川崎和男 対談バックナンバー

KAZUO'S VOICE
 

日高: まず日本の産業界が置かれている実情は、対中国との関係に見られるように、製造業を中心として新しいビジネス、新しい商品づくり、いわゆる新しい価値を生み出していかない限り、生き残っていけないというコンセンサスがあります。アメリカはかつて安い商品、特に日本の商品が大量に入ってきて、産業が疲弊し経済が疲弊しましたが、1980年代のレーガン政権が、プロパテント、いわゆる知的財産権保護の強化を政策として掲げたわけです。その戦略が功を奏して、マイクロソフトやインテルが出てきた。いろいろと評価の仕方はあると思いますが、客観的に見てアメリカの製造業は明らかに復活した。これは、国家戦略として知的財産権の保護を行ったことが高く評価されています。日本はそれに遅れること20年、小泉首相の時代になってこの戦略を採ろうとしています。いまの日本はちょうどその時のアメリカと同じ状況に差しかかっている。それは中国の商品だったり、東南アジアの商品だったり、もっと先に行けばアフリカの商品も出てくるでしょう。そこでどれだけ新しいものが生み出せるか、勝負の時が来ているわけです。そういう中で、日本の産業界でいままでデザイナーが果たしてきた役割とこれから果たすべき役割は明らかに変わり目にある。これは皆さん認識していることですが、どういう意味で変わってくるのかを分析してみないといけない。

中国では日本の模倣品がたくさん出ていますが、かつてはブランド、いわゆる商標権の侵害が多かった。それが最近では、デザインの模倣と商標の模倣が同率くらいになっている。それはどういうことかというと、単純にバッジを付けて模倣品をつくる時代から、外観的には製品の模倣ができるというところまで技術力が上がってきているということです。そういうことで日本のデザインが模倣され、それが世界中に売られ始めている。そうした状況が表れてきたときに、デザインの権利に対して、企業もデザイナーもそこまで意識をしていたかという問題に突き当たるわけです。いままではあまりにも商品のライフサイクルが早く、デザインの権利を登録するころにはもう商品は存在しないということがあった。しかし、かつて半年でモデルチェンジをしていたのが、いまでは3年、4年は同じデザインを使うようになってきた。そうなると、いかにいいデザイン、長寿命のデザインをつくるのか、そういうものをつくりだすデザイナーがいるのかという問題が一つあります。

そうなれば費用対効果の見地から権利の問題も生きてきます。特許庁も登録を早くする努力をして、いま意匠権は1年を軽く切って、平均8カ月くらいで登録されるようになってきています。いろいろな状況が進化してきて、国の制度もそれをサポートできる体制になってきた。そこで企業もデザイナーも、権利をどうやってビジネス上で生かしていくかという戦略を明確に持たないと、日本国内だけでなく、世界の企業を相手に戦っていけない。

商品のゾーンから考えると、いまから出てくる中国製品などと戦っていても消耗するだけですから、日本のオリジナリティを高めたうえで、さらに上のヨーロッパのデザインと戦っていけるデザインができるかどうかが勝負だと私は思っています。ユニクロという企業は非常に成功しましたが、それでもあるところまでで限界点に来た。需要は絶対にゼロにならないし、利益の出る会社だとは思いますが、あれを買う層が一時期爆発したような状況で継続的に広がるわけがない。ユニクロの中でも商品の差別化をやっていますが、全く違うゾーンの商品を欲しがる人たちがたくさんいるわけです。多くの製造業が、少しでも安くというユニクロ方式を追いかけたけれども、そんなことで収まらないのは、いまのユニクロ自身が証明しています。つまり、高付加価値のゾーンをやらない限りは生き残っていけないのは明らかなのです。それを実践できる大企業、中小企業、ベンチャー企業がどれだけ出てくるかが日本の産業力だと思います。そういう意味でデザインはいままで以上に大きな経営資源だと思うし、デザインの人材も日本にとって非常にに重要な資源だと思います。

権利の問題はここに関連してくる話ですが、実は未経験の部分がとても多いといえます。誰も経験していないので、みんなで一緒につくりあげていくしかない。企業も本当の意味でのデザインの権利の有効活用を知らないし、近年のフリーランスデザイナーもデザインの権利をきちんと契約する方法論を知らない。かえって第1世代といわれる柳宗理先生などの世代の人たちは、ドイツのデザイン、ドイツの契約の形態を学んでいるので、デザインの契約がしっかりしている。でも戦後、企業中心のデザインが普及していくのとともに、デザインの契約の重要性が希薄化して自立性がなくなってしまったのではないか。

いま日本の企業では、インハウスでデザイナーを抱える率がどんどん下がって、デザインのアウトソーシングがますます多くなっています。ですからデザイン事務所やデザイナーが自ら権利や契約の問題を再認識して、日本の企業だけでなく、アジアの企業とも付き合っていく方法を勉強しないといけない。そして製造業などの企業は、その権利をビジネスとして使う方法、自分の開発投資したものをどうやって守っていくかを考えていかない限り、あっという間に食いつぶされる。だからみんなが勉強してビジネスで実践して経験知を磨いていかないと、頭を使って体を使って投資して、ボロボロになります。僕はそのボロボロになるのをブロックして防ぐのが知的財産権だと思っています。
   
川崎: 現在は、大学改革と同時にTLO(テクノロジー・ライセンシング・オーガニゼーション)の問題が注目されています。僕の大学でもとにかく特許申請を増やせという話があって、TL関係はプロダクトの僕が知っているだろうというので、そのことも実務担当しています。みんな知財権という言葉は知っているけれども、現実に大学でそれを取ろうとしても国内の特許だけでは収まらないので、国際特許も視野にいれると膨大な金がかかる。大学の活性化と同時にそういう問題が出てきている。法学部出身の局長、部長クラスの事務官が、「学生時代は工業所有権あるいは特許はマイナーな学問で、単位を取るだけのことしかやってこなかった。ところがいまそれが非常に重要になってきたので再勉強です」とおっしゃる。そういうことから考えると、一つはデザインの権利、デザイナーの権利をどこまで主張するのか。もう一つの問題としては大学の場合、教授が研究室で執筆した著作は大学のものなのかということがある。大学の研究設備を使ってやったから、それは大学のものだという話が出てくる。あるいは大学院の研究生のアイデアに対して教授が指導したら、それはいったい誰に権利があるのか。そうした個人の権利の問題がありますね。

企業としては、僕もインハウスの時代には、日常業務的に意匠権譲渡書を書かされました。担当者なのに一番下の欄に書く。その上にサブチーフが書き、チーフが書き、ディレクターが書き、センター長が自分の名前を書くという構造があった。担当していたのは自分だけなのに、みんなに権利を分け与える。いかにも日本的です。若いころに、こんなばかなことはないと一番上に自分の名前を書いたら怒られました。最近企業内でもそういうことはだいぶ解消されてきたという話はありますが、自分が考えましたということをどうやって権利化していくかという問題は、お金や時間が絡んでくるから難しい。特に企業からのアウトソーシングの場合は、すべての権利をよこせという話しになります。商品化されないのなら返してほしいと言うと、「いや、頼んで出てきたものは全部こっちのものだ」と言われる。フリーランスになった直後は、そういうことで非常にストレスを持っていました。そうしたデザイナーの権利を今後どのようにしていくべきなのか。

僕は、知的財産権だけでなく、感性的な財産権もあるでしょうということをもっと言いたいと思っています。音楽関係はそのへんをうまくやっている。出版社によっては、著作権もうまくやっているような気がします。一方ではソフトウエアなどの分野で、パブリックドメインという考え方が出てきています。知的財産権を共有化してしまおう、誰が使ってもいい、豊かな社会はそれを放棄することから始まるんだという考え方です。これまでの資本主義対共産主義というイデオロギー構造ではなく、知的財産権をはさんで経済の論理が崩れてくる可能性が多分にあります。

いま全世界的にOSがウインドウズで固まっている。それはマイクロソフトの権利でガンと押さえられている。そうするといちいちマイクロソフトに聞きに行かないといけない。ところがパブリックドメインであるリナックスは自由に使える。だからそっちだという話があります。あるいは日本流の坂村健さんのトロンのようにオープンにすることで、みんなが幸せになれる。

僕の考え方としては、このデザインワークに関しては、パブリックドメインにしてもいい、けれどもこのデザインに関してはちゃんと権利を主張すべきだというかたちで、知的財産権を語る前段階として、デザイナー自身がそうした知識を持ち、決断力をもって権利に対峙していかなければいけないと考えています。そうしないと個人対企業、個人対行政、個人対社会、個人対時代という対立構造が生まれてくる。さらにいえば、それに民族観での考え方や常識という問題も出てくるわけです。イデオロギー対立の時代は終わったといわれますが、ひょっとするとライセンス・イデオロギーの対立が発生してくるかもしれない。権利は要らないというパブリックドメインの地球市民的な考え方と、絶対にこれは権利だという考え方、そこに民族や宗教が入ってくると、また大変な闘争の時代を抱え込んでくると思います。
   
日高: パブリックドメインの話は、著作権も含めて、工業所有権制度、特許制度には昔からあって、経済学者と法律学者の戦いといわれています。昔から論争があって、その結論として、いまほとんどの権利がそうですが、ある一定期間は独占権を与えられて、それを過ぎるとパブリックドメインになる。なぜそういう仕組みになったかというと、多くの投資をしないと開発できないこともたくさんある。それが最初からパブリックドメインであると、現行の社会の中では、やりたくないと思う人が多いわけです。それを鑑みて、一定期間は独占、15年、20年経ったらパブリックドメインでみんなが使ってもいいようにするという仕組みができあがったという流れがある。

もう一つ、日本の中でいままでの意識として欠けている部分は、個と社会という問題です。欧米はまず個人がいて、そこにコミュニティが形成されて、社会をつくり、国をつくるという流れがありますね。日本の場合はどちらかというとお上があって、民主主義は自分たちで勝ち取ったものではないという意識があって、まず個があるという認識が希薄なんだと思います。だから社会や会社という一つの固まりに帰属するところからすべてが始まってしまう。ところが、ご存じのようにもともと権利は個人に属するという性質を持っています。最初から会社が持っているわけではない。そうすると、個人が考え出したものをどのように扱うかが重要であり、デザイナー個人にしてもそれをどのように考えていくかが非常に重要です。

次に川崎さんが言われたように、その個人が権利は要らないから最初からパブリックドメインにしてもいいよと言うのか、自分の権利を主張してロイヤリティなり契約をしてやっていくという考え方を持つのか。そこも個人がいろいろな情報や知識を持ったうえで判断しないといけない時代だと思います。いままでは全部会社なり流れに任せて個を主張しないという風潮が続きましたが、いまからはそれでは絶対にだめです。自分の意思を持ってオープンにするのか、次のビジネスに再投資するためにロイヤリティ契約をしていくのかという決断が必要な時代だと考えています。
   
川崎: 権利相反の原則については、非常にわかりやすい例としてはノーベル賞の田中耕一さんの存在、すべて権利は会社で、研究をやらせてもらえればそれで幸せですという言い方、もう一つは青色LEDの中村教授のように、あくまでも自分に独占的発明権があるという立場ですね。これがいま日本の状況を見事にシンボライズしていると思います。デザイン界では、残念ながらそれすら起こってこない。Gマークに関しても、ある企業はGマークで金賞やグランプリを取ったら、デザイナーに何百万かの報奨金を出しましょうとしています。でもインハウスの場合はチームの仕事だから、昔は分け与えたら1人数万円にしかならなかった。それを何十万かの単位にするために桁を上げた。デザイン界の動きとしては、そこまで考えてくれる企業も出てきました。これは一つの進歩だと思うし、それにGマーク制度の果たした役割があったのではないかと見ています。それを強める意味合いで、今年改めて審査委員の権利についても、守秘義務などについて軽い覚書、契約というかたちを、この制度そのものも取ろうということでやっていただきました。

僕が最近感じているのは、本物とは何かという話です。論理学的な言い方をすると、ボードリヤールが非常にうまい言い方をしていて、「二重否定できるものが本物である」。つまり偽物ではないもの、偽物と一回否定をしておいて、偽物ではないともう一回否定する。従来は素材に本物の木を使っているとか、こういうものだという、常に証明対象=エビデンスと対照しながら、こっちと比べたら本物だからというような骨董屋さん的な言い方があった。しかしそれは20世紀で終わって、これからはオリジナリティという言葉ではないけれども、オリジナリティとオーセンティックな思考が重なりあって、本物を創造していく、つくっていく時代だろうと考えています。

いまや混沌としていて、たとえば日本製品が模倣されるという問題がある。それはかつて日本もやってきたわけです。Gマーク制度そのものが、模倣問題に端を発して、これぞ日本のオリジナリティですということを語るためにつくられた。Gマークはそこの権利関係からスタートしていながら、ひょっとすると初期のころだけで、30年くらい忘れていたのかもしれない。だからいまやGマークも、何かエビデンスと対照するということではなく、デザイナーがいかにオリジナリティのある本物をつくったかを見ていく。そのときにデザイナーが決断力をもって、これはパブリックドメインにする、あるいはこれは自分で権利を握ると判断するわけですが、それは個人としてはなかなか難しいことかもしれません。
   
日高: そう、難しいんです。大学の話に戻しますと、TLO、技術のトランスファーに関してはしっかりした制度がありますが、デザインではそれに合致するものはまだないわけです。僕は技術で新産業をつくるための一つの手段としてTLOの制度ができた一方で、デザインの分野でできていないのは非常に不満です。

世界中を見たときに、中国などもまさにデザインに力を入れていて、企業にとっての経営資源であるという認識がある。日本でも明らかにあるにもかかわらず、学校で先生や学生がやっているものを社会で活用させる仕組みが、TLOと同じようにできていないのは、僕は認識がものすごく甘いからと思っています。

イギリスのRCA(Royal College of Art)に行ったときに、学校の取り分、先生の取り分、生徒の取り分が契約書になっていることを知りました。だから学校の中で気持ちよくやることができます。個の意識、学校も一つの個、先生も個、学生も個だとして、みんながコラボレーションできるためのベースの契約がある。日本の大学もいま独立法人化の話があって、学校の内部で先生や学生がやったものの権利をどうするかという話が出始めていますが、これを早く整備しないと、例えいいものができても社会に出ていくことができないということになります。

また、私が昔経験した話ですが、ある鉄道会社が、ある大学の生徒の卒業制作を駅に使いたいと思った。そこで学校に交渉に行ったら、個人のものであって学校はそれを扱う立場にないと言われた。点字ブロックでしたが、その会社としては、学生とは契約できない。使いたいと思うくらい良いものなのに契約することができないわけです。そういう現象は各所で起きていると思います。企業側から見れば、契約は安心感みたいなものです。そのときに学校側が、学校自体でなくてもNPOでも財団でもいいから窓口になって、そういう要望に対してトランスファーできる体制を整えていくべきです。

さらに言えば、デザインは商品化を前提にしている性格上、場合によっては技術よりもリアリティが高い。いまTLOで苦しんでいるのは、いい技術だけれどもなかなかビジネス化するまで至らない、その前に頓挫してしまうということです。デザインは生活に密着したものがたくさんあるので、中小企業にしても大企業にしてもそのデザインを使いたいという要望は十分にあります。こうしたことも含め大学の知財という全体を考えたときに、投資して回収するという収益構造を組み立てていかない限り、知財の財政的な構造が成り立たない。そうすると、こういう言い方が正しいのかどうかわかりませんが、短期、中期、長期と見たときに、デザインは短期で収益性のあるものを提案できる可能性が非常に高いと思います。もちろん中期的にみてもあるでしょう。一方、大学で生まれる技術はどちらかというと中長期です。

同時に、権利も様々な組み合わせをして、投資と回収という構造をつくっていかなければいけない。TLOがうまくいっていない理由は、資金が足りなくなることです。言い方を変えると、大学も一つのビジネスとして成り立つ方法論を考えていかないと、いいことでも途中で終わってしまう。知的財産権と大学が取り扱うビジネス、いわゆる収益構造を設計していかない限りは続かない。いろいろな大学がありますが、僕はそういう考え方が必要だと思います。ビジネス感覚がないという話はいくらでも出てきますし、次のステップで商品化するという話はありますが、持っている権利のバラエティを区分けして、投資し回収することをちゃんと考えられるかどうかが一番重要だと思います。その意味では、デザインを知的財産として重要視して、それをきちんとデリバリーできる状態をつくっていくことはとても大切だと思います。
   
川崎: 同感です。僕はいま総合大学にいます。芸術工学にデザインを配置しています。そこで権利関係について主張ができるというと、創薬があって薬学部が言う権利、経済学部の先生方、人文社会系の先生方が言う権利は著作権があります。その中で、デザインは接着剤的に著作権にも口を出すし、創薬関係に関してもとりまとめができる。ということでいけば、実はデザインが核にならなければいけないと思っていますが、大学という規模の中では、デザイナー養成機関の学部規模は大変に小さい方に属するわけです。

巨大な工学部を見ると、先端技術と呼ばれているものは、非常に長期的なことです。僕はよく言うんですが、アイデアを出して登録して、長期にわたって維持していく費用は、算出できるわけでしょう。5年間取りました、その次の3年間はだんだん値段が高くなっていくわけです。そういう構造も知らない教員がたくさんいらっしゃる。そういうことを目の当たりにすると、意匠権でも工業所有権でも形にする部分でデザインというもので語ってやっていく必要があるのかもしれません。

Gマーク制度は、海外からの権利侵害非難から始まって、長い間ともかく良いデザインといって、そのオリジナリティ認証を振興してきた結果、権利のことは放置されてきた。いま追いかけられる立場になって、自分たちのつくったものが模倣されているという話になって、やっと目覚めた。目覚めたけれども、実は玉になるものが非常に少ない。グッドデザイン賞はアワードですが、アワードであると同時に報奨制度でもあるので、このアンバランスの中で権利の扱いを構築していけるものかどうか。僕は問題提起した段階で審査委員長の任期が終了しますが、そのあとの目安というか、プロシージャー、手続きのアイデアがあるなら、披露していただきたい。

企業内デザイナーについては、企業間に差があって、ある企業は辞めても何年間かは賞金を払うところもあるし、辞めた途端に「あんたはこの仕事はやっていなかった」と言う企業もあります。しかしデザイナーはまだ目覚めていない人のほうが多いかもしれない。この指針が見つからないので、今回Gマークの審査委員とGマーク制度との契約関係からもう一回見直すというのが、委員長としての最後の仕事かなと思っています。
   
日高: Gマーク自体がもともと海外から模倣品を責められて、これを侵害しないようにという、商品の分野から始まって、いまは新領域も含め、ソフトまで対象になってきた。ビジネスモデルも、特許でいうビジネスモデルではなく、ビジネスのやり方まで含めてGマークの対象になってきた。まちづくりも対象になってきた。もともと知的財産権もほとんどはものの権利のことを言っていましたが、コンピューターのソフト、プログラムも対象になってきた。ビジネスモデルも対象になってきた。アメリカなどではコンピューターのアイコンもデザインパテントの対象になっている。日本にもそういう動きがある。そうすると、法律制度自体も時代にキャッチアップしようとして、全世界で法律の改正をやっているし、日本もそれをやっているわけです。

そこでGマークを考えたときに、これだけ領域が広がり、当然そのほとんどが特許、意匠、商標権、あるいは著作権の対象になっている。そういうものに関与したデザイナー、クリエイターがGマークを取ったことで、いま言われたようなエビデンスになる。そこには当然何らかの権利が内在しているはずで、それをもとにきちんと契約が結べる。あるいは会社を辞めたあと、またはその会社の仕事をやらなくなった外部のデザイン事務所が、正当に主張していけるエビデンスとしてのGマークという役割もあると思うんです。それはもしかしたら原点に返る話かもしれません。

あなたはたしかにこのデザインをした人です、これを考えた人ですということを証明することによって、契約がしっかり結べていけるようになる。これは当たり前の話ですが、あまりにもそこの部分が希薄なので、逆に企業はGマークを取ることで表彰するということをやっているわけです。出願してもいくらかのお金はもらえるけれども、Gマークを取ってたくさん売れると違う報奨金が来る。それと同じように、Gマークを取れたものに関与したことに対して、一つの契約のフォーマットを内在、提示するようになってほしいと思っています。

グッドデザイン賞には何万人、何十万人の人たちの英知を固めた商品が応募されてくるわけですから、僕はその考えた人たちの努力を明らかにしていくという機能も、Gマークの中にはあっていいと思います。
   
川崎: 僕が大学で教育を受けたころは、デザインの匿名性こそ美学であるという風潮でした。作家性を否定する人がいたり、特にインダストリアルデザインは匿名でなければならないというある種の洗脳的な教育を受けたわけです。ところがフリーランスになってみると、それでは食べていけないので、著名性、言葉を換えると有名ということが大事になる。そういう中でスターデザイナーの存在がどこまで可能かという話でしょう。デザインにもいろいろあるけれども、たとえば建築、グラフィックデザインなどには有名性、エリートアーキテクト、エリートデザイナーがいる。ジュエリーデザインですら、有名デザイナー、スターデザイナーがいるけれども、プロダクトデザイン、インダストリアルデザインに関しては、その存在がなかなか出てこない。だから、若い子が憧れないという構造を生んでいると思います。
   
日高: 戦後の大量生産の時代に、インハウスデザイナー=アノニマスという構造を延々とつくってきた。この考え方自体は、ドイツでも企業内デザイナーに関しては同様のようです。フィリップスの知財室長は「給料をもらっているのだから当たり前だ。それがいやだったら外に出ろ」という言い方をしていました。そこは世界中でそんなに変わる話ではないんだと認識しました。

でも、いま日本を見てみると、ひところほどインハウスデザイナーを抱えなくなっていますね。みんな自立してやっていかないといけないし、開発する商品ごとに最適なデザイナーと仕事をしたいと思っている企業も増えています。ヨーロッパの企業はみんなそうです。基本的に社内デザイナーは多く抱えずに、最適解を出してくれる社外デザイナーとその時々で仕事をしていくというやり方です。日本もいまからそれがどんどん増えていくと思っています。そうすると企業とデザイン事務所との契約がものすごく重要になってくる。

そのときに権利を持つことと名前を出すことは別問題です。結果的にはわかるけれども、かつて日本の企業はそれさえ消そうとした。先ほどの話しのように、本人が生み出したデザインであるにもかかわらず、上司の名前まで加わってくる。極端な例では、外部のデザイン事務所に頼んでも、そこのデザイナーの名前は出ない。要するに法律上問題があることをやっていたわけです。しかし、それはもう許されない状況になっています。

それはどういうことかというと、海外出願、たとえばアメリカに出願すると、発明者や創作者のうそをつくと、それだけで権利が無効になります。宣誓するのですから、いくらオリジナリティがあったとしても、うそをついて出すとすべてを失う。そのくらいシビアになっている。そこを不明確なままにしていては、世界でビジネスができないということです。

大学でもそういう授業が増えてきましたが、企業内でデザイナーがそういう知識を持つための教育をしているところが少ないわけです。技術のほうは、技術出身の中から特許担当の人間が配置されて、場合によっては研究者自身も研究の段階でパテントリサーチを自分で行って投資価値があるのか判断しなければならない。ところがデザイナーがその分野をやるとき、いままでにどういうデザインがあるのかを調べている企業はほとんどありません。出てきた結果を企業内の法務部なり知的財産部が調べて、イエス・ノーをやる。もしそれがノーだった場合、それまでにかけたモデル代も人件費もパアです。それを当たり前のようにやっている。もっとひどい例は、生産の一歩手前で、金型までできているところで調べてみたらノーだった。不思議なことに、そのとき2000万、3000万の金型代をチャラにしてもしょうがないねと言っている。それが幾つか累積してしまうと、すぐに億の損失が出ます。こうしたことを、きちんと認識しないといけないと思います。デザイナーも基本的な知識を持って、自分の開発したものについては、前にこういうものが登録されていて、そのうえで私はこういうオリジナリティを出しましたと言えるくらいの実力がないと、特に若い人は生き残っていけないと思います。出しました、あとはお任せします、調べてみたらだめでしたでは、話にならない。
   
川崎: 一方の、フリーランスデザイナーと企業の契約については、どのように見られていますか。デザイナーと企業のマッチング性といった取り組みが散見されますが、まだまだ上辺のフリーランスデザイナーでしか捉えられていないように感じています。
   
日高: そういう話が出てくるほどに未整備だということだと思います。ご存じのようにヨーロッパのフリーランスデザイナーがクライアントと契約するときは、仕事の内容に関してはデザイナーとクライアントが直接、それはおもしろいからぜひやらせてくれ、やってくださいという話をして、そのあとにお互いのロイヤー同士が条件を詰める。いくら内容がよくても、条件が全然合わなかったらその仕事はなしです。僕はそこに大人の社会を感じます。なぜかというと、仕事としておもしろい、やりたいというレベルの話とは別に、社会の中で同じ仕事をする仲間として契約が成り立つのかどうか、別のレベルの視点でもう一回話しあうわけです。これをやることで気持ちのいい仕事、質のいい仕事ができる土壌ができる可能性が高まるわけです。日本の場合、そういうことをやっているデザイナーはほとんどいないし、そういう体制でデザインの契約の話をする企業も皆無と言えます。

普通は、良いデザインを出してほしいとなると、その権利はどうするのだろう、その将来的な扱いはどうするのだろうと疑問に思うでしょう。それが不安だから、仕事を始める前に調整するという感覚を持つのは当たり前だろうという気がします。不思議なことに、日本の企業も海外のデザイン事務所やデザイナーを使うときには、すごくしっかりした契約書を交わしていますね。あれは何なのかという話です。
   
川崎: まとめ的なことでいえば、デザイナーの倫理観、見識や良識でいうと、自分の権利を主張するために、デザインに対する義務感を社会に対してどのくらい持っているかという話で、それを制度がどこまで支援してあげられるか。自分の委員長時代に寄託保管を採り入れて、デザイン保護の一つのきっかけづくりができたと思っています。

大学でいうとデザインに限らず、論文系の教授にしても、自分の論文の本数を増やすために、卒業論文や修士論文をかき集めて一本書き上げて、ファーストオーサー(第一番目の執筆者)になってしまうということが、日本の底辺に根強く沈殿しているような気がします。そこにきれいな水を流す作業がこのGマーク制度でできるか。50周年までまだあと3年ありますが、権利関係がデザイナーの意識の中にもう少ししっかり根付いていかなければだめだろうなと思います。
   
日高: 50周年のときにはまだそこまで行っていないかもしれませんが、これも一つのテーマとしてやっていかなければいけない。もともとGマークは外国商品を模倣しないことを振興する制度をつくりましょうということで生まれたのですが、今度はさらにステップアップして、世界の先端のクリエイターを生み出すことを視野に入れるべきだと思います。そのためにはいろいろな条件があって、一つはクリエイトする能力、もう一つは社会的な地位、もっといえばフィーの問題などをきちんと整理して、初めてそこに行きたいと思う人たちが出てくるのだから、その環境整備をやっていかないといけない。Gマークの制度が50周年で一区切りだとすると、50年かかってできあがったものは、それを再構築するには50年かかります。

いま時代の環境からすると、誰もが変わらなければいけないと思っているわけで、その推進力はデザインも含めた創造力です。知的財産権は絶対に主役ではなく、縁の下の力持ちみたいなものですから、逆にいうと縁の下に基礎をつくりましょうということをしっかりアピールしてほしいなという気がします。いまは特別賞についてのみ意匠権調査を実施しているようですが、昔はもっとハードに全件の意匠権について調べていました。ただ、オリジナリティがあるかどうかは自己申告で良いと思います。出品する人が自分でエビデンスを出す。万が一それが違っていて、誰かの権利侵害をしているものを出してGマークになったら、それは取り消す。お金をかけて調べる必要はないと思います。いまは特許庁のホームページでいくらでも調査できますから、自己申告として、可能な範囲で調査して、それをエビデンスとして付ける。中には付けられない商品もあると思いますが、そのくらいの自己責任性を備えたほうが良いと思います。

企業もそれをGマークに出してくるということは、仮に他人の権利があったとして、そのうえに立ってもちゃんとオリジナリティがありますよと主張することになる。ひいては、デザイナーがそういう情報まで包含したうえで新しいものを創り出したという証明にもなると思います。だから僕は自己申告制でいいと思います。そういう意識づけをするために、また本当にビジネスに使っていくためにも、自らそれをクリアしたうえでGマークに出してくる。企業もそれをクリアしてGマークに出してくる。

制度としてちょっとフェイドアウトした権利に関する調査部分を、もう一回自主性というところで復活させるべきではないかと思います。それは企業のデザイナーにとっても、独立してやっているデザイン事務所やデザイナーにとっても、自分のやっていることを再認識する一つのきっかけになるような気がします。
   
川崎: その言葉をそっくりいただいて、委員長としては次の世代へのテーマというかたちでトリガーだけは引いたかなと考えています。
本日は様々な状況と対策のアイディアをいただき、ありがとうございました。
   
  (2003年8月27日 東京ビッグサイトにて収録)
   
●日高 一樹
日高国際特許事務所 所長
2003年度グッドデザイン賞審査委員

●川崎 和男
名古屋市立大学大学院 芸術工学研究科 教授
大阪大学大学院 フロンティア研究機構 特任教授
2003年度グッドデザイン賞審査委員長
   
名古屋市立大学大学院 芸術工学研究科 川崎和男研究室のHP:
http://www.kz-design.net/