川崎和男 対談バックナンバー

KAZUO'S VOICE
 


大倉: 創立50周年が間近に控えていますし、私はJIDAも全面的に変革が必要な時期を迎えていると思っています。たとえば、ご承知のようにICSID(世界インダストリアルデザイン団体協議会)も、名称から「インダストリアル」を取りたいということで、今度のソウルの総会でこの案が議決される運びとなることと思います。JIDAとしても、前々からID(インダストリアルデザイン)の「I」をインタラクティブなど、インダストリアル以外の言葉に変えたらどうかという話もあったぐらいで、意識として強くあることは事実です。ただ、ICSIDからそういう話が出てきたり、急速に変化しようとしている国際的な動きは実感していますが、個人的には、この「インダストリアル」という言葉を「工業」と捉えると明らかに前近代的だけど、「産業」という捉え方をすれば、まだまだ使えるかもしれないという見方もあって、インダストリアルという用語に対しては否定的ではなかったんです。しかし同時に、インダストリアルデザインという言葉に形式としてしがみつきすぎるのもやはり問題かなという感じも出てきて迷っています。川崎さんは、はやばやとインダストリアルとはいわなくなったとおっしゃっていますが、私は立場上、インダストリアルデザイナーの職能団体の50年の思いを尊重する立場にいますので、その決断については相当の熟考・熟慮が必要だと思っています。

会員の意識改革も課題になっていることも含めて、人間の意識はそんなに急には変わらないから、なぜインダストリアルデザインを変えるのかという抵抗勢力があるとしても、むげにだめだとは言えない。そのあたりでいま悩んでいます。また、JIDAは経済産業省の認可団体ですから、動かすこと自体、役所の認可事項になるので簡単にはいきません。まずは総会で議決して、経済産業省に働きかけるということになるんでしょうが、その前にもっとやることがあり、創立50周年という節目は、そのいいきっかけになると思っています。

もう一つのGマークの話ですが、私もここ10年ほど審査から離れていますから、いまどうなっているかを知っているとは言えない。しかし、私が知りうる範囲では、ある意味で非常にいいことをやっておられると感じています。特に川崎さんになられてから、重要なメッセージを出されていますし、川崎さんのすごく変えたいという意欲を感じますので、そこにはすごく共感できるし、私と同じことを言っているのかなという感じもしていて、頑張って欲しいと感じています。

しかし、知らないながらも少しは意見があります。一つの問題は、川崎さんのメッセージが基本的に言葉をベースにしていることです。デザインを言葉で語ろうとしている部分に、矛盾とは言わないけれども、難しさがあるのではないでしょうか。川崎さんの言葉は、ある意味では難しい部分とわかりやすい部分もありますが、難しいところになると、言葉の遊戯とは言わないけれども言葉でデザインを丸め込みすぎているという感じがちょっとしています。それはいいんですが、デザインは言葉だけではないというところがあるものですから、そこをどういうふうに乗り越えていくかが課題になるでしょう。

また、これはわれわれ社団の問題と同じですが、デザインの理念が実際に広がってきたのはいいけれども一段と茫漠としてきている。インタラクティブでもサステイナブルでも何でもいいのですが、われわれがプロフェッショナルとしてやっている中でもデザイナーの能力でどこまで対応できるのかというと、かなり疑わしい面がある。同業を見ていても、この人にデザインをやらせてもいいのかなという人がいるわけです。ただ、広くあまねくデザインを理解するという観点からは、そういう人もまたデザイナーだということもあります。だから、専門性、プロフェッショナル性と、一般化という問題の自己矛盾があると思うんです。

そういう中で、Gマークの審査をどうするかというのは大きな課題です。審査については私の体験からしても、どこかで腹をくくってこうしようと決めなければならない。そういう決断がどういうレベルの決断なのかということは、いつも付いて回る。そのときにさっき申し上げたプロフェッショナル、レベルの高さは、一方で科学であり、片方で感性の問題でもある。そこにある種の政治的判断も加わってくる話だから、どういう仕切りをするか、なかなか難しいだろうなと思っています。

言えることは、川崎さんのやり方そのことに対して疑義を呈するというよりも、難しいことを承知でやられているのだから、そこを乗り越えていこうとする心がかなりあるだろうなということなんです。一方そこが、どう説明してもつつかれやすいところでもある。こんなところが私のファーストメッセージです。

   
川崎: インダストリアルという言葉に関しては、冗談では、「産業デザイン」というより「勤勉デザイン」という言い方もしていました。が、資本主義経済社会の中における「インダストリアリズム」そのものが経済の論理や政治の論理、ある言い方をすると制度の論理の中で先行きを失っている。そういう意味で、インダストリアルデザイナーの根本の原則である理念としての「インダストリアリズムに関する論議」が、はたして職能団体の中でやっていける能力集団なのかという疑問点があったんです。それで、JIDA脱会を申し出しましたよね。そして脱会届けは理事長預かりにしていただいていました。
それが今年度になって、グッドデザインの審査委員長にと言われました。大倉さんが職能団体の革新をやろうしている気持ちと同じように、僕も制度としてのグッドデザインは、プロフェッショナルのまなざしで見ていくということと、ポリティカルな部分も見ていかなければいけないし、21世紀のあり方の中で、願わくばインダストリアルデザイン、グラフィックデザイン、クラフトデザインというものを統合化して考えていきたい。そういう意味では、Gマークという制度を利用してデザインの革新ができるのではないかと考えて、審査委員長を引き受けたわけです。今は、まだJIDAの会員です。

そういう中で、建築・環境デザイン部門、新領域デザイン部門、そして商品デザイン部門に加えて、今年はコミュニケーションデザイン部門を作ってグラフィックを入れたわけです。このグラフィックとは、たとえばポスターといったペーパーにプリントされたグラフィックを扱うというのではなく、ホームページなどのデジタルコンテンツの部分が入ること、それからインダストリアルデザイン自体にも、液晶表示のインターフェイスなどを通してのコミュニケーションという切り口を立てれば、それはプロダクトが扱おうが、グラフィックが扱おうが、もはや一緒ではないか。そういうことから、統合化ということを考えているわけです。

そう考えていくと、職能団体としての分断されている統合化もそろそろ視野に入れておいても良いのではないかという思いもありましたし、それを外側の制度、すなわちGマークで包み込むことはできないかという思いが強くあります。この対談の冒頭で、僕が「個人的に発言」してくださいという話をしたのも、何でも多数決で決めなければいけないとか、理事長裁断、あるいは委員長裁断ということを若干過激にやると、全体主義やファシズムに見られたりするという、20世紀の非常に厄介な問題を日本の社会はいまだに引きずっている部分があるからです。でも、リーダーシップ論でいけば、リーダーになった人間が裁断して、意思決定をはっきりするのは当たり前で、これがきちんとやれている企業は、全部成功しているわけです。

僕はまだ、Gマークでできるのは、デザイン振興であると思っています。Gマークに選ばれなかったものに関しては、インハウスのデザイナーの人たちから必ず反論が来ますが、それに答えるときにはどうしても言葉になるので、その反論に答えられないような審査委員は入れたくない。だから言葉の論理性もきちんと持っていることがプロフェッショナル性のある審査委員だと思っています。そういう面でいくと、いまJIDAが抱えている問題も、Gマークが抱えている問題も、新世紀をつくっていくうえでは同根にあるような気がしているんです。

   
大倉: 同感ですね。議論というのは対立したほうがおもしろいんですが、川崎さんと話すとそうならないので困ります。ただ、川崎さんがおっしゃった中で、本当に難しいと感じている点があって、それはこうした問題を必死で考えている人が少ないのではないかということです。私は考えている、川崎さんも考えている、そういう意味で同じだと思うんですが、みんな必死で考えていると言えるのか。つまりデザインの21世紀は、出発点は非常に低迷して、理念的にも、バイタリティとしても落ちきったところからスタートせざるをえないという印象を持っています。そういう中で非常に重要な問題は、川崎さんが言われたリーダーシップです。いま日本にとってリーダーシップが重要なテーマになっていると思います。ただ、何らかのかたちで、どうしても手続き論、あるいは状況認識論、客観主義の亡霊みたいなものが蔓延していて、みんなが納得しないと次へ進めないようなことが起きている。そういう状況は、Gマークも、JIDAも超えて、デザイン界全体のこれからの人たちにとって大きな壁になっているんですね。

日本人のメンタリティ、ものの考え方の縮図はデザイナー団体の会員の中にも当然あります。つまり、基本的にはみんな付和雷同型で、こちらにパワーがあると認めざるを得ない所には寄ってくる。こんなレベルではいけない。だから、デザイナー自身のものの考え方、あるいは心のあり方も問うべきところにきているなと思っていて、腹が据われば、打って出ることになるけれども、川崎さんが1人でやっても、私が1人でやってもだめなんです。

そこのところをわれわれが生きているうちに一つ越えたいわけです。50年代、60年代のデザインの勃興期に、われわれは職業としては鉱脈を探り当てたと思って、この世界に入りました。私はデザイナーになって本当によかったと思って、将来どんなことがあっても戦うぞという意識でやってきた。でも周りを見たら、私と年代の近い人たちは疲れ切ってしまっている人が多いし、年代の若い人たちに、われわれが持っていた、あの輝かしい思いはなくなって、敷かれたレールの上を走っているような感じがある。われわれほど熱意を持っていないような感じがある。さて、どうするかということですよ。

   
川崎: 僕は査委委員の中で、「50歳定年説」を発言してきた人間ですので、自分自身が50代になったら審査委員を離れようと思っていました。ところが後ろを見てみたら、若手が全然育ってきていない。今回も若手のGマークの審査委員を選ぼうと思ったら、インテリア、建築、グラフィックには、ジャーナリズムに取り上げられている若手が大勢いるんです。ところがインダストリアルデザイナーに関しては、ほとんどがインハウスですし、いないんです。この職業は人気殺到という時期もありましたが、現在では、プロダクトデザイン、インダストリアルデザインは、若い男の子があまり目指していない職業になってしまっているんですね。

中国やマレーシアを見ると、職能、プロとしてかなり魅力があるから、若者の憧れの職業になっているのに、日本に関して言うと全く憧れの職業になっていない。これも実は、僕らよりちょっと上の世代が、食い逃げをしているような気がします。それはある一部の人ですが、食い逃げをしてもらっては困ると思っているんです。もちろんJIDAの理事の中には、食い逃げはしない、最後まで頑張るとおっしゃる先輩方もいらっしゃいます。

>企業も企業で、いちばん厳しい時期にこそ、デザイン部門を拡大しなければいけないのに、そうはなっていない。こんなことをやっていたら、貿易立国である日本の商品の顔をつくっていくいちばんの源である職能人が育ってこない可能性がある。こういう大きな問題を抱え込んでいて、その部分でわれわれは多くの経験を持った職能人として、次の世代の人たちに、こうなってくれよというメッセージを出さなければいけないだろうと考えるわけです。

大倉:いまは冬の時代です。非常にいい上げ潮の時期はたしかにありましたが、そういうときにある意味ではおごっていたのかもしれませんね。つまりバブルがはじけて、産業としてデザインの力が評価されていないことがわかったときは、すでに手遅れだったわけです。資産をつくれるときにつくらないで、金がなくなってから、はたと困るという話です。

その前に言えることは、特に最近のように、デザインが情報化し、インタラクティブだ、サステイナブルだ、ユニバーサルだと、考えるべき問題が山積していますが、こういうものも直感的に感性的なレベルで嗅覚を働かせればやれる部分でもあるでしょう。ところが能力として、まず嗅覚があるとともに、一種の錬成、それをものに練り上げていく、あるいは空間を練り上げていく力が必要なわけです。そうした多面的な能力をデザイナーは必要としていますが、それができない人が多い。そのバランスを取るのがデザインでもあるけれども、それがまた難しいわけです。それほど多面の能力を必要するものを総合だというわけで、昔からデザインは総合だといっていますが、総合をやれる能力のある人間がデザイナーになっているかという問題には、だれも答えていないんです。

デザイナーのプロフェッションといっても、何をもってプロフェッションとするかという問題もあります。専門分化の尻尾がくっついている人たちが多いから、狭い専門のプロだと言っている人もたくさんいるわけです。

私はJIDAの中にいても思うし、グッドデザインの審査もそうですが、これから本当にそのことを考えなければいけない。それが教育のシステムに「総合」という概念を反映できなかった理由だと思うんです。全部見えれば、教育はこうあるべきだということがもう少しできたと思いますが、食えないから何とかしがみついて先生になったような人が少なくない。どの世界にも当てはまることですが、その世界が要求する一つの指針なり、方向づけがあって、その構成要員は成功するためにその世界の要求値に合わせていくわけです。たとえば論文をいくつ書いたかによって評価が定まるみたいなことです。ところが、いちばん最高のデザインの判断というのは、そういう問題ではなく、この国のいま置かれている状況から見るとデザインは非常に重要だけれども、後進国型ではない新しいデザインのテーゼなり、プレゼンテーションなりができるということがあるじゃないですか。しかし見ていると、それがほとんどできない。このあたりからいって難しいと思う。

なおかつ、それが無理だったのは、日本の高度成長期の中で大学を出てインハウスデザイナーになった人たちは、あるところで洗脳されましたよね。会社に入ったら、会社の流れに乗っていかないと、自分の居場所がなくなる。その居場所というのは、従業員として一つの歯車になっていくことであって、会社側から視てデザインのプロフェッションという本質が問われていたわけではなかったんです。そういう人たちが50、60になって、ある組織の中で枢要な地位を占めてこられた。ところが、個人としての本来のデザインプロフェッションのあるべき姿として、自分たちはいま何の布石をしていかなければいけないということまで戦略的に考えていた人はそんなにいなかっただろう。これはJIDAの問題でもありますが、日本のデザイン界全体の問題です。

いまデザイナーが抱えている問題は、そういうところまで遡ってしまうんです。スポイルされた中で育てられて、さあ、自由にやりなさいよと言われても、いまこそデザインの時代なのに、それに対する提案ができる人がほとんどいないのが現状です。残念だけれども、非常に構造的な問題があって、そこまで遡って考えないといけない。私は最近、日本のデザイン発祥、昭和25、6年まで遡って、ものを考え直してみる必要があると思っています。

川崎:もう間もなく、デザイナー資格制度は職能団体にとっても大きな問題になってくると思います。ただここがまた問題で、だれがその資格を認めるんだという話になりますし、そこでまたいろいろなお金の動きだとか、権力闘争とかが出てくるはずです。それらも引っくるめて、それは俺がやるんだ、俺がリーダーシップを取るんだという人が非常に求められています。私もリーダーシップをとると明言するつもりです。

   
大倉: よくわかります。最終的には個人の能力や力量ということになりますが、川崎さんには、すごいな、よくやるなと思っている部分があります。私はイタリアに10年いて、自分の言いたいことを主張していくとそれが認められる社会から、日本に帰ってきて、いろいろ大失敗しています。その中でつくづく教わったのは、だれを祭り上げるかということに関して、日本独特の作法があるということでした。それはグループに推されて長になるという人でないと集団はまとまらない。背景が無く俺がなるというと、まず反発が多くてうまくいかない。そういう中で、川崎さんのいま言った主張は、日本的ではないやり方です。それが通っているのは、やっぱり川崎さんだからですよ。個人の能力・資質があると思う。

ただ、日本人は感度、感覚的には非常に良いものを持っていると思うんです。いま日本は変わらなければいけないとみんな感じています。しかしリーダーシップの問題がまさしくそうだけれども、だれがやるのか、だれに任せるかということになると、方法論がない。そういう意識が熟成されていないときに「俺がやる」と言っても成功しないだろうと思っています。JIDAでも、私が理事長になって変えようという話をしていて、これで2期目です。完全に大きな体質改善をしたいという気持ちではいます。しかし、過去10年、20年は、たしかに大きな体質変換なくきていると思いますから、2年やそこらで変わるものではない。なおかつ私は、俺がやるから、全部ついてこいということではなく、調和型で始めたものですから、底辺から徐々に変化が出てきていると思う。今年は外に向かっても、もう少しアグレッシブにいきたいと思いますが、これは序段です。緒についただけという感じがしています。個々人自らが変わって周りに示さないことには、変革のしようがない。そういう感じはしています。しかし、これで生きていける時代に人心はそう簡単に変わるわけではないとも思っています。

また、若い人はノンポリで、こちらから何かやらないかと言っても、「いいですよ、私は」というムードがある。つまりそれほど抱えている荷が重いということなんですよね。改革に対して打つべき手が一つや二つでは、とても足りない。それこそ10、20の布石をもって、やっていかなければなりませんから、それこそ能力の問題もある。それに対して、若い人が直感的にわかったとしても、そんな荷の重いことはと思うのも無理はないし、デザインに対する思いが弱くなっていることもあると思うので、これもなんとかしていきたい。

   
川崎: この間、Gマークの全体会議をやったときに、自分の審査方針を話したんです。そのときに反発してきた若手がいます。この若手がいる限り、僕は大丈夫だなという感じがしたんです。この連中に火をつけていけばいい。期待しているんです。
   
大倉: 21世紀になったのをきっかけに、デザインについて検証する時期に入ったということは言えます。私も資格と認証は重要な問題だと思います。しかも日本みたいな国だからというところもあるんですが、悪法も法だということがあるから、何か必要だなとは思っています。そういうものがないと食えないという人たちのことは、どう判断するのか。逆にそういうものがあることによって、一般市民、消費者がデザイナーに安心して任せられるという気になるのなら、やはり必要かなという気もします。どういうものを資格の条件にするか、認証の条件にするかといったことは、また大きな議論になるでしょう。
   
川崎: そういう意味で、21世紀のデザインを制度として見た制度論の中で、「インダストリアリズム」を検証して、職能を考えていく。その中でグッドデザインがどんなかたちになっていくのか。今年見ていただきたいのは、金賞、大賞をどう決めていくかというところです。僕は制度化して、イベント化されて、民営化されたということに関して、Gマーク制度の中にいながらも、多少疑問点を持っています。それをいくつか明らかにできたとしたら、JIDAの方々にも、そういうGマークならOKだなと言っていただけるのではないかと願っています。それを目指したいと思います。
   
大倉: そうですね。それはぜひ期待しています。川崎さんならできるのではないかと思うので、俺にやらせろという気持ちでやってください。
   
川崎: わかりました。
本日はお忙しいところをありがとうございました。

(2001年7月17日 東京・品川区の東京デザインセンターにて収録)
   
  ●大倉 冨美雄
(社)日本インダストリアルデザイナー協会 理事長
静岡文化芸術大学 教授
大倉冨美雄デザイン事務所所長

●川崎和男
名古屋市立大学 教授
2001年度グッドデザイン賞審査委員長
   
  (社)日本インダストリアルデザイナー協会(JIDA)のHP:
http://www.jida.or.jp
  名古屋市立大学大学院 芸術工学研究科 川崎和男研究室のHP:
http://www.kz-design.net/