喜多俊之 対談バックナンバー

 
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桐山:

喜多さんがシャープのAQUOSをミラノのトリエンナーレのエキシビションで発表されたのはいつですか。

喜多:

2000年ですね。

桐山:

たぶんそのころから状況が変わってきたのだと思います。20世紀のバウハウス以降の大量生産をベースとした産業システムは、高密度なものづくりをしていこうという考えとなり先進各国に伝播していきました。しかし、ここにきて20世紀の延長では21世紀はありえないのではないかという風潮がでてきました。同時に21世紀への期待感も出てきた。そのときに喜多さんがトリエンナーレで発表された茶室とAQUOSの組み合わせは、国が持つ固有の文化とそこにおける進化が同時に並んだという意味において、非常におもしろい出来事でした。
あのあたりから、日本という国の特異性、西洋にいてはわかりえない、何かがあるぞということが、彼らの共通の関心事になったのではないでしょうか。もちろん背景は寿司ブームや健康ブームなど食に端を発していることも事実だと思います。そんなことで、ここ4、5年は非常に注目を浴びていると感じています。

喜多:

あの時は「快適な暮らし」というタイトルの展示でした。ブースを出すにあたって、私は自分たちのアイデンティティをしっかり表現しないといけないと考えて、日本文化を意識的に取り入れました。映像で緋鯉を動かし、漆の液晶テレビをやはり漆塗りの二畳の結界に置き、壁面は和紙照明TAKOを使った演出をしました。まさに日本だけれども、地球規模で日本をどう評価するのか。個人的にはそうしたテーマを設定しました。
今年4月のサローネ・デル・モービレ(ミラノ国際家具見本市)は、ずいぶん日本が目立った年でしたね。

桐山:

東京デザイナーズウィークが日本を出て、これだけまとまったカタチでミラノへ行くということは、過去になかったことです。またサテリテで出展した何社かのインハウスデザイナーのように、そうした場に出ていこうという機運が高まってきたことを評価しています。私はトヨタ自動車のレクサスのブランドコンセプトの展示発表に関わりましたが、トヨタもミラノサローネに出展する。皆さん、国際的な評価の場でプレゼンテーションをしてみたいという欲求が高まってきたことは、評価したいと思います。

喜多:

東京デザイナーズウィークは、もう20年近く前に東京の家具ショップが始めた東京デザイナーズサタデーが始まりです。それから比べれば暮らしのデザインは範囲が広くなりました。自動車も快適空間、居心地という意味では、家具などと全く変わらない。今回はトヨタや日産が出ましたが、日本の自動車メーカーがそうしたところにいち早く参入していったのも興味深いですね。
東京デザイナーズウィーク・イン・ミラノは、日本のインハウスデザイナーたちが世界を見たり、感じたり、あるいは自分たちを表現する場を設けたらどうだろうということで、20数社が急きょ出向いて行ったような感じです。企業からのデザイナーも数多く参加していました。結果的にはなかなか評判がよくて、各社がそれぞれの注目を浴びましたね。

桐山:

ミラノサローネというと家具関係者、世界のジャーナリスト、デザイナーが集う、どちらかといえば家具業界の商談の場であったのですが、日本の企業がこれだけ大挙して参加することによって、家電、AV、車というわれわれの生活の分野にまで領域が広がったと思います。今回、日本の企業がサローネという場の器を広げたことは非常に意味がありました。

喜多:

サローネ・デル・モービレは今年で40数年目になりますが、今でもこのサローネの期間中にミラノを訪れるメディアやバイヤーはほとんどがインテリア産業の関係者です。私は1969年に最初に参加して、それ以来30数年になりますが、この見本市のエネルギーは何も変わっていないんです。生活へのこだわりの現れとも受け取れます。最近では、家具産業以外も含めて、日本の企業、あるいは北欧、フランスの企業などが出ていくことによって、ミラノが世界のデザインの発信基地化していますね。

桐山:

僕は最近の日本の若い人たち、特にフリーランスデザイナーがサテリテに行ってプレゼンテーションをするのはいいことだと思って評価しています。ただこれだけ家具デザインをしている人がたくさんいる中で、日本から家具だけを持っていってどうなんだと、辛口の指摘をしてきました。ミラノというデザインの本場で日本から何を提案するか、できるかはとても重要なことなのです。
日本はこれだけ高い技術力を持っていて、ミラノの人たちも日本のコンピュータやカメラには興味がある。僕は新しいものが大好きなので、必ず何かを持参していく。そうすると見せろ、見せろとうるさいです。でも、これまでのサローネでは、自分たちが得意とするものがサローネになかなか出ていかない、そんな歯がゆい思いをしていました。

喜多:

サテリテは家具見本市が主催していますから、いまやサローネ・デル・モービレに行くと同時に、サテリテを見にいく人が多いんです。企業経営者も、今年はどんなアイデアが出ているのだろうとまずはあそこに足を運ぶ。そのように大きな組織になってきました。今年は特に日本人が多かったですね。デザインというとイタリアが進んでいるように見えますが、次世代のクリエイターは大きなエネルギーを持っていて、特に若い人たちが走り始めています。ですから、いい意味でその受け皿になってきているのではないかと思いました。
あと、イタリアはメディアの力がすごいんです。見本市以外で、フォーリサローネ(ミラノ市内での展示)のイニシアチブを取っているのはほとんどイタリアのメディアです。そのメディアがインターナショナルに変身したこともあって、いまやミラノがデザインという総合的な力が発揮される場となった感があります。

桐山:

ミラノという場所で、プロやジャーナリスト、さまざまな人から評価を受けられる意義は大きいですね。

喜多:

今年のミラノではトヨタも大規模な出展で話題になりましたが、桐山さんはそれに関わられていかがでしたか。

桐山:

トヨタのような会社がミラノサローネに出るということは、まず社内でのオーソライズが重要です。1年前ぐらい前から話が始まって、準備をしていきました。ミラノサローネとは何なのかというところから始まって、そこで発表することの意味、発表するとしたらいったいどんな発表をするのか。車の本場に行って車を並べて、性能は、デザインはというわかりやすい話ではなく、どういうテーマで何を発表するのか、どんな手法で行うのかという検討にかなりの時間を要しました。結果的には、調査会社が出口アンケートを実施した結果、8割方は新鮮に受け取られたようです。今回はレクサスのブランドコンセプトの表現の場でありましたから、トヨタ社内では非常に効果的であったと高い評価をいただいているようです。

喜多:

日本車が自動車のマーケットを動かすぐらいまでになりましたから、その中では私たちが思う以上に日本の役割が大きくなっています。そこで日本の企業は、アイデンティティの問題で悩んでいらっしゃるのではないかとも思います。グローバルで先導しなければいけない立場になった日本の企業は、他にもいろいろな分野であります。そうした業界が、これからどういう力を発揮していくか。それは日本がどう評価されるか、次の世代は何をしたらいいかという一つの方向性を示すことにもなります。
イタリアのデザイン雑誌の「MODO」が、今年のミラノサローネの号でグッドデザイン賞の特集をまとめてくれました。イタリアでグッドデザイン賞の意見を聞いたら、皆さんあまり知らなかったのですが、非常に興味を持っていました。こうして日本のグッドデザインが世界の目に触れていき、日本の企業がドメスティックなマーケットだけではなく、世界の人たちに毎回プレゼンテーションされていく。そうしたインフラをつくっていく役割を海外のメディアは担ってくれそうです。日本の大企業だけでなく中小企業にとっても、デザインは国境を超えて存在するというのが当たり前になってきました。世界の国々から日本のGマークに注目してもらえるというのは、応募する企業にとって励みになりますからいいことだと思っています。

桐山:

Gマークというブランドの対外的なアピールは、いままで少なかったというより、ほとんどなかったと思います。ニューヨークのMOSやパリのコレットに行けば、Gマーク製品が普通に展示されています。目利きといわれる人たちは、ファッションと同列に並べたり、かつての名作デザインと一緒にコーディネーションしたり表現が多彩、かっこよい。MoMAのデザインキュレーターのパオラ・アントネリを始めよく日本を知っている人が多いです。

喜多:

パリのポンピドゥーセンターのデザイン部長も日本によく来ています。そうした人たちの多くは日本の理解者なのですが、日本にはグローバルに発信する人たちが少ない。日本の中では熱心に取り組まれていても、海外に出ると急に姿が見えにくくなってしまう。その面では彼らが頼りになります。ただ、そういうこととは関係なく、日本のデザインは必然的にますます注目されることになると思います。知的資源が日本のこれからの柱になろうとしている中で、世界における日本デザインの台頭の兆しはおもしろそうですね。

桐山:

最近では日本でも徐々に増えていますが、経営者の中にもデザイナー出身の方が必要です。日本の企業が尊敬され、製品が評価されるには美的センスのわかる人がいなくてはいけない。もっともっと企業内にデザイナー出身の経営者が増えてくることを願っています。

喜多:

韓国のサムスン電子の専務はデザイナーで、サムスン電子のデザインは最近海外では特に評価されています。

桐山:

サムスンは今度ミラノにデザインセンターをつくりますね。

喜多:

そういえば、今年のミラノサローネには、サムスンから20人ぐらい来ていました。日本もデザイナーがデザインを動かすという時代から、経営者や技術者がデザインを生かして動かすようにならないと本物ではないんです。イタリアの場合は、デザインを動かしているのはデザイナーだけではなく、経営者やディレクターです。そうした部分はよく見ておかないといけないですね。

桐山:

私もアレッシーやスウォッチとしばらく一緒に仕事をしたことがあるので、経営者がいかにデザインを動かしているか知っています。

喜多:

一方で、イタリアもそうした時代から次の時代に入ろうとしていて、いまはそうした経営者が少なくなってきたのも現実です。ミラノは依然としてデザインの発信基地だけれども、かつてのようなデザインを生み出す時代からは少し遠ざかりつつあるのかなと思います。
そうした中で、イタリアの企業の中に、フランスやイギリスのデザイナーが進出してきています。日本のデザイナーも入ってきています。さらにアジアでは、韓国やタイなどの優秀なデザイナーがいます。デザインについては、国境がなくなりつつあります。
これからデザインは、ディレクターの役割が大きくなろうとしていますが、日本では特に彼らの力が必要な時代になっています。その意味では、次の世代には、単にものづくりだけではなく、ディレクションができる、総合的なマネージメントができる人たちが生まれるといいですね。

桐山:

グッチ再生を手がけたトム・フォードのように、ディレクターの腕次第でずいぶん変わるということは、ファッション業界では証明済みです。これがプロダクトやIDにも及ぶようになれば、組織はもっと活性化されるだろうし、おもしろくなるのではないかと思います。ただし日本の企業やデザイナーが考えなければいけないのは、日本のDNAみたいなものですね。もう一度、日本の文化やさまざまな環境の中で培っているものをどう料理し表現するかということをマクロで考えなければいけないと思います。

喜多:

あまり日本、日本と言いすぎても説得力のないことになるので、国際的な視野で、いま自分たちがどこにいるのかということはわかっていないといけない。一生懸命やっているけれども、居場所がわからないというのは困るので、大地にしっかり足を着けて、それを意識しておく必要はあります。最近外国の人は表面的ではなくもっと本質的なところで、「自分たちにはないけれども、日本にはあるんだ」という目で日本を見てくれている場合が多いので、そうした期待にも応えていかなければいけない。その意味では、私たちはまだまだ彼らのことを知る必要があります。彼らのことを知らないと自分たちもわかりません。
彼らはいい暮らしぶりをしています。それは何もお金を使ったいい暮らしぶりではなく、大変思慮深い暮らしぶりです。ここに日本の次のテーマがあると思います。日本はこれまでとにかく忙しくやってきましたが、きちんと自分たちの文化や暮らしを見つめ直したりすることは、すべてのベースですから、特に大切でしょうね。

桐山:

海外からデザイナーが来たとき、どこに行きたいのか、あるいは行ったのかと聞くと、最近は京都だけでなく直島などが出てきます。かなり時間をかけて日本のコンテンポラリーアートや建築を見て回っている。われわれが行ったことのないところまで足を運んでいることにびっくりします。

喜多:

もう亡くなられましたが、イタリアの建築家のカルロ・スカルパは奈良の当麻寺にずっと来ていました。ブルーノ・ムナーニはよく地方都市に行っていて、時代の流行だけではなく、日本の本質的なことを私たち以上に知っていました。最近では京都が歴史的な街並みをずいぶん失いましたが、海外の専門家は私たち以上にそのことに心を痛めています。それがなぜなのかということは、私たちは知っておく必要があります。そうした本質的なことを抜きでは、日本の未来を築いていくのは難しいのではないでしょうか。

桐山:

トップギアに入れたスピードをもう少し落として、ゆっくり身辺を見ることも大切ですね。世界でもこれだけデザイナーが多くいる国は日本のほかにはありません。この人たちが現実や未来を含めてじっくりと考察するようになると、もっといいデザインになるはずです。

喜多:

数は多いのですが、質の問題が問われようとしています。特にオリジナリティですね。ですから、デザイン教育のあり方、またデザイナーの多くが仕事をする舞台になっている企業内デザインのあり方、またフリーランスデザイナーと企業との関係もまだまだ定まっているとは言えないので、それらを整えていくのが日本のデザインの焦点になっていくのではないかと考えています。

桐山:

先ほど、いまや日本のデザインはイタリアよりもよほど元気だという話がありました。イタリアに限らず、外から日本のデザインが注目されるというときに、彼らにとっては、日本のテクノロジーにはすごい力があるわけです。昔、軽薄短小という言葉がありましたが、そういうことが実践できる国は日本をおいてない。日本は新しいものを生み出す力があります。ただ、そのプロセスの初期の段階からデザイナーが介在していればいいけれども、デザイナーは途中から参画するケースでした。そうしたシステムゆえデザイン的な魅力においては後退していたのかもしれません。しかし、いまは企業内のデザイナーが変わり始めていて、これから何かをやってくれるのではないかという期待度はあります。

喜多:

たとえば松下電器がパナソニックデザイン社をつくったように、いま日本の大きな企業ではデザイン専門の組織をつくることを始めています。そういった意味でも、インハウスデザインの体制がまた新しく駆け出し始めたという見方ができると思います。ただ最終的には、世界に通用するハイテクノロジーとハイセンスをどれだけ持ちうるか、ということが問われます。パワーだけではやっていけません。最終的に、すてきな魅力あるものへと着地していかないといけない。それが世界に向けて日本のデザインに問われるテーマでしょう。

桐山:

その意味では、グッドデザインというのはごく当たり前の定義ですね。

喜多:

日本には、グッドデザイン賞もそうですが、デザインに対するきわめて長い歴史がありますから、この歴史を土台にして次の時代に向けて発信させるということでしょうか。やはりこれは国家的なプロジェクトと言えるのだと思います。

桐山:

日本のデザインの環境は多くのギアがかみ合って一つのものをつくりだしていく構造だから、このシステムを柔軟に操らないといけない。たとえばイタリアならば、それぞれがモーターです。モーターがいっぱい集まっている環境とギアがいっぱいある中で一つのものが動いているのとではやはり違うんですね。ギアがたくさんあったほうがトルクは出ますけれど。

喜多:

それは平面的に解釈できることではなく、3次元的で有機的なテーマなんですね。海外から捉える日本というのは依然として表面的で、まだまだ本質には入ってきていません。大企業も中小企業も、世界に通用する本物のデザインをめざしていく。いま日本はそのためのスタンバイができつつありますから、これからが楽しみだと思います。

今日はどうもありがとうございました。

(2005年5月17日 東京・浜松町のJIDPO会議室にて収録)

●桐山 登士樹
株式会社TRUNK 代表取締役
デザインディレクター

●喜多 俊之
株式会社アイ・ディ・ケイ・デザイン研究所 代表取締役
2005年度グッドデザイン賞審査委員長

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