中西元男 対談バックナンバー

 
 

第4回(2000.5.31)


Before
中西: 中川さんがおっしゃった、今までのデザインは答えを出し過ぎたのではないかという話はおもしろいと思います。なぜ答えを出しすぎたかというと、専門化してディテールへ入っていってしまうからです。そこからやりすぎるという問題も出ており、企業側もやり過ぎるところで金を取ろうという発想があるものだから、ドーンと大きな空間をくれればいいものを、付加価値をつけようといろいろなものをつくり込みすぎてしまうようなところがある。しかし今までは経済原理からだけだったから、それをやめろとは言えなかった。そのほうが商売になりますからね。そこにユニバーサルデザインという価値尺度が出てくることによって、それはおかしいとはっきり言える理論ができそうだというのは非常にすばらしいことだと思います。

梶本さんがおっしゃったユーデコは、言葉からいっても日本的です。何でも短くすることでシンボリックにして、あるレトリックでもって引っ張っていく。これは方法論としてわかりやすく、記号発信力を持ちますから非常におもしろい。同時に、それぞれをバラバラにやっていくというより、ユニバーサルデザインそのものには、ある種の人間とのインタラクションの問題も入ってくるしエコロジーデザインの問題も無視できませんから、これらを総合的に見直す一つの軸として、ユニバーサルデザインが大きなきっかけになりつつあるのかなと思うんです。

アメリカでは不況になればなるほど、企業は社外にデザインに出す。日本の場合は、不況になればなるほど内作化する。しかし、いつまでたっても問題解決の方向が見えてこない現状では、そんなことは言っていられなくなって、アウトソーシングの環境はだいぶ変わりつつあるんじゃないかと思う。だから企業内ではなく、外部でユニバーサルデザインという主義主張をきちんと理論構築して分野横断的に働きかけていくことによって、従来の習慣、考え方、体制を建設的に破壊していくといったことができそうになってきていると思うんです。

中川: 日本ではデザイナーはほとんど自己評価することなく仕事を終えてしまって、お金が振り込まれたら終わりなんです。アメリカでは、売れないとか、クライアントの目的を達成できないとクビがとびます。そのへんはやっぱり厳しい契約社会です。しかし日本も、いくら勝海舟が魂は開けじといっていたとしても、開けざるをえない状況が来ている。いままでは体開いて魂開けずと、ずっと心の鎖国は続いた。でも今度こそ出していかなければいけない。

その際にいくつかの問題がある。デザインのお話なのであえて触れさせていただくと、日本のデザイナーや建築家はパテントに関してあまりにも鈍感すぎます。これからはユニバーサルデザインということを、特許庁も一つの概念として早めに入れないといけない。これを目標としたいい考え、グッドデザインが出てきています。ところが審査する側がユニバーサルデザインがわからなければ、パテントとして取り上げられません。これは問題です。

もう一つは、アメリカには契約の問題も含めて守秘義務があります。いままで日本では、やったものを公開するということだけが問題でした。しかしこれから国際社会に出ていくならば、非公開で自分の仕事を自己評価することも十分やらなければならないのではないか。それからアグリーメントというか、コントラクトの仕方も、どういうタイプがあるのか。あるいはいまや建築家も設計すればライアビリティが問われるから保険に入るという時代になりました。どこかで雨漏りしたら、施工会社の責任にすればよかったんですが、これからはそうはいかないでしょう。

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中西: やはりもう一度、理念やデザイン哲学から組み直さざるをえない状況に来ているというのが、よくわかります。マチュア(成熟)というキーワードを出されましたが、日本の工業化社会でデザインが注目されたのは、ものに情報敵付加価値を与えるという意味合いが大部分であって、そのときはそれでデザインというものが先端的にとらえられていました。これはバブルとともに消えたと思いますが、いまや時代は日本の社会や市民をどう成熟化していくかにあって、どうすればデザインが世の中の主導的役割や立場を持てるのかという分岐点に今立たされていると思うんです。成熟化社会型のデザインとは何なのか、あるいはそこでデザイン関係者が果たす役割が何なのかが問われている。そういう意味合いでユニバーサルデザインの責任も大きいし、またそれだけ可能性に満ちているという状況だろうと思います。

ただ、ここで一つ注意しなければいけないのは、アメリカと日本の違いです。どうしても日本の場合は、もので解決するとか、形いじりに走ってしまって、それがユニバーサルデザインであると誤解されてしまう。恐いのはそこだろうと思うんです。それこそシルバーシートのように、老人用とか、マイノリティ用のシートをつくればそれで解決したとか、車椅子で入れるトイレをつくれば、それで解決してしまったような気分になる。むしろ心のユニバーサルデザインも一緒にうまくやっていかないといけない。

アメリカの場合は、公民権法というか、マイノリティという考え方があって、それはやはりキリスト教というバックボーンがあったからです。メイフラワー・コンパクト(盟約)という前提があって、これから新大陸へ行って、そのうちお金持ちになる人もいるだろうし、貧乏する人もいるだろう。でも金持ちになった人はそれは神が与え給うた才能なんだから、そのうちの1割はちゃんとみんなに還元しなさいというものです。こういうバックボーンがあったからこそ、文化、教育やマイノリティに対して税引き前利益の10%を還元すれば、その税金は控除という法律がレーガン政権のときにできたわけです。
あるいはもので解決できない部分を、人間がフォローしているところがあると思うんです。車椅子の人にとって段差はもちろんないほうがいいけれども、あったときには人が寄ってきて持ち上げてあげる。そこをいまの日本のようにモノでばかり解決しようとすると、文化や愛がなくて少々恐いなと思います。この辺りはどうお考えなのか、お二人の意見を聞いておきたいと思います。

梶本: 確かにおっしゃるように、ユニバーサルデザインの考え方で道路を用意すればいいというのは、抽象的すぎて分かりづらいと思う。今までのまちづくりではユーザーニーズと言ってきましたが、どうもデマンズなのではないか。要望がどんなにあるのかということに切り替えたほうがいいのではないか。そして苦情を宝物にしよう。苦情が出なくなったら解決されたということだから、苦情は宝物にする。そういったことから、もう一回組み換えていこうということをやっているケースが愛知県にあります

梶本氏ユニバーサルデザインはアメリカから来たものですから、はっきり言って、そんなに簡単に理解できるものではありません。それに都市づくりとなると、相当なお金を動かさなければいけない。そうすると次に見学会となります。そこで、たとえばわれわれが取り上げてきた駅とか道路を見ます。そうすると何だか知らないけど、目立ちすぎる。車椅子のマーク、これ見よがしの駅のスロープ、昇降機屋さんが儲かるようなエスカレーターなど、とにかく「やった」という印象がないと、どうもいけないみたいです。

湯谷の駅に取り組んだ際には、全部は見えないという答えにしたんです。ユニバーサルデザインなんてそんなにカッコよく見えなくてもいい。中川さんがおっしゃったように、バリアフリーこそデマンズだったわけです。だからこれを生かしていけばいい。

もう一つ、デザインの理論としてのユニバーサルという問題は、考え方に名前がついただけで、意識としてはもともとあったわけです。また文化論に置き換えたとしても、ユニバーサルなデザインはデザインに根本的に要求される要素ですから、使いにくいデザインがいいデザインということは、そもそもない。だからユニバーサルデザインの実践に取り組むために、ガイドラインのようなものとか、地道で基礎的な研究をわれわれは出していかなければいけないのではないか。

教育という問題を取りあげてみても、高齢社会は目前ですから大学でユニバーサルデザインを理解できるデザイナーを早急に養成しなければいけない。それに対して生涯教育もあれば、幼児教育もあるわけですから、教育を大きく捉えて、いますぐにやらなければいけないこともあるし、忘れてきたもの、置いてきたものを思い起こしたり、引っぱり出してこなければいけないこともある。われわれものをつくる人間は聖域にいるわけではありませんから、われわれにはいったい何ができるのかなと感じています。
ないもの探しはやめて、あるもの探しでいかないと間に合わないのではないかという危機感を感じますね。グローバル化、情報化、高齢化とが一気に押し寄せてくるわけです。企業はどうかといえば、採算がとれなければ活動はできない。そういう現実問題と切り離して、デザインとか、ユニバーサルとか言っていていいのかという気がしないでもないですね。だから日本的なるものをもう一度しっかりとつくりあげるときかなという気がしますね。

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中西: 日本型経営は基本的には集団主義型の経営で、そこから生み出された効率的経営が先導して日本の企業を大きくしてきましたから、どうしても忘れてきたものがあります。たとえば知的・文化的経営とか、知的・美的経営といったところが何となく置いてきぼりになってしまったために、成熟といった観点ではどうしようもないという問題がずいぶん出てきています。先程から申し上げている心のユニバーサルデザインの問題については、日本の場合アメリカにおけるキリスト教のような存在がなく、企業そのものが宗教の代わりもしていたという部分がありました。そういう意味では、魂の救いとか、今の若い人の間で起こっている、人のことが考えられない、親もそれが教育できないというような様々な問題が表面化してきている。ユニバーサルデザインに関しても、こうした問題をどう解決していくのかといったもう一つ大きな課題を引っ張っているのではないかと思いますが、中川さんは、この辺はどうお考えでしょうか。
中川: 中川氏によるユニバーサル・ペン「ミニ・バーディ」 ユニバーサルというのはユニ(個、一つの)とバーサス(目指すもの、向きを変える)というラテン語が語源になっていてます。つまり社会というものは個を目指すものであるということです。
個を目指す意思が社会を形成しつつ、その社会が個を照らす。私が自分にいつも突きつけているテーマとして、社会が自分という個を照らしたときにできる闇を照らす一つの窓として、私は社会的にデザインをやってきているということなんです。私も今はハート展などのボランティアの仕事に協力するようになりましたが、かつて障害者のことは向こう岸でした。ところが今は障害者にだって悪事をする人もいるよねと言えるところまで、相互理解し近づくことができている気がします。やはり心の接近ということは非常に重要だと思います。
私はとにかく、企業は今まで非常に傲慢だったと思っています。企業は自分が答えを出す側だと思っていたのです。これは大きな間違いです。企業は心からユーザーに接近する意見を持って仕事をしているのだろうかという問題は、日本でも問い直さなければいけない。
もう一つ、政治もそうですが、ユーザー側もソーシャルテクノロジーとしてそういうものを組み立てていかなければならない。ユーザーとしての賢さ、心の豊かさが非常に重要だと思いますが、そのユーザーとしての賢さを日本は今まであまりに意識することができなかったのではないか。私は社会参加というのは暮らしとしての個がベースとなっているべきであると思っていて、その方向性を日本は大きく間違ってきてしまった。そういう点から見ると、僕はいいチャンスだと思う。現にロナルド・メイス氏もアウェアネス、つまり社会の中で個人の意識が進化できる良いチャンスだと言っています。

教育の問題について私がいちばん恐いのは、逆に教育している学校の先生たちなんです。ユニバーサルデザインというのは教えるのにとても都合がいいテーマでしょう。みんなにやさしいということだから。教育としては最高のテーマなんです。でも間違ってもらいたくない。本当は学校の先生が、他から導入するのではなく自分たちがテーマとして見つけるべきなのではないでしょうか。

私が言いたいのは、心の問題は社会に生きる1人1人の問題であるけれども、意識については社会の中にお互いに相互啓発できるような環境をつくりたいということなんです。繰り返しになりますが、ユニバーサルデザインの一つのリサーチとエデュケーションが統合的にできるものを、公的な性格の組織が中心となって国にも是非働きかけていっていただきたい。私たちがUDFの中で経験したことは、いくらでも供与していきますから。是非この機会に世界に日本のデザインカルチャーここにありというような意識を創っていきたいですよね。

中西: 確かに日本中が、企業が答えを出すものと思っていたんです。ところが企業は行政が答を出すと思っていた。ユニバーサルデザインだってすごく恐いところで、すべてが上から下へという発想で物事が動いていくような印象がどこかにある。

また、社会という言葉がずいぶん出てきたけれども、日本人の場合、自分も社会の中にいるのに、何となく個人とは別のところに社会があるという意識があって、社会が悪い、社会がどうこうとかいう話になる。もう一度意識を変えるという時期に遭遇していると思います。

高齢化すれば皆、何らかの形で心身的にどこかの部分でマイノリティになっていくわけで、そこで気がつくわけですが、そこを予防医学的に処置していくということが非常に重要です。政治学者の京極純一先生が言われている、「真の民主主義は自主・自立・自前・自力で何でもやることだ」というのはすごくいい言葉だと思います。そういう点で言うと、われわれはデザインという一つの旗印であり、方法論であるものを持っているわけだから、それを生かしながら世の中に対する提案やアプローチができればと思っています。そういう意味では、ユニバーサルデザインはディテールではなく全体だし、価値体系をつくり直すという意味合いそのものかもしれません。これは意識が変わるチャンスということです、いい時代にしていきたいですね。
今日はどうもありがとうございました。

  ●梶本 久夫
株式会社ジィー・バイ・ケイ代表取締役社長
1943年愛媛県生まれ 1966年武蔵野美術大学卒業
季刊『Universal deign』編集長
ユニバーサルデザイン・コンソーシアム(UDC)代表>

●中川 聰
トライポッド・デザイン株式会社代表
1953年生まれ 茨城県出身 千葉大学大学院美術研究科修了
ユニバーサル・デザイン・フォーラム副理事長

●中西 元男
PAOS代表、2000年度グッドデザイン賞審査委員長

  トライポッド・デザインのHP
http://www.tripoddesign.com/

ユニバーサル・デザイン・フォーラムのHP
http://www.universal-design.gr.jp/

静岡県企画部ユニバーサルデザイン室のHP
http://www.pref.shizuoka.jp/kikaku/ki-10/

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