バージョン1の一番の特徴は、こちら側で入力したアニメーションと「手話単語」を1対1、または多対1の対応で収めたデータベースだったんですが、問題だったのは、手話単語が、われわれが日常使っている日本語とは異なるということもあり、手話を知っている人にしか扱えないということでした。一般の健常者は手話単語を知らないので、このシステムの用途は限られてくるわけです。 そこで今回のMimehand IIでは、日本語から手話単語への翻訳支援機能を持たせること、また、こうした福祉関連の商品は値段が高くては使いものにならないので価格を下げることを目指しました。期せずして、ここ数年でパソコンの性能が3Dコンピュータグラフィクスをリアルタイムで処理できるほど高まったという背景があって、仕様的な問題点をなんとかしようという気運も高まってきていました。ただ、日本語を手話単語に変換する部分は、従来コンピュータを扱ってきた人間とは毛色の違った人間を投入しないといけないというので、AI(人工知能)を専門に手がけてきた研究者にこのプロジェクトへ参加してもらいました。彼らが中心となって日本語を手話単語に変換するという作業を一つひとつ行っていって、そこでまた新たなデータベースをつくりあげ、これによって、日本語から手話単語への自動変換が、完璧ではないんですが、できるようになった。日本語から英語への翻訳ソフトと同様に、意味をどこまでとらえるかという部分で完璧ではないのですが、それがある程度変換できる。これが今回のバージョン2の最大の売りです。
バージョン1の頃はキャラクターの見栄えは重視されなかったのですが、パソコンの表現力が向上したきたことで、画面の中のキャラクターの見栄えや表情といった部分での要望も出てきました。今回、共同で開発を進めてきた聾唖連盟の人たちにいわせれば、表情のない手話は手話ではない。普通に手話をやっているときに、悲しそうな顔をしているだけで、ネガティブな話をしているということが伝わる。ですから、表情が伴わない手話は使いものにならないというわけです。そういう話を受けて、バージョン1でもある程度の表情は持たせたのですが、バージョン2では情報量を多く持てるような仕様になったので、より微妙で自然な表情を与えられないかということで、AIをやっていた中央研究所の研究者たちと一緒に表情をつくってきました。AIをやっていた人がいろいろな人にアンケートをして、絵の表情と言葉との関連を調べてくれたりして、表情を作り込んでいったわけです。
今回はMimehand IIのソフトウエアと同時に手話辞典を出しました。価格は1万8000円です。手話が3次元情報で辞典としてまとめられたことはいままでなかったわけで、それが電子辞書のかたちで出版されるということは手話の世界で画期的なことです。いままでテレビはありましたが、それはもちろん2次元です。対置した状況で、自分の目の前で起こる3次元空間の動作、プラス時間軸がありますから4次元空間ですが、それをどこからでも自由にインタラクティブに見られるという辞書が、今回初めてできたわけです。 この辞書の監修は聾唖連盟にお願いしました。単語の一語一語をほとんど手作業で、聾唖連盟から派遣された方に監修を受けながら、つくっていって、最後にやっとできあがったという感じです。これまで10年間の多くの苦労を考えると、今回の価格はほとんどないに等しいと言って良いくらいのものです。
デザイナーとは直接関係はありませんが、キャラクターの表情の面で、たとえば手話で「ウソをつく」という表現は、頬の内側を舌で押して、そこを指差します。舌で頬の内側を押すと、あごが開くといった変化が起こりますが、キャラクターはそうした人間の骨格構造や筋肉の動きも再現しています。「あいうえお」というときも、口の中はほとんど見えませんが、舌の形もそれに合わせた状態を再現しています。このように、微妙な動きがもたらす表情にも気を使っています。
ですから、Mimehandの場合も、一番最初のデータグローブの手話システムをCGやAIの研究者がやってみたいと言い出したのがルーツになります。これが全社研究としてスタートし、公共システムグループが商品化したいと手を挙げ、そこが研究を引き取って、依頼研究になっています。研究所はそういうシステムになっています。10年かかりましたが、全社研究から依頼研究に移って事業化されたという、シナリオからいけば日立の考えているとおりの研究スタイルだと思います。このような研究にいきなりはないですね。
デザイン研究所は7つの研究所の中でも、一番小さい組織ですが事業領域は一番広い。実際、テーマ数や仕事をいただいている事業部数は一番多い。私としてはこのことは経営幹部に誇っています。デザインがこの会社で理解されてきた、「人」が理解されてきた。いまの社長方針は「お客様視点」であることから、私どもとしても非常にやりやすいんです。技術の日立で突っ走ってきたところから少しずつ変化してきて、いまは「人」中心ということで、あらゆる面で改革が行われている最中です。
話は変わりますが、いま立命館の経営学部の大学院で講義しています。経営学部の大学院ですが、経済の人、理工の人、美学の人、あるいは社会人入学の人、いろいろな人が入っていてとてもおもしろいんです。彼らはみんなデザインに関心を持っていて、何か新しい可能性をもってやれるんじゃないかと思ってくれている。デザインに対する期待というのは結構大きなものがあると思うのですが、デザイナー、デザインの専門家のほうが、それをあまり意識していないように感じるのですが。
デザインはコーポレート・マーケティングや経営戦略に踏み込んで提案できる潜在力を持っていますから、それこそ新しい価値創造に貢献できる。色、形ではないデザインは何かといわれれば、企業経営においては、そういう戦略デザインの世界があるし、文化機関的発展もある。それをいろいろな方たちに利用していただきたい。これは表層的なブランドというレベルよりは高いところで、理念を構築していく、新事業を開発していく、事業ドメインをもう一度見直すという世界で、デザインはけっこうやれるという思いを私は経験的に持っています。
●松隈 信彦 株式会社日立製作所 デザイン研究所 コミュニケーションデザイン部 主任デザイナー
●中西 元男 PAOS代表 2000年度グッドデザイン賞審査委員長
2000年度インタラクションデザイン賞紹介ページ: http://www.g-mark.org/library/2000/interaction/int1.html
GOOD DESIGN FINDER によるMimehand IIの検索結果: https://www.g-mark.org/search/Detail?id=904