喜多俊之 対談バックナンバー

 
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森山:

大賞が投票形式となって以来、建築・環境、商品に次いで、今回はコミュニケーションと、投票者のバランス感覚が働いたようにも思うのですが、表彰式の会場に集まったグッドデザイン賞の受賞者が、このNHKの教育番組に投票して、結果的になぜこれが1位になったとお考えですか。

左合:

ひとつには、多くがモノをつくっていらっしゃる方たちなので、ここに何か「新しいGマークの時代的な切り口があるのでは」ということを、感じ取られたのではないかと思います。保守的に考えれば、やはりGマークはモノが対象という意識が根強くありそうなので、そういった意味ではこれらの番組は不利かなと最後まで思っていました。しかし意外に、ご自分たちもモノづくりをされているせいか、新しさというか、こういうこともデザインなのだ、という空気を感じられたのではないでしょうか。

森山:

グッドデザイン賞を受賞して投票する方々には、子どもが小さい人もいるでしょうけど、子どもがすでに育って、通常はこの番組をあまり見ないであろう男性の方々も会場を埋め尽くしていましたね。いまは犯罪が低年齢化するとか、とても信じられないようなことがたくさん起こっています。それに子どもがさらに少なくなっています。そんな状況の中で受賞者の方々が自分の子ども時代を思い浮かべると、この番組が発するようなメッセージというのは、少なくとも私たちの世代が子どもだった時代からは考えられない、という面がある気がします。

今回は大賞候補が6点ありましたが、この番組が投票する方の非常に奥深い、心みたいなところに強いインパクトを与えたのではないかという気がします。デザインということをとりわけ意識しなくても、これがあることそのものへの想いです。次の世代に対する不安もあるし、自分の子ども時代に与えられたメディアに対する「こんなものはなかった」という想いと。

左合:

逆に言えば、「あのときにこれがあれば」ということですね。私もあったらよかったなと思いますもの。

森山:

これらの番組のデザイン的なところに少し立ち入ってみると、私自身はこの番組を見るときは、音楽もそうですが、言語と音の扱いに対し特に注目をします。「にほんごであそぼ」が私により近いので例に出すと、子どもに限らず、それを見た人が日本語をどうやったら楽しめるか。どうやったら理解できるか。さらには、どうやったらそれが身体化できるかという観点で、ものすごくよく編集されていると思います。

たとえば、野村萬斎さんが言ったことを出演者である子どもが繰り返す。宮沢賢治さんの詩が別の方言に置き換わる。ことばのしりとり遊びみたいなものが延々続く。いろいろなコラム的な部分もあります。その編集の仕方は、日本語の可能性さえ引き出すようなものです。ではビジュアル的な部分を含めた左合さんのご意見はどうですか。

左合:

これまでの子ども向けの番組は、どうしても「子ども向けだから」ということで、ビジュアルが少し甘くなっていたように感じます。昔のことを思えばレベルは上がってきてはいますが、やはりどこか子ども向けにかみ砕いていたり、ちょっと角を取るようにしてしまうところが見えました。しかし、これらの番組は第一線で活躍している本格的な出演者とスタッフを充てて、本物をそのまま見せてしまう方向に持っていっているわけです。そのあたりの姿勢が、今回特に評価に値したものでしたね。いくらつくり手の意気込みが「子どもたちによい番組を」であっても、結果としてディテールが甘かったり稚拙だったりするとそうは映らないものを、すみずみまで丁寧に、力を入れて制作してある。そこがよかったです。

森山:

かつての子ども向け番組とはまったく違う考え方だと思えるのは、昔、私たちが小学生だったころ、たいがいは「できる人」が模範を見せて、子どもたちはまだ同じことができないからそれを真似させたり、同じことを繰り返させるという手法だったような気がします。でもこれはものすごく自発性が必要というか、だれも手本を示すのではない。UAさんも手本を示すようなパーソナリティーではないですよ。

左合:

「先生」ではないですからね。

森山:

自分たちでやって、やった結果が自分に返ってきて、さらに広がる。ワークショップ形式ですね。いまは大人、あるいは学生対象でも、ただ講演を聞きましょうという形式のデザイン関連のイベントは減っていて、やはりワークショップのかたちというのがどこでも増えています。つまり、よほどの例外的な人でない限り、本当は自分の体を使ってやってみないことには、何かが開かれたり、何かに気が付いたりしないんだということが、社会の中で装置化されているのではなかろうかという感じがします。

私はこの受賞をきっかけに、自分の子ども時代に、自分はなぜ美術に興味を持ったのかとか、何十年も忘れていたことをたくさん思い出しました。その一つは、10年くらい前にアメリカ在住の日本人の友人のところに行ったときのことです。そのときに驚いたのは、私がそこで見た「セサミストリート」では、「君は君であれ。君は君であることが一番美しい」という言葉を、キャスターがやさしい英語で、番組の中で3回くらい言うのです。私と友人とは同じ世代ですから「私たちはあんなことは決して言ってもらえなかった。小さいときからああいうことを言ってもらっていたら、そのあとの人生もまた変わっていただろうね」と話していました。

左合:

テレビが言ってくれるわけですね。

森山:

私たちの時代でさえメディアの力というのは大きかったわけですから、いまの子どもたちにとって、メディアのデザインが適切である、あるいは非常にレベルが高いというテーマは、それこそ子どもたちの未来を決定してしまうとも言えるのではないでしょうか。

また、「義務教育にもっとデザインを」ということも、これらの番組がグランプリになったことの隠されたメッセージであったような気がしています。私がかつて編集をしていたデザイン誌でも、デザイン団体8団体にアンケートを取って、「デザイン教育というのはいつから始めるのが理想ですか」「どの科目として取り組むのが理想ですか」という質問をすると、圧倒的に1位は「義務教育の時代から、独立したデザインという科目でやってほしい」という回答でした。

左合:

実際に私自身は、小学校からのデザイン教育が必要だという意見を以前から持っていました。私は日本グラフィックデザイナー協会(JAGDA)の教育委員会にいたのですが、その中で検討していたプロジェクトが、「どこかの小学校に行って自分たちが授業をする」ということでした。

結局、その小学校の選定や、行政とのリンクなどの課題が解決されないまま、実現には至りませんでした。しかし検討をしていたときに例として出されたのは「福岡デザインリーグ」というもので、福岡のどこかの小学校では授業の中にそういう時間がはっきりと組まれているらしいんです。

森山:

外からデザイナーのキャラバン隊みたいなものが来るのですか。

左合:

授業の時間割の中に地元の建築家の先生が担当する時間とか、デザイナーの先生が受け持つ時間、カメラマンの先生の教室などが入っているらしいのです。ですから、全国でそういうことをやれればいいのではとずっと思っていたこともベースにあったので、こういった番組をグッドデザイン賞のグランプリに推すというのは、私としてはあまりにも当然のことなのです。いま森山さんがおっしゃったように、ほかの皆さんの考えの中にも、どこかでそういうデザイン教育が必要なのではないかという想いがあったのかもしれません。

森山:

そうですね。専門家教育ではなく、生きていく上で必須な能力の一つを養うといった気持ちで、そういう意識があったのかもしれません。

左合:

私が推薦文で言わんとした「デザインで社会のベースをつくったり、デザインの視点で決裁ができる人を育てるような」ということも、あながちマイナーな意見ではなく、比較的認められる意見ということでしょうか。でも、NHKの方がそういったことを目標にしたということではなく、きっかけはもう少し純度の高いところから発生していて、純粋に「子どもに本物を与えたい」という意図だったとは思いますが。

森山:

NHKはデザインのために番組をつくっているわけではなくて、デザインはやりたいことの一つの要素ですから。デザインが目的ではないけれども、デザインに関わる人にとっては、そういう希望を感じさせるものだと思います。それがいくつもの力作がある中からこれがグランプリに選ばれたという事実の、今日的な意味というか、メッセージのように思いますね。

左合:

非常に今日的なものが選ばれたと思います。昨年のプリウスなどはエコロジーということで、それも今日的な要素を持っていますけど、今回は教育ということで、しかも子どものクリエイティブ教育という意味ですから。

森山:

左合さんがおっしゃった今日的ということは、いわゆる「触れて、動いて、直接機能が見えて」というものではなく、デザインしたものが発する、もう少し近未来に対する影響度の大きさみたいなものが支持に結びついたとしか思えないような感じですね。

左合:

デザインしたものというと、この両番組はそれ自体も映像としてデザインされていますが、デザインしていることが教育自体でもある。教育というコミュニケーションをデザインしているんですね。

いま、デザインは、パーソナルデザインとかライフデザインという言葉も生まれているくらい、捉え方が非常に幅広くなってきています。ですからもはや意匠だけの問題ではなく、「どういう関係をつくるか」とか「何を伝えるか」を、よりよいかたちにしていくことも問われます。そのときに「子どもにこういうものを伝えたい」という気持ちを持っていても、気持ちだけでは何にもならない。それをこういうすばらしいかたちにまで高めていくという、その過程がすべてデザインなのだと思います。

(2004年12月3日 世田谷ものづくり学校にて収録)

●左合ひとみ
グラフィックデザイナー/左合ひとみデザイン室 代表取締役
2004年度グッドデザイン賞 コミュニケーションデザイン部門ユニット長

●森山明子
武蔵野美術大学 教授
2004年度グッドデザイン賞 審査副委員長


なお、本対談の全編は新年1 月下旬発売の「グッドデザインアワード・イヤーブック2004-2005」に収録の予定です。

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