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| 片上: |
Electrolux社が日本市場に対して最も自信を持っていたのがクリーナーでした、Electrolux by TOSHIBAのラインナップの中にも数機種ありますが、やはり大きめのものが多い。というのは、欧州の住宅は広いということもありますが、靴の生活が基本ですからクリーナーはカーペットの土を吸わなければいけない。だから、まず第一に吸引力が求められます。結果、大きく、音がうるさいというものになってしまいます。ただ、それをそのまま日本に持ってきても、日本はフローリングが主流で、ごみも綿ごみ系が中心ですからマッチしません。これが小型、軽量、コードレスで持ち運びができるというエスカルゴの企画に結びつきます。担当のデザイナーは、「そのまま部屋に出しておけて、気軽に楽しく掃除ができるデザイン」というコンセプトから、軽量で肩にかけても使える形と、単なる色がえではなく、質感やディテールの異なる4タイプのバリエーションを生み出しました。
これは海外でも評価され、ドイツのiFデザイン賞や、レッドドット賞のベスト・オブ・ザ・ベスト賞も受賞することができました。 |
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| 川崎: |
グッドデザイン金賞を受賞した反響や反応はいかがですか。 |
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| 片上: |
賞を頂いてもそれを知って頂かないことには意味がないと思っておりますので、パンフレットをつくったりして、社内外を話題作りに奔走しております。担当役員の副社長からもちゃんと広報をやりなさいと言う指示が出ますので、広告、広報部門の協力を得て新聞広告に出稿すると言ったことがスムーズにできるようになりました。また、営業部門が販売データをチェックしてみたら、ある量販店さんで非常に良く売れているということが分かり、実際に店頭に行って調べてみたら、この商品の特長の四つのバリエーションがきれいに展示されていた。他の営業はどういう努力をしているのかという話になり、金賞を受賞したのだから、しっかり売りなさいという雰囲気が生まれて来る。これはデザインの立場からすると非常にありがたいことだと感謝しています。 |
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| 川崎: |
Gマークを取っても売れないという話があるけれども、審査委員長として言い続けてきたのは、Gマークは世の中に出していいですよという一つのあかしだし、Gマークを取ることで営業マンの人たちも自信を持って「売る」ことができる。Gマークを取ることは、販売促進、セールスプロモーションの大きな力となる。第三者の客観的な評価として、機能、性能から使いやすさ、安全性、外観までが総合的に良い。つまりグッドデザインなんですよということは、受賞者に「売る=普及させる」という姿勢を強力にもっていただかないと、なかなか広がりを持てないと思うんです。 |
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| 片上: |
今はさすがにGマークを取っても売れないと言う人はいなくなりました。むしろ、ずいぶん理解されてきたなという感触があります。2001年、2002年と電磁調理器で連続して金賞を頂いた時も、事業主体の東芝家電機器社の社長のところに報告に伺ったら、非常に喜んでもらえて、ポスターをいろいろなところに配って、Gマークの金賞を取ったのだから、みんな頑張って売ってくれ、ということになりました。 |
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| 川崎: |
グッドデザイン賞の現品審査の会場を一般公開する「グッドデザイン・プレゼンテーション」の会場の一角では、昨年も「デザイン・イニシアティブ」という企画展示のスペースを設けました。そこで東芝さんのデザインセンターは50周年ということをテーマに展示をされていました。社内では、TD50と呼んでいるのでしょうね。僕がいたのは、ちょうどTD20の頃でした。Gマークはあと3年経たないと50年にならないので、Gマークよりも東芝はデザインの歴史をお持ちなわけです。そうして脈々と積み上げてきたものが遺伝子的にあって、それがエクセレントデザインを生み出すなにかに繋がっているのだと思います。 |
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| 片上: |
たしかに、遺伝子的に貴重なものを多く受け継いでいると思います。しかし、それがはっきり見える形になっていて、みんなで共有できているかが重要だと思っています。私が入社したのはTD20以後で、TD30、40と見てきました、昨年4月に私がセンター長になった時に、50周年ということもあって、東芝デザインの50年間のストックはいったい何なのだろうという投げかけをしました。というのも、TD20の時の資料の中に「我々は20年の間、売らんがための不必要なマイナーチェンジをやってきたのではないか…?」と言う一文がありショックを受けました。ひょっとしたらその後の30年間、何も変わらずにいまに至ったのではないかと。私の投げかけは少々ネガティブだったのかもしれませんが、いろいろな議論になりました。我々は、いろいろな領域に業務範囲を拡大してきたけれども、広く延ばしただけで、深くはなっていないのではないか? そうした問題意識から、このところストックについての考え方をずいぶん議論し、まずはきちんとした記録を残していこうということになりました。その当時一人ひとりが最善を尽くしたデザインが、どういう考えでつくられ世の中にどう受け止められたのかを、正確に記録として残し繋げていく、その全体に対する解釈がストックになっていくように思います。 |
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| 川崎: |
今一番心配しているのは、家電産業全体が中国に追い上げられてきています。やがて、私は1万円ショップができるのではないかという不安を持っているんです。量販店に行くのは楽しいですが、量販店が家電商品そのものの扱いをぞんざいにすると、そこには価格しかなくなる。プロダクトデザイナーになって家電商品をやりたいという学生が減ってきている理由のひとつには、量販店のチラシ広告です。デザイナーたちがつくったものが小さな写真で背景に載り、ものすごく大きな文字で19,800円などと出てしまうところにもあるのではないか。一方で、今回のエスカルゴもそうですが、国際戦略商品として、インターナショナル化しているライフスタイルに対して提案をしていっている。僕がいたころは先進国向けといえば、お金持ちを相手にしていたわけですが、いまではすべてを相手にしなくてはならない。そうするとグローバルなスタンダードをインハウスで処理していくことになります。これは非常に難しい問題ではないですか。 |
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| 片上: |
たしかに流通での家電製品の扱い方には問題意識をもっています。デザインは価値創造だと思っていますが、デザイナーが創造した価値をきちんとお客様に伝えられる仕組みになっていない、自分たちが考える価値を、お客様の手に届くまでどう守っていくかも、インハウスデザインの取り組むべき課題だと思っています。また、グローバル化も大きなテーマです。ただ、デジタルプロダクツの分野では、デザインあるいは商品そのものがある程度グローバルスタンダード化していますので、アメリカ向け、欧州向けに特別なデザインをするということは少ない。ですから、東京のデザインセンターを中心に、現地のデザイナーと連携するかたちでデザインをしています。しかし、中国、アジアについてはまだ地域性が強い面がありますので、現地の空気を吸いながら商品を考えるという作業がしばらくは必要だと思います。 |
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| 川崎: |
電磁調理器の担当デザイナーの松本博子さんは、女性の視点を的確に入れて、窯業試験場などと連携しながら、産地のメーカーを東芝のシステムに取り込まれました。僕も日本の伝統工芸には危機感を持っています。が、その活性化に大手メーカーが力を貸すという役割があったと思います。そうした取り組みが非常に高く評価されて2001年度の大賞候補になったわけです。今回のエスカルゴは、ものの良さもさることながら、大賞選出の投票の際の担当デザイナーのプレゼンテーションが印象的でしたね。非常に明るい雰囲気のプレゼンだったのも良かったし、映像が一番おもしろくできあがっていたと思います。逆にトヨタさんのプレゼンテーションは少し硬かったと思いますね。 |
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| 片上: |
手作りの良さが出ていたと思います。トヨタさんにも「大賞を持っていかれるんじゃないかと思った」と言っていただきました(笑)。担当デザイナーに「自分でプレゼンテーションをするみたいだよ」と話したら、「エーッ!」としばらく固まっていたのですが、その内に、同年代のCG担当と二人で何かをはじめて、3週間後に「プレゼンテーションはこれでやりますから」と見せられました。ああいうものを自分たちで、誰の許可も取らないで(笑)、ぱっぱっとつくってしまう。結果的に肩に力の入っていない、非常にスーッとした自然体のものが出来上がった。そこが良かったのだとろうと思います。
東芝のデザインセンター自体に、そういう風土があるのかもしれませんね。デザインマネジメントについて議論することがありますが、余計なことを言わないのもマネジメントなのではないか(笑)。自由気ままではないのですが、楽しそうにやっている。うちの特徴は、人数が少ないのにもかかわらず、いろいろなところに首を突っ込みたがるものですから、自分で自分の首を締めている面はありますが、最後まで自分が面倒をみるという意識があると思います。新しい製品の担当になると、店頭に行っていろいろな意見を聞いてきて、企画案をつくって提案する、決まったら工場の技術者と根気づよくやりとりをして形にしていく。生産地が中国だと工場まで行って金型や外観部品のチェックをする、出来上がったら店頭での販促案を出したりする。何から何まで良くやっていると思います。ですから、彼らは東芝という組織の仕事をしているというよりも、個人事務所的に仕事をしているという意識が強いのかもしれません。東芝のエスカルゴではなく、俺のエスカルゴという感覚でやっているのではないかと思います。
比較的まじめにやっているマネジメントではローテーションがあります。4年・3年・3年の10年で、白モノ家電、デジタル系、社会インフラを担当させるというプログラムです。商品が変わると使っている材料、技術も違いますが、企画、営業の人種も違いますし、開発プロセスも違います。それをひととおり経験していくことで柔軟な対応力を持ったデザイナーが養成されると考えています。 |
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| 川崎: |
東芝のデザイン部は150名いらっしゃるそうですが、カバーしなくてはならない領域が広いため、各担当チームに分かれると、ほかの会社に比べて規模が非常に小さくなりますよね。大企業のように見えるけれども、デザインの現場の規模は小さい。私の経験でも、専業メーカーが40人規模でやっているところを、当時僕らのオーディオチームは3人くらいでやっていました。だから自由にやらせてもらえたという面もあったと思います。
とくに成熟分野といわれる家電で、3年連続で金賞を受賞されるということは、非常に素晴らしいことだと思います。これらを見ていると、インハウスデザイナーの個性が製品にうまく反映されている。いま、インハウスデザイナーは、営業にいじめられ、技術にいじめられるという中で、苦しんでいるじゃないですか。そうした中、非常にのびのびとやっているのだろうというのが、外からでも見えてくる。それはOBとして、とても嬉しいですね。
Gマークの審査委員長も今年の3月31日で引退ですが、東芝をやめてフリーランスになって、Gマークの審査委員は17年間務めました。大学を出てデザイナーになって34年になりますが、その半分はGマークとかかわりを持ってきた。スタート地点で、東芝のインダストリアルデザインが刷り込まれているので、それは消しようもないくらいしっかり染みついています。思い出話しになってしまいますが、自由な雰囲気というのは、僕が東芝にいたころからそうでしたね。今でも非常に感謝しているのは、インハウスデザイナー時代は音響を担当してたのですが、ここでかなり自由気ままにデザインをやらせていただいたことです。最後は肩書きを変えてもいいよとまで言われまして、クリエイティブディレクターというのを勝手につくって、フレックスタイム制のようにしていましたからね。お前は自由に出てきていい、仕事さえきちんとこなしていればそれでいいということになっていました。そこでレコードをつくりに行ったり、コンサートをやったり、ショールームを設計したり、自由にやっていた。あの当時、本当に生意気な動き方をしていた。当時の営業の人や技術の人の顔を思い出すと、30代以上は発言するなと会議の席で言ったりしましたし、コマーシャルが気に入らないから広告部へ行ってくると言ってみたり、こんなバカなことを言ってもよく許してもらえたなと思いますが、若気の至りとか失敗に寛容な風土もありますね。
怒られたことも数限りなくありました。サンプルをラインに流すでしょう。それで1000台ぐらだったら、シャシーは思い切ってグリーンを塗ってやってもいいだろうと思いついた。それでさりげなく指示を出しておいて、音響工場でグリーンのアンプがダーッとラインを流れていくのを眺めていた。そうしたらサイレンが鳴って、何だろうと思っていたのですが、どうも最後に梱包するおばちゃんが「班長さん、こんな色、考えられないよ」という話になったらしい。それでデザイン部に話しが回ってきて、「おまえ、また何かやったろう」と詰問された。「1回見たかったんです」と言ったら、「そうか、見たかったのか、じゃあいいよ」。そういうかたちで「これ全部やったら、おまえらのボーナスの何年分が吹っ飛ぶと思うんだ」ということを不問にしてもらったこともあります。
最大の失敗は、お話するのは恥ずかしいのですが、オーディオのつまみでとんでもないことをしたことがあります。 |
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| 片上: |
それは社内で伝説になっている話しだと思います(笑)。 |
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| 川崎: |
1/5と書かなければいけないところに、5/1と書いてしまったんですね(笑)。5倍のものができあがってきて、さすがに焦りました。どうしていいのか分からないまま、どうやって隠そうかと思って、しょうがないので、同僚に預けてしまった。そうしたら彼は律儀にそれをずっと持っていてくれましたね(笑)。
当時お世話になった人たちは、すでに皆さんOBになっておられますが、会ってお話させていただくと、いま話題にしたようなおおらかさを日本の企業は失っているかもしれないということを危惧されますね。 |
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| 片上: |
当時川崎さんがいらした音響のデザイングループはオフィスの場所も別でしたし、本当に自由そうで一番いい頃だったのかもしれません。失敗の話では、私も倍寸ぐらいまではつくったことがありますよ(笑)。そういう失敗はいまの若い人には少ないというより、できる環境に無いのかもしれません。いつも効果、効率、精度が要求されますから、若いデザイナーも無意識に自分をコントロールしていると思います。したがって、われわれが昔やったような失敗がない。非常に厳しい状況で仕事をしていると言えます。だから、6から7ぐらいのレベルを目指すときに、いったんポーンと10ぐらいまで行き過ぎて、確認した後で戻しながら調節するというアプローチが少なくなっていると思います、時間的余裕が無いこともありますが。いまは様子を見ながら、少しずつ精度を上げていくアプローチのような気がします。そういうことから、いま実験工房的な活動をやろうとしています。ここは失敗できる場であり、失敗を確認する場にしたいと考えています。この10年を振り返ってみると、CAD導入が本格的になって、効率化のための機械化も含めて、デジタルツールを使いこなすスキル習得などを一生懸命やってきたけれども、人系への投資は少なかったのではないかと反省しています。 |
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| 川崎: |
人材のお話が出ましたので、おうかがいしたいのですが、マネージャーとして、最近の若いデザイナーたちをどのようにご覧になっていますか。 |
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| 片上: |
最近若いデザイナーのプレゼンテーションを受けると、本当に優秀だなと思います。洗練されていますし、仕事も早い。自分の時代と比べると格段の差を感じます。われわれのころは、情報が非常に限られていて、見えない部分が多くありました。その分想像をたくましくして、自分の中にストーリーを組み立てなければいけないところがありました。いまの若い人たちは、非常に多くの情報を実に巧みに処理しながらデザインしている。ただ、自分のストーリーを持つという意識が薄いのかなという気はします。うまく言えないのですがアウト・トゥ・アウトというような印象があります。
ある面で非常にクールと感じることもあります。淡々と業務をこなし、プレゼンテーションのときも、あるテーマに対して、一人でA、B、Cとバリエーションを展開してみせてくれるわけです。ソフトな感じでまとめるとAです、シャープだとB、中間がCですという具合で、しかも3案とも良かったりする。力あるな〜と感心してしまいます。ただ、センター長が感心ばかりしていても仕方がないので(笑)、「ところで、東芝としてどれをやるべきなんだろうね」と言うと、「えっ」という感じで、「それはあなたの仕事では…」となる、もちろんそこまで直接的ではありませんけど。もう少し自己主張が強くても良いと感じています。 |
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| 川崎: |
大学で入学試験を考るときに同世代の教授と話すのは、自分たちで入試問題を考えているのにもかかわらず、「正直言うと自分が受験生だったら入れないよな」ということです。そう思えるくらい、いまの子は高度な情報処理をやらなければいけない。こんなことを言うと不謹慎ではありますが、僕らの時代に比べるとはるかに難しくなっている。就職の段階でも、学生たちには受かってこいと言うけれども、自分が学生の立場だったら果たして受かるのか。東芝さんでも、いまの入社試験だと俺たち入れないよなというくらい厳しいでしょう。今の若い人たちはそういうところをかいくぐってくるのに、エネルギーが使い果たされているのかなとも思うんです。そうしたことが影響しているのか、自分はここまではやるけれども、ここから先はあなたですという割り切っている面、さばさばした感じがある。これが個人的にはいらだつこともあって、そうじゃないだろうとなることもある。
デザイン部門のマネジメントについては、年令構成比の問題もあると思います。バブルのころは大勢採用されたと思いますが、最近は数名でしょう。そうした中で、ベテランの連中のやる仕事のよさと若いからこそ出てくる発想を社内でコラボレートしなければいけない、というマネジメントが出てきますよね。それは今の若い人たちの気質もあって、一段と難しくなっているのではないかという気がします。 |
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| 片上: |
このところ部長メンバーで話をしているのは、マネージャーとディレクターの話です。ある人を評価して上に行かせようと思うと、いま会社の制度としてはマネージャーしかありません。デザイナーとして力をこれからも発揮するであろう人をマネージャーにするのは、会社として得策なのか。昔から専門職制度がありましたが、システムとして完成していない。最終的にはマネージャーが決定するというと、みんなマネージャーのほうを見てしまう。だから、違うかたちの人事システムが必要だろうと検討しているところです。基本は入社10年から15年の間に、自分の適性を見極め、組織としてもどの方向に行かせるかを決める。細かくいうとマーケッター、プランナー、クリエイター、ディレクター、エンジニアリング等いろいろあると思いますが、そうしたバリエーションをもって、全体としてユニークな創造技術集団になれればいいなと思っています。 |
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| 川崎: |
そういう意味では、デザイナーというのはある種便利屋さんじゃないですか。どこにいっても機転が利いて、すぐ絵が描けて、企画書もぱっと書ける、すごい職能集団です。営業の企画書も書ければ、技術へ行って技術の企画書も、研究所に行って研究の企画書も書ける。そうした強みを持っていると言えます。 |
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| 片上: |
ビジュアライズする能力は貴重だと思います。当社でも営業の企画や事業戦略は文字が中心ですが、文章は意外とあいまいな部分があり、これをもとに図式化してみると、線がつながらないところが出てくる。デザインセンターも経験のためにスタッフを他部門に出すことがありますが、デザイナーの持っている能力が評価されるケースは多いですね。図などを使ってビジュアライズすると格段に情報量が増える。どういう方向で何をやろうとしているかという意図は、言葉では共有しづらい。それがビジュアライズされていれば、組織の中で意識の共有が図りやすくなるということが経験的に分かってきています。この先、そうした経営的な方面でデザインが果たすべき役割が多くなっていくはずです。また、そういう人材をどう育てるかという問題もありますね。 |
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| 川崎: |
そうして育ってきたインハウスデザイナーも、最近は企業に対するロイヤリティ、忠誠心が揺れ動いてきています。自分の能力が発揮できるなら、自分を高く買ってくれるところにどんどん行こうという気質がある。へたをすると、デザイン部門が高度な職能訓練機関のようなところになりかねない。デザイナーという、ある特殊な技術を持った職能集団のプロフェッショナル性が社会で求められてくる中で、そのマネジメントも複雑さを増しているように思います。 |
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| 片上: |
いま中期計画を作成していますが、3年では語れる範囲が限られます、まして人系のことを考えると10年ぐらいのスパンで考えなければいけない。また、根本には、いまのインハウスというポジションがベストなのかということが問題としてある。もちろん東芝グループに貢献することが第一義なのですが、いまでも内部でいろいろなことをやっていて、社内の事業形態に収まらないような事項も出てきています。もう少し自由に活動できる体制が必要なのかもしれません。
活動領域も家電やデジタルプロダクツというように単純に切り取れなくなってきています、ユビキタスコンピューティング一つを取りあげても、製品という概念だけではとらえられなくなってきました。昨年のデザイン・イニシアティブの展示では、社会インフラがデジタル化される中で、社会や生活がどのように変わっていくかということをプレゼンテーションしました。しかし、東芝の中だけでは、あれ以上発展させようがない。オフィス家具メーカーや建築家、いろいろな人との情報交換、コラボレーションや実験をしてみないことには進めようがないように感じます。こういったことをどうしていくのかということも大きな課題ですね。 |
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| 川崎: |
人類としては科学や技術の進歩を進めていくことになるでしょうし、日本という国もバブルを体験して、もう一回気を引き締め直さなければいけないから、制度の大改編が行われている最中です。そこで、一企業のデザインセクションが扱っている問題を独自に解決するのではなく、違ったかたちで解決していくべきだということですね。大学も、国立大学は今年から独立法人になりますし、公立大学も来年度以降、名古屋市立大学は平成18年度から法人になります。いまの日本は非常に大きな変革期にあるなと思います。こうした中、大学での教育にどのようなことを求められますか。 |
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| 片上: |
最近特に重要だと感じているのは、グローバルコミュニケーション能力です。この面で日本は中国、アジアの中でも大きく遅れをとっていると危惧しています。欧州のElectrolux社のデザインとコラボレーションする時は勿論ですが、アジアの中で活動する場合にも、個人、組織、企業それぞれのレベルで伝えるべき内容と伝える能力の必要性を強く感じています。一昨年北京の精華大学、北京理工大学、上海同済大学など訪問して感心したのは、彼らがグローバルという視点をしっかりと持ち、対応するための基本を実行していることです。よく「海外でも何とかなるよ」と言われますが、それは何とかなる範囲とレベルでしか動いてないと言うことではないでしょうか。もうひとつ気になっているのは、技術系新入社員の高学歴化です。当社の例ですと昨年は、マスターが8割を越え、ドクターまで入れると9割を超えます。これは技術分野の専門性により高度なレベルが要求されていると言うことだと思います。デザインを技術として捉えると、4年間で習得できるレベルには限界があるのかもしれません。これは、少し考えさせられるところですね。 |
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| 川崎: |
大学人として、企業の方にお願いしているのは、4年生の卒業制作で判断してくださいということです。でも実際は3年から4年になるくらいのときにほぼ決まってしまっている。昨日講評会をやりましたが、2年生、3年生にほぼ同じテーマを出しました。2年生は病院で使うロボットをやりなさい。2年生にはロボットは全然教えていませんが、自分で学んでやる。3年生はインドアのロボットをやりなさい。そうしたらわずか1年間の差なのですが、出てくるものの質が相当違うわけです。それが大学院になるとさらに違ってきます。僕は以前から、デザイナーの教育にも6年欲しいと常々言っています。いま工作機械メーカーのコンサルティングを手掛けています。Gマークの審査委員長をやっていたので、海外に行くチャンスがなかなかなかったのですが、去年土壇場でミラノのEMOショーという最大の工作機械展に行きました。そこで日本の大手の工作機械メーカーのコンサルタントたちと会って話をしました。それでわかったのは全員がドクターだということで、僕がドクターだからデザイナーも入ってよろしいということになったのだと思います。このような場面を何度も経験しているものですから、以前にも増してデザイン教育6年制を盛んに言っています。
それでは、最後になりますが、東芝さんとしてはGマークをどう捉えていらっしゃるのかおうかがいしたいと思います。 |
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| 片上: |
Gマークについては、ある種の絶対基準でデザインを評価してもらえるという面に強い信頼を置いていますし、社内的に一つの基準にしています。すべての商品がそうではないと思いますが、少なくともわれわれの業界は店頭での相対評価が優先され、時として行き過ぎるということがあります。我々の中でも「商業主義に走り過ぎている」「それはデザインではなく単なるスタイリングだ」という議論はやりますが、悪いのは商業主義でもなければ、スタイリングでもなく、あくまでもデザインのクオリティ、商品としてのふさわしさの問題だと思っています。その客観的な評価としてGマークを捉えています。 |
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| 川崎: |
そのようなGマークの絶対評価が一般の人たちの相対評価にスムーズにつながると、本当にGマークが生きてくるのでしょうね。そのテーマはぜひとも次の審査委員長に手掛けていただきたいと思います。
本日はお忙しいところ、どうもありがとうございました。 |
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| (2003年1月20日 東京プリンスホテルにて収録) |
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●片上 義則
株式会社東芝 デザインセンター センター長
●川崎 和男
名古屋市立大学大学院 芸術工学研究科 教授
大阪大学大学院 フロンティア研究機構 特任教授
2003年度グッドデザイン賞審査委員長 |
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名古屋市立大学大学院 芸術工学研究科 川崎和男研究室のHP:
http://www.kz-design.net/ |
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