私は文章を仕事にしているけれど、車の専門家でもないのに車の話をしたり、ファッションの専門家でもないのにコレクションで席をもらっている。専門家もコメントをするけれど、でも彼らだけだと意見が特化してしまうからです。包丁とか炊飯器、掃除機は、生活全般からの視点や意見がないと扱いづらいと思いますが、そのジャンルの専門家がたとえいなくても、いいものがあったらきちんと評価しなくてはいけないと思う。ただ、ファッションとか自動車の専門の人は、なかなかそれ以外に目が届きにくい。
そういう中で、多分グッドデザイン賞がその役目を担うのかなと思いますが、グッドデザイン賞というのが何を認めているものかをもっと明確にしたほうが、価値が伝わりやすいと思うんです。このマークがついているからこれはこういう価値があるんだという、アイテムが違っても一つのきちんとした基準に基づいているマークだということが、世間に浸透しているのかどうか、正直言ってわからない。また、もう一つ疑問なのは、応募制度という仕組みについてです。応募しないとあげられないということだと、本当は賞をあげたいけれど、応募がないからあげられないというものがどうしても出てくる。
人は成長していく、年齢が上がっていくごとにライフスタイルも変わってくると思うし、当然人間関係も変わったり、 生活環境も変わったり、収入が変わってくることに合わせて、モノ選びも変化していくと思うんです。甘糟さんは、モノと自分との関係と、自分と人との関係は連関性がありますか?
今日この対談の会場に来る途中、グッドデザイン賞の2次審査のための搬入現場を通ってきたんですが、このGマークに対して、ものすごく沢山の人のエネルギーとか労力が注がれているかがよくわかりましたし、この制度を続けていく存在意義みたいなものをすごく感じることができました。どうもありがとうございました。