不特定多数の皆さんがが喜んでくれる車はよしとして、そこから一歩抜きんでて、一馬身以上離して、企業文化的イメージを語れるような輝いた商品がなければいけない。われわれとしては当然、スポーツカーもやっている、NSXもやっているという自負はあるんですが、そうした商品のバランスによって、トヨタの光り方とは違う輝きを持って存在したいですね。
和光研究所のわれわれのセクションが、そうしたデザインやブランディングの源流だと思っていますから、21世紀に夢を持って、果敢にチャレンジングが発揮できるようなスタンスで、世の中に向かいたいと考えています。
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中西: 外の人間は、一つの企業のマーケティング戦略や開発戦略をドラマとして見ますから。
私の専門はCIといわれていますが、自分ではコーポレートマーケティング戦略だと思っています。単純にビジュアルアイデンティティの問題だけではなく、事業開発に対しても、いろいろな形でかかわらせていただきました。外から見ていると、一つの会社の中には、主役があって脇役があって、注目を集める道化役や刺激役がある。そういう役割揃えで構成されて、あの会社はマーケティング的に非常におもしろいねということになる。
これをセルフコントラストマーケティングという言い方をしていますが、そういう点でいうと、いまの自動車や家電は商品そのものに対する基本的な不安はありませんから、どうドラマ化されているかということが重要だと思います。
中野: いかに魅力的なストーリーを描きながら、ターゲットとするお客さんに感動と安心感を植え付けるかですね。企業のストーリー性が見えないと、結末はどうなるのだろうと期待してもらえないですからね。
われわれも不特定多数も大事にしながら、他社と違う輝きのあるものの表現活動をきちっとやっていかないと、5年後、10年後、20年後のホンダの世の中に対するスタンスがはっきりしなくなってしまいます。大事にしたいのはそこですし、私自身もそういうホンダに対して魅力を感じて入社してきたわけですから、そこは絶対に譲るわけにはいきませんね。
今年の元日の新聞で気になる広告が二つありました。商品コンセプトや、企業をデザインするという面も含めて、デザインで戦うと宣言したトヨタとニッサンのものでした。まさにデザインウォーズといってもよいでしょう。これからいい切磋琢磨ができそうで、おもしろくなるなと感じました。
中西: 中西さんたしかにマーケティング的にいうと、品質の差別化マーケティング、価格の差別化マーケティングがあって、成熟化していけばいくほど、ある種のイメージの差別化マーケティングが非常に大きなポイントになる。その中で何が一番重要かといわれると、デザインの差別化が大きいですからね。
さて、自動車のようにグローバル化された産業では、ボーダレスになればなるほど、日本のアイデンティティが非常に重要になってきている側面があると思うんです。ホンダのデザイン開発では、こうしたことに対して、どのようにお考えになっているのでしょうか。
中野: たしかにグローバリゼーションやインターナショナルという言葉がさかんに言われますが、そういう商品であればあるほど、オリジナリティやローカライゼーションで特徴を出さないとグローバルに拡がらない。グローバル化の裏側にはローカライゼーションがあり、オリジナリティが大事なんだという意識は常に持っています。 同じ商品でもあちこちでつくるようになりますが、中国でつくってもホンダのアコードはホンダのアコードでなければいけないし、中国のアコードではないはずです。そこがきちっとコントロールされることが、まさに強いアイデンティティなんでしょうね。どこでつくってもホンダの製品はホンダの製品というものが打ち出せないといけない。
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中西: 締めくくりとして、Gマークに対するご要望などをお聞かせ下さい。
木越: 一昔前と違い、まったく異なるジャンルのものが同じ壇上にあげられる現在、大賞の選出には審査委員の皆さんが非常に苦しい選択を迫られていると感じます。個人的には、本当にいま大賞が必要なのかなという印象を受けました。金賞レベルで十分ではないか。われわれもそれだけいただければ十分で、そこからさらに大賞を選び出す必要性があるのかと感じているところです。
中野: Gマークというのは、われわれが商品に託した想いに対して、専門家の方がオリジナリティの高さ、先見性、有用性を公平に判断、評価していただけるものと思っています。ホンダとしてはこういう場を大事にして、今後も参加していきたいと考えています。現実に今回、金賞という価値ある賞をいただいて、商品のセールストークにも使わせていただいています。
ただ、基本的に商品というものは顧客の側からの視点でものごとの善し悪し、好き嫌いが決まるものですから、その感覚がいかに反映されるかというところが一番のキーだと思います。今後の活動の中では、消費者にとってどうなのかというやわらかな思考を織り込んでいただきたいなという希望を持っています。
中西: Gマーク制度は44年も続いた仕組みですから、これをどう利用価値のあるものにしていくか。一般のユーザー、市民にとっては生活価値のある仕組みにどう育て上げていくかが一番のポイントだと考えています。
本日はどうもありがとうございました。
(2001年1月23日 埼玉県和光市の本田技術研究所和光研究所にて収録)
  ●中野 正人
(株)本田技術研究所 和光研究所
エグゼクティブチーフエンジニア

●木越 由和
(株)本田技術研究所 和光研究所
デザインBスタジオ マネージャー・チーフデザイナー

●藤井 謙治
(株)本田技術研究所 和光研究所
デザインBスタジオ チーフデザイナー

●中西 元男
PAOS代表
2000年度グッドデザイン賞審査委員長

  本田技研工業のHP:
http://www.honda.co.jp/

2000年度グッドデザイン金賞紹介ページ:
http://www.g-mark.org/library/2000/gold/family.html

GOOD DESIGN FINDER によるシビックの検索結果:
https://www.g-mark.org/search/Detail?id=555

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MOTTO'S VOICE