中西元男 対談バックナンバー

 
 

第10回 ミズノ「ファーストスキン」 (2000.11.30)


Before
岡田: スポーツメーカーの人間としてはオリンピック年の4年毎に新製品を開発していくサイクルがしみついています。オリンピック毎に新しいアイディアを実現させる事を常々考えています。過去、ソウル オリンピックから低抵抗水着の開発の考え方が始まりました。ソウルからバルセロナにかけての水着スタイルは、運動機能性を向上させるために、余分な生地を削ぎ落として生地が動作の邪魔をしないようにハイレグや背中空きのスタイルが主流でした。アトランタの時に少し考え方が変わり、水の浸入を防ぐためにハイネック型が登場しています。これは、低抵抗素材で、身体を覆う方が良いのではないか?という考えからです。
それが、アトランタからシドニーへ身体を覆う水着へと進化した訳です。事実として、アトランタでも、メンズ用にも身体を覆うワンピースタイプの水着は登場しましたが、単に身体を覆うだけの水着では、運動機能面で悪影響が出てしまいました。まだ、パターニング(型紙)の研究が不十分であったと云わざるを得ません。アトランタ オリンピックが終了し、今回のシドニー オリンピックを迎える4年間は、新低抵抗素材の開発と新スタイルの開発がテーマでした。運動機能性の追求について、世界のトップスイマーの筋肉分布を研究したシーム(縫い目)位置を絞り込みました。運動機能性を阻害せず、更には体形補正により形状抵抗を削減させるスタイルを完成させました。一方、低抵抗素材開発では、水中生物の中に何かヒントがあるだろうとアイディアを求めました。水中生物ですから何かしらの水との抵抗を下げる秘密があるだろうと漠然と思っていました。
中西: そこでサメの皮膚構造を参考にしたというのが皆さんの関心を引くところです。陸上だったら、短距離走はチータと言われますが、海の中の生物では何が一番速いんですか。
岡田: マグロは瞬間的に時速160kmを出すと云われています。形状抵抗での面では、イルカ、シャチなどが抵抗の少ない形とをしていると思います。実はサメは、ヒトと同様に形状的な面から見ると決して低抵抗のスタイルではありません。ところが、獲物を狙うときなどは、非常に素早く泳ぐ事ができます。この秘密は、皮膚構造にあったんです。表面は、ツルツルの方が抵抗が少ないように思えますが、意外や意外、サメの皮膚構造は、小さな小歯状突起が体側に沿って形成され細い溝のようになっています。この小歯(溝)が、皮膚表面の水の流れを整え抵抗を減らしているんです。レース用のヨット船底にも同様の細かな溝のシートが、貼り付けてあり抵抗を下げる事は判っていましたから、自然界に住むサメの皮膚構造とヒトが開発した機能とを一つにして新低抵抗素材を完成させました。

岡田さん、河野さん今回の低抵抗水着の開発の中で素材と共に重要なテーマに挙げたのは、体形補正からくる形状抵抗の削減です。水泳時に受ける水抵抗により筋肉振動と筋肉変形を防止するため従来の素材から約2倍の伸張力を持たせ、身体全体を覆い形状抵抗を削減しています。せっかくのパワー素材がかえって運動動作を妨げないよう筋肉の部位毎の切りつないだようなこのシルエットが生まれました。

開発を進める上で、過去、ソウル オリンピックから蓄積した基礎データが役立っています。データを取るために何をどうすれば良いのか? 既存のものと比べどれくらい数値が下がったとか、数値の裏付けがあったことはある意味やりやすかった点です。ただ、パターンの最終決定は、非常にアナログ的な部分があります。選手の方にモニターをお願いして、着用して頂く訳ですが、私たちのパターナーが伺い、選手の方の意見を集約してある部分カンと経験でパターンを修正していく作業となります。PC上でパターン修正は行う訳ですが、最終的にはヒトに頼る事になるのです。

中西: デザイン戦略的なことと、マーケティング戦略的なこととを併せて考えてみたいのですが、競技用と一般用は必ずしも一致しませんね。競技用の物的な性能、機能に対して、マーケティング的に考えたときには著名選手が履いている靴を履きたい、あるいはレースに勝つ会社の車に乗りたいという消費者の心理があります。水着の場合はどうなのでしょうか。
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岡田: 一般的に、競技用水着の良い点としてオリンピックで金メダルを取った水着とまったく同じ機能、カッティングの水着をお客様に買って頂くことができます。これは、他の競技ではない事で、たとえばシューズに関しては、トップアスリートのシューズは一般の方には履きこなせません。一方、競泳着は、常に一般ユーザーの方が同じ物を同じように機能体験して着用して頂けるメリットを生かしたマーケティングが可能となります。
今回のファーストスキンは、ややプロフェショナル志向が強まった点では半面、残念でもあります。しかし、ファーストスキンは、機能を生かしたスタイルで多くのスタイルを出していますのでトップスイマーにはロングジョンタイプ(全身を覆うタイプ)を中心に着用して頂き、マスターズスイマーの方などには、スパッツタイプで機能を実感して頂き、スイマー方々のご希望にお答えできるのではないでしょか。
中西: もう少し広く、スポーツ用品全般あるいはスポーツそのものとグッドデザイン、Gマークについてお聞かせいただければと思います。
河野: 河野さんGマークの応募対象としてスポーツ品が正式に入ったのは昭和59年(1984年)でした。その意味ではスポーツ用品のデザインの歴史はまだ浅い。特に日本の場合、昔は訓練、鍛錬、学校体育がスポーツであり、その用具やウエアは、強度があればいい、破れなければいいという捉えられ方がされてきましたが、いまでは、履歴書に好きなスポーツと書かれているぐらいに、テニスをやっていたよ、インターハイに出たよとか、私の彼はラグビーをやっていてとか、スポーツ自体がその人のステータス、生活価値観を表すもの、その人の人格を表すようなものとして認知されるようになってきました。このように身近なものになっていくと、スポーツ用品のデザインは様々な人間の感性をも満たす機能具としてますます重要になっていくでしょうし、可能性もより拡がっていくだろうと思っています。

Gマークとのかかわりについては、現在は第3期目ぐらいの取り組みかと思っています。スポーツ用品がGマークの対象になった年から、われわれも応募して、次の年には27点が受賞しました。最初の5年くらいは、スポーツ用品が人々の生活に大切なものとして位置づけられるようになったのだから、総合的で客観的な評価が得られるGマークに積極的に参加していこうと、ほかのスポーツ業界に呼びかけたり、そうしたことを通して業界全体のレベルを上げようという活動をしてきました。私たちにはスポーツ全体を振興していく理念がありますから、そういうかたちでGマークとはお付き合いをしてきました。これが第1期目で、われわれ自身のデザイン力の評価を得ることと同時に、われわれの業界のレベルを高めていこうというところに目標を置いていました。
第2期目は、よくあるGマークを取ったら売れる売れないという話で、Gマークを受賞した商品の追跡ということで、われわれもちょっと方向転換しながら試行錯誤しながらデザインの有効性を検証していくという時期でした。
第3期目は、ここ数年です。Gマークの運営自体も変わりましたし、一般のデザインに対する認識も随分変わってきましたので、社内でそういう意識づけをしたり、デザインに携わる個人にスポットを当てたり、クリエイティブな活動の成果を客観的に評価していただくと同時に、激変の世界の中での社内レベルを確認したり、それを向上させたりという面に目を向けてきました。この間、経営者も経営資源としてのデザインの強化確立に期待と支援をよせてくれました。
このように、初期のわれわれ自身のデザイン力の評価を得ることと同時に、われわれの業界のレベルを上げていこうというところから、企業イメージのアップ、営業レベルにどう活用していくのかという試行錯誤も行ってきました。

中西: Gマークに応募すること、そして受賞することは、御社内ではどのように受け取られているのでしょうか。
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河野: この2年ぐらいは、はっきり言って上を狙っていくという雰囲気がありました。特に今年はシドニーも含めて、話題的にタイムリーなアイテムを選別して、人々に感動を与えるようなもの、ストーリー性のあるものを用意して臨もうという体制でやってきました。これについては経営トップ陣も、開発力、研究力、デザイン力というものについて、これまで培ってきたものを総合するようなものにスポットを当ててみたらという方針を持ってもらえた。最終的に金賞を受賞して、いまでは「惜しかったな」と言われていますが、経営陣も今回のGマーク審査を通じてさらにデザインに対する強い関心をもってくれていますので、われわれも今後もそれに応えていこうと考えています。
中西: 審査内容、審査方法について、どう見ておられるのか、注文があればお聞きしたいんです。今回、審査員の中にあった意見としては、ファーストスキンは専門的なもので特殊解であり、汎用性とは不連続なところにあるというイメージを持たれていて、これが果たしてボリュームゾーン化していくか、一般化していくのかという見方がありました。そういう意味では、アーリーアダプター、すなわち先行的なものがあって、それが広がっていく可能性の世界があるということをうまくアピールしていただいたらよかったかなという気がします。ただ、審査員もすべてのスポーツに通じているわけではありませんから、どこまでを見るかという難しさはあります。スポーツ用具用品の審査内容につき、こういう見方をしてもらえないかというところがあれば、お聞きしておきたいと思います。
河野: 過去ではスポーツ品は趣味嗜好性が強い特別なものという見方だったんですが、時代は変わっていますから、われわれが専門的な特殊なところから広がりを持とうとしていることについて、審査する方も、そのスポーツ品の特殊な見方と合わせて、その広がりについての理解度も高めていただきたい。
われわれも苦労したんですが、Gマーク対象品は一般のユーザーがすぐ手に入れられる商品の完成度を扱ってきたわけです。それとは違って、そのものに含まれているイノベーティブな内容についての提案の部分のみを取り出して見ていくことについては、慎重に進めていただく必要がある。また、デザイン界全体のレベルを高めていくために、本当にイノベーションの可能性のあるレベルなのか、そうではないのかということについての継続的専門的な評価方法を確立していく必要があると感じています。
新領域デザイン部門では、アイデアがいいよという傾向が強くなれば、そこだけに注目が集まりかねません。だから、Gマークはそこだけではないということをアピールしていくことは、今回の場合、特に重要なことではないかと思います。
中西: 中西さんここ数年を振り返ってみますと、たしかに新しいものに飛びつく傾向はありますね。ただ、私の審査委員長としての方針でもありましたが、一番のポイントは、造形至上主義のようなところで専門家としてはすばらしいというものではなく、人間(使用者や社会)との関係性に新しい世界をつくり出す可能性のあるものにデザイン的な評価をしていこうという方針をもっております。それが産業になり、ビジネスに繋がっていく。そういう点でいいますと、ブリヂストンサイクルのトランジットも、大賞を受賞したあといろいろバリエーションが生まれてきましたし、AIBOもいまのようなかたちで発展展開している。 今回のA-POCがどうなるのかという問題はたしかにありますが、ぎりぎりのところで、可能性を見ながら、あるいはそういう刺激を与えることによって、受賞商品や事業をよくしていくというところを狙っていることはたしかです。
河野: そういう意味では、Gマークを取ったら当然売れる商品になっているんだよということは、私ももう一回証明したいと思っています。
中西: 時代の潮流として、スポーツがどんどん生活化してくるでしょうから、いろいろなチャンスがある。いままでは家電や自動車がデザイン界の花形みたいなところがありましたが、これからはスポーツのデザインがいろいろな場で注目されていくようになるでしょう。Gマークでも、ぜひまた上を狙ってチャレンジしてほしいと思います。 本日はどうもありがとうございました。
(2000年11月21日 大阪市住之江区のミズノ株式会社 会議室にて収録)
  ●岡田 正伸
ミズノ(株)
アスレティック事業部
スイム企画生産室 スイム企画課 マネジャー

●河野 登
ミズノ(株)
商品開発部 デザイン室 次長

●中西 元男
PAOS代表、2000年度グッドデザイン賞審査委員長

  ミズノ(株)のHP:
http://www.mizuno.co.jp/

2000年度グッドデザイン金賞紹介ページ:
http://www.g-mark.org/library/2000/gold/personal.html

GOOD DESIGN FINDER によるファーストスキンの検索結果:
https://www.g-mark.org/search/Detail?id=53

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