川崎和男 対談バックナンバー

KAZUO'S VOICE
 

川崎: 建築には、ある種の建築作品に対して建築家たちが言葉で語る世界が歴然とありますね。しかしデザイン、特にインダストリアルデザインあるいはプロダクトデザインと呼ばれる世界には、モノが語ればいいんだ、よけいな言葉をまといつかせるなという通念のようなものがある。

僕はそういうことでいうとすごく能書きが多いデザイナーで、書く文章も難しいと言われ続けてきていますが、あえて戦略的にやってきた部分があります。それは、僕の原体験でいくと、デザインによって生み出された形は言葉一つでスパッと切り捨てられてしまうということがあるからです。デパートに並んでいるモノを、ある人が買おうとしているときに、たとえば「これは見ただけでも重そうだから、あんまりよくないわよ」と言う。このたった一言で、そのデザインが否定されてしまう。まだデザインとデコレーションの区別がついていない人たちがほとんです。そういうことへの対抗策として、あえて非常に小難しい文章を書き、問題提起することでデザインの世界に議論を巻き起こしたい。そういう自分としてはかなり戦略的な部分があります。

もちろん、プロの世界で語る語り口とアマチュアに向けて語る語り口は自ずと違う。講演会で話すとき、特に伝統工芸などでそれこそおじいちゃん、おばあちゃんに語りかけるものと書くものは、自分ではかなり変えてきたつもりです。僕は形と言葉の相対論と言っているけれども、今回の『私の選んだ一品』は、きっとグッドデザイン賞の審査委員それぞれの個性が言葉と選んだもので出てきて、初めて見えない審査委員が見えてくるところがあると思います。
   
森山: つまりパーソナルな言葉で、そのときに愛情を感じた言葉をちゃんと使おうというのはとても大事なことですね。私は、デザインを語る言葉に関しては、川崎さんとはまったく違うんです。というのは、『日経デザイン』という媒体は、そもそもデザイナーではない人を読者にしようというコンセプトだから、川崎さんのようにプロに語ることは最初からほとんど放棄している。下世話に言えば、デザインを生むためにお金を投資する人、デザインをしてお金をもらう人、それを買う人、お金の観点で言うと3種類あるわけです。『日経デザイン』は買う人のことはとりあえずやらない、その語り口はプロに語りかける言葉でも、おじいちゃん、おばあちゃんに優しく語りかける言葉でもない、非常に人工的な言葉をつくらなければならなかったんですね。デザインをどう語って、どう評価するか。もちろん語ることには評価もあるから、どうやっていくかというのはなかなか難しいけど、何のために媒体があるか、何のために制度があるかと考えたときには、その「語ること」を開発しなければいけないと思うんです。そこで『私の選んだ一品』は新しい方向が一つある。これもパブリックですが、パーソナルという立場を決めた パブリックですね。文章を書くというのは、きちんと服を着るという行為ですから、パーソナルであるはずはない。日記ではないからもちろんパブリックなんだけど、個人に依拠して書くという新しい可能性があるような気がしました。
   
川崎: 一つは形と言葉との関係性というのか、結局はグッドデザイン賞の審査でも審査委員同士の会話、対話の中で、ここのこの形がこれ故にいいとか、この機能性が表面のスイッチのここに表れているとか、全部言葉でやりとりするわけです。このように審査のときは形を言葉に変えていく作業で、逆にデザインをするときは言葉で発想して形に変えていく。
僕の場合は、その両方をやっているわけですが、言葉で色を伝えようとしたときに、こんな言い方をされて「負けたな」と感じた経験があるんです。クライアントのエンジニアを相手に、家具の扉の色は半透明で白い色を実現したいと言っているときに、「川崎さん、それって、牛乳を目薬にして目の中に入れて、ボワーッと見える色?」と言われてびっくりした。僕としては「そうそう、その色!」みたいな、まさに的を得た表現だった。それを聞いたときに、「ちょっと待て、俺はプロなのにどうしてそういう表現ができないんだ」と思ったんですが、彼は僕のイメージをそうやって言い返してきた。そのときに、イメージがそういうふうに言葉で伝わるということを考えたときに、なるべく共有できる言葉、ともかくいっぱいボキャブラリーを持たないとそれができないと、つくづく思いましたね。

クライアントに対してもそうですし、販売店に対してもそうです。販売店で売ってくれる人たちに「このデザインはこうなんです」という説明をするためにも言葉の引き出しは大いに越したことはない。先ほどの僕の難しい文章のことに戻ってしまいますが、「おまえの書いた文章はわからないんだ」と痛烈に批判されようが、あえてそういう言葉の書き方をするということで、言葉による表現を作り出そうとしてきたという面もあります。そういうことを考えると、森山さんの言われるように、『私の選んだ一品』のメッセージ性は非常に強いと言えますね。
   
森山: 『グッドデザイン・イヤーブック』は重いので携帯することがしんどいのですが、これだったらバッグの片隅にでも入れておいて、ちょっとおなかがすいている人に、「おにぎり」と言ってあげられる気がする(笑)。
   
川崎: 高級ブランド品のニュースリリースをながめたりすると、ほとんどそのままがファッション雑誌に載っていたりする。これでいいのかなと思うこともあります。逆に言うと、そこで語られることをそのままそっくりマスコミが流して、みんなの価値観がそのままそっくり、そこで動いてしまうということですね。いわゆる高級ブランド、グッチから始まってルイヴィトンなどの約7割が日本人消費者だという話を聞くと、たしかにそこにもデザインの世界はあるけれども、日本人はまだデザインに対して貧しい。その貧しさを本当に豊かにしていくために、デザイナーは形と言葉と両方差し出していかなければいけないだろうなと思う。
   
森山: 形だけを差し出すことは、デザインという意味では悪いことではないかもしれませんが、プロモーションという観点からは絶対にだめだと思います。プロモーションという観点では、形はあるのだから、それに何かを満たしてあげなければいけない。既にあるものをセレクトしても、選ばれたそのもの自体が変わるわけではないから、それを意味として差し出すためには、やはり言葉が要るのだろうと思います。さっきの「牛乳を目薬のように差して見えるときのボワーッとした色」というのは、乳白色とは違うんですね。まだ存在していないものは、そういうふうに表現しないと伝わらない。そういうデザインを形容する言葉もある。しかし既に存在しているものをその対象したとき、それがどういうデザインで、なぜいいのかを一言で言えるまでデザイナーはつくり込み、あるいは選ぶほうは選んでいる。実は両方同じことだけれど、そういう状態が成立しないとプロモーションとしてはうまくいかないだろうと私は考えるんですよ。
   
川崎: Gマークに応募していただくときに、いまはまだ書き込む項目がすごく多くて、もう少し簡便にならないかという意見もたくさん聞きますが、ともかく加点法で見てほしいと言って、そのときに応募書類からデザイン意図などを読みますね。そうすると、「おいちょっと待て、この意図でこの形か」ということもある。
   
森山: おっしゃるとおり、そのギャップがあまりに大きいと、審査する気持ちが失せますね。
   
川崎: 使われているボキャブラリーとして、ただカタカナだけが並んでいるというだけでは、それが語りかけてくるものがないということに審査委員たちはすぐに気づく。言葉の貧弱さは形で補っていますという話にはならない。そこはデザイナーの言葉をしっかりと咀嚼した上で応募書類に書き込んでいってほしい。書き方はもう少しやさしくするにしても、言葉の部分と形の部分は大きな問題としてもう一回ちゃんと考えないといけないと思います。

いまはちょうど就職シーズンで、みんな実習に行って、コンセプトを出して、企業側からもテーマが出てくる。それを見ていると、どの企業が時代をつかんで新しい世代に言葉を与えて、その子の持っている何を見ようとしているのかが見えてくる。そう考えると、デザイン界は全体として、かなり言葉はうまくなってきたかもしれませんね。
   
森山: この本『私の選んだ一品』を見たらそう思いました。今のお話は応募するときの言葉だけど、これを選ぶ側というか、グッドデザイン賞制度はそもそもあるものをセレクトするのだから、ある価値の編集的な行為であって、ものを生み出す行為ではない。そのときの言葉はもっと責任があるという気がします。卑しくもものすごい膨大な時間とお金をかけているものを選んだり選ばなかったりするから、その理由は明示的でなければならない。また、願わくば、つくった人が考えてもいなかったようなイメージを選ぶことによって、さっきの牛乳の目薬みたいなものを少しでも与えられればうれしいと思うのね。その2種類の言葉があればいいなと思っています。
   
川崎: グッドデザイン賞を受賞して、Gマークをつけたところで売れないという話がありますが、デザインというボールをグッドデザイン賞にぶつけてみたら、賞として跳ね返ってきた。その跳ね返ってきたボールの勢いを生かして、消費者にGマークとともにもう一回語り直してみるということをやって欲しいという気がします。僕がいうのも何ですが、せっかく第三者、しかも専門家たちが選んでくれて、賞という名前がついているのだから。

特に「営業からGマークをつけたところで売れないから応募しなくていいと言われています」と言う話を聞いたりすると、僕はデザイン部はもう少し力を持ってくれよと思いますね。Gマークを取ってきたのだから、広報活動でもう少しGマークをうまく使っていくという語り口を開発してもらいたい。そういうこともしていかないと、結局デザイナーは形屋さんになってしまう。デザイナーが技術に向かって語る語り口、営業に向かって語る語り口をまず社内で、ゆくゆくは消費者に向かって、形だけではなく、こういう言葉で語ってほしいというところまで語っていく。情報時代なので、ものだけでは言えない。よくものづくり、ことづくりと言うけれども、僕はものづくりは形づくり、ことづくりは言葉づくりだと思うんです。Gマークを取れた企業でも、それがうまく語れていないような気がします。
   
森山: いまの話は二つあると思うんです。一つは実際に選ばれた商品にGマークがペタッと貼ってあることと、カタログやパンフレット、パッケージにGマークと書いてあることは全く違うことです。あえて前者について言うと、もの自体にマークが貼ってある状態のGマークは、個人的にはあまり好きではないんです。ものそのものは裸で手渡されるべきだと思っています。自信のないカテゴリーのものを選ぶときに、Gマークであることを選択の基準にするのはいいけれども、Gマークに選ばれたものがすべてマークをつけている状態がいいとは考えていない。では、Gマークは何の意味があるかというと、専門家も含めて第三者の目でセレクションされたもので、セレクションされるには理由がある。そしてGマークに頼らずに買ったユーザーが、自分が選んだ結果、Gマークを選んだ人と価値を共有するという状態を私は好んでいて、もはや買うときにマークがついていることを絶対とするGマークではないのではないかと思っています。例外もあって、一般消費財でないもの、たとえばエコロジー的なものは、それがエコロジカルでいいかどうかは見てもわからないから、そういうものは必要だと思うんです。それと滅多に買わないような種類のものは、そんなにウオッチしていないでしょう。

ユーザーが選んだ結果、Gマークの審査で川崎さんを委員長として選んだ人と価値が共有される状態を私は好んでいます。だから、もの自体にはついていてほしくない。マークのデザインの良し悪しではなく、すごくきれいなガラスにあのマークがついている状態が本当に好きかといったら、そうではない。当然のことながら「使うときには剥ぐんだ」となるでしょう。だけど使うときに剥ぐようなものが貼ってあることが、そんなに大事なのかと思うんです。

私はGマークはメディアの中にあることを理想にしているから、言葉の問題はとても大事なんです。Gマークの始まりはものについていて、メディアはどうでもよかった、商品についていることに意味があった。でも、それが変わってきているのだろうなと思う。だから、そのプロモーションの方法として、ものについているGマークではなく、自分が選んだもの、選ぼうとするものを考えるときの価値を共有するツールという方向性に共感するんです。
   
川崎: ポップなどの展開もGマークはちょっと出遅れていて、そういうかたちを取らないと一般性は持ててこない。だから、できればその足掛かりみたいなものを自分が審査委員長のときにやって、次にもっと戦略を立ててやってもらう。

今回の『私の選んだ一品』は実におもしろかったんだけど、審査委員の人たちに「今年は『私の選んだ一品』で、一品を決めていただいて文章を書いていただきます」と言ったものだから、審査が終わったあと、みんなが自分の一品を求めて現品審査の会場内をさまよい歩いている姿、あれが一番真剣にやっていたんじゃないか(笑)。ある意味で、本当に自分が試されちゃうところがあるからね。
   
森山: Gマーク制度は形の系列なのか、言葉の系列なのか、ものの系列なのか、ことの系列なのか、貼るものなのか、貼らないものなのかということがある。私はわりとはっきり、ことと言葉と価値の共有の体系だと思っているので、Gマークが売れないというようなことが最重要課題だとは思えない。そうすると、細かいことでどうしたらいいかということは、ちょっと整理がつくと思っているんです。
   
川崎: 最後になりますが、去年はメディアデザイン賞をつくって、その賞をテレビ番組に差し上げた。今年はもっと広がると思っているわけです。僕が審査委員長のときだけではできないかもしれないことですが、デザインを拡大解釈していきたいと思っているんです。それは自分がデザイナーだから、デザインに対して期待感が山ほどありすぎるからかもしれない。デザインに対しての妄想性が僕にあるのかもしれない。デザインしかないんだという生き方ですからね。
   
森山: 私にはデザインに対する妄想は全くない(笑)。
   
川崎: 逆に、僕はデザインに対する妄想しかない(笑)。
両方とも妄想だけでは駄目ですから、よろしくお願いします。
今日は本当にありがとうございました。

(2002年3月8日 名古屋市・千種区の名古屋市立大学芸術工学部にて収録)
   
●森山 明子
武蔵野美術大学 教授
2002年度グッドデザイン賞審査副委員長

●川崎 和男
名古屋市立大学 教授
2002年度グッドデザイン賞審査委員長
   
GD新書「私の選んだ一品」の紹介ページ:
http://www.g-mark.org/library/books/gd001/index.html
武蔵野美術大学 造形学部 デザイン情報学科のHP:
http://www.musabi.ac.jp/d-info/index.htm
名古屋市立大学大学院 芸術工学研究科 川崎和男研究室のHP:
http://www.kz-design.net/