川崎和男 対談バックナンバー

KAZUO'S VOICE
 

川崎: Gマークが付いたからといって必ずしも商業的なヒットにはつながらないという批判がいつもありますが、僕は実践派のデザイナーとして、もっと根本的なところでデザインとは何か、さらにそのうえでグッドデザインとは何かということを、形態、機能、社会的な存在意義という全体性から捉えて考えていきたいと考えています。モノの形は、いまやハードウェアだけでなくソフトウェア一体になってきています。建築や施設も、単に良い建築ということではなく、使い勝手や周辺の環境との関係性なども含めたGマークというものがある。さらに今年度は、商品やサービスなどのセールスプロモーション活動や企業・自治体などが行うパブリックリレーション活動などを対象とするコミュニケーションデザイン部門も設立しました。これら、インダストリアルデザイン、建築・環境デザイン、コミュニケーションデザインといった分野を統合したかたちで考えていくということを、今年のGマークではやっていきいたいと考えています。

中村先生の『かたちのオディッセイ』(中村雄二郎 岩波書店 2000年)は僕の教科書になっていますが、形態、ゲーテ以来のモルフォロジーから、21世紀のモルフォロジーがどう進んでいくのか、企業側も暗中模索の状況だと思いますので、このあたりで、今年Gマークに出てくるもので大きな変化があってほしいと切望しています。
   
中村: もちろんGマークは商品としての価値という問題もあるし、使う人たちにアピールするということもあるし、社会的効用もあるのかもしれない。ただ、あまり社会的効用や環境ということを前に出さないで、とにかく魅力のあるもの、パワーがあるものを押し出していくということが、デザインにとって大事ではないかと思います。すべてのデザインは世界デザインだというくらいのつもりでやっていく。もちろん個々のデザインがそれだけのパワーを持たなければいけませんが、それだけではなく、建築にしても都市にしても当然デザインが関わりますよね。あまり狭い範囲に決めないで、もう一回殻を破ってデザインを考えるという方向を、もう少し強く出したほうがいいのではないかという気がします。
   
川崎: 世界の先進国家にはグッドデザイン制度やグッドデザイン賞があります。前任の中西委員長は「ワールドグッドデザイン」というウェブサイトを開いて、日本が世界中にグッドデザインを発信するという活動を「Good Design is Good Business.」という言葉でまとめられました。僕は、それはある意味で20世紀のグッドデザインの儀式的なもののまとめだったと位置づけています。今年から僕は、儀式に対する祝祭性を持ってきて、祝祭の前夜祭という位置づけでグッドデザイン賞を語ろうとしています。が、この位置づけで語ろうとするときに、どうしても気になる20世紀に解決できなかった難問があります。1970年代に、グッドデザインとは何かというときに突きつけられた問題です。たとえば軍事ミサイルの形と通信衛星を飛ばすロケットの形は同様で、空を飛んでいくということに関しては、非常に機能的な美しさがある形態です。最後の目的のところで、一方は戦争で使うもの、もう一方はネットワークの道具になってきますが、そこがデザインにとっては何がグッドデザインかというアポリアとして放置されてきた。これを日本を含め先進国家は避けて通り過ぎてしまいましたが、そうではなく、日本から逆にその回答を掲げてみたい。これは日本の政治体制とも絡んでくると思います。たとえば災害救助用のものはグッドデザインの対象になるでしょうが、それは軍事的なかたちをしている。前任の中西委員長もいわれていますが、ジープは非常に優れた機能美を持っているけれども、使われる目的は戦争だった。でもそれをスポーツビークルというかたちに置き換えると、非常に平和的なものになるわけです。いまのコンピューターや通信機器も、ある見方をすると軍事用品に変わってしまう。こうした20世紀の負の遺産として解決できなかった暴力性や悪、それらに対してデザイナーも意識を高めていくべきではないかと思うんです。

僕は、「21世紀 Good Design 宣言」(http://www.g-mark.org/howto/iintyou00.html)でも触れているのですが、前回中村先生の講義を受けたときに、アイデンティティという言葉について、日本語で「かけがえのなさ」ということであると教えていただきました。それをもとに、われわれの生活の中でかけがえのないものを演出してくれる、「かけがえのないもの」「かけがえのない働きがい」「生きがいを支援してくれるモノやコト」の体系がグッドデザインではないかという仮説を掲げたんです。その対極にある軍事用品などの形態論も視野に入れてみたいと考えています。
   
中村: いまグローバリゼーションがはやり言葉として通用していますが、あれもよく考えてみないとわからないところもあるし、また必ずしもみんなが同じように考えているわけではない。グローバリゼーションも、たとえばアメリカ化ということで捉えるなら簡単ですが、そうではなくていわゆる先進国、後進国という区別をしないで、本当の意味でグローバル化するにはどうしたら良いかとなると、大変難しい問題になってしまう。
ことに最近、アジア諸国がいままでにない発言権を持ち始めました。しかしアジア諸国は発言権は持っているけれども、国際ルールに則った発言がなかなかしにくいし、またそういう経験がない。そのときにある意味では日本の役割は非常に大きいのではないかという感じがします。

一時期、東洋趣味のようなものが世界的にあって、その中で日本に対する関心もあったけれども、いまはちょっと違う。それは一つには、欧米の原理そのものが自信喪失してきたのではないかという気がします。たしかにいままでの欧米の原理は非常に通用しやすく説得力もあったけれども、しかしそれは単純化して言えば、英語圏で通用していただけで、しかも本当の意味では相手は必ずしも承服していないことが多かった。そういうことへの疑問が欧米の人たちの間にも出てきたようですね。そういうことも、先ほどのような話とリンクすれば、また新しい展望が開けるかなと思いました。
   
川崎: ドイツにはiF賞という日本のグッドデザインに当たる、世界的に伝統のある賞があります。それがハノーバーのセビット(CeBit:http://www.cebit.de/)という見本市とうまく調和させて、実にうまいグッドデザインの選び方をしています。iF賞を取ったものには当然iF賞のエンブレムが付いていますし、ヨーロッパの店へ行くとiF賞を取ったものは一つのブランドになっています。
セビットには、拳銃なども出展されてきますが、それらはiF賞の対象外、枠外にされています。拳銃は人を殺すものですが、通信機器なども人のプライバシーにどんどん付け入っていくものがずいぶん出てきている。そういうことに関してはどうなんだということで、ある意味でデザインを信用していない思想家たちからは突っ込まれているわけです。これに対してデザイナーが答えていく義務があると思います。われわれは、ものを使っていく最終目標が楽しさであり、かけがえのない一生を送っていくためのものがグッドデザインだということをもう少し論理的に語って、それに基づいた美しい形でいいんじゃないかという割り切りを、何とか日本から発信したいという感じです。
   
中村: つまり拳銃は人を殺すからいけないということももちろんありますが、それよりも自分はそういうものを使わない、自分はそういうものを特別扱いしないという、最終的には個々人の態度になると思います。そこですごく難しいのは、在来の言葉でいえば、アジアの思想や宗教はわりに寛容で、どちらかといえばだらしがない。それがどこまで責任感を持った共通のルール上でできるかどうかというのは、すごく大きな問題です。ただそれは上から押しつけてもいけないし、本当のことをいえば、そういうものの基礎になるものがデザインにあると非常にいいですね。
   
川崎: デザインという職能は、20世紀、ロシア革命以後あたりから出てきて、バウハウスの時代があって、アメリカの大量生産・大量消費に結びついた。世界の歴史の中でみれば、第二次世界大戦後の経済戦争の中で、デザインは欲望の消費、要するに欲望を刺激する職能として位置づけられてきたところがあります。

でも、インハウスデザイナーにしても、本当はそんなことは考えていなくて、みんな美しい形をつくりたいと思っている。その純粋さはすごくあると思います。しかし、経済活動と結びつくと、日本のデザイン業そのものが非常に不況になっています。インハウスといえども大企業のデザイン部門が縮小されたりして、経営者にとっては、デザインは売るための手段でしかない。そうすると、現場で一生懸命デザインをやっている若い人たちの、美しいもの、もうちょっと日常的な言い方をすると「かっこいい」ものを世の中に出したいという気持ちが、経済でガーンと押さえつけられてしまう。結局、どこもかしこも秋葉原の店頭でいかに目立つかということで進められてしまうと、デザインの本来持っている美しさ、古いと民芸のよさのような歴史のコンテクストみたいなものが、経済戦争によってかき消されてしまう。グローバリゼーションといいながらも、経済はブロック化し、さらに熾烈な競争社会に移りつつありますから、いまインハウスデザイナーは非常に苦しんでいると思います。

それをバックアップできるようなグッドデザインの制度とは何なのか。制度論で考えたときには、これは罰する制度ではなく褒賞してあげる制度なので、加点法で、「ここはいいね、ここが生活に入ってくれば日本の町はもっと住みやすくなるし、みんな生きがいも働きがいも感じるだろう」というかたちで評価していく。
21世紀になったのに新世紀になったという実感がまだ誰にもない。そこでデザイナーとしては、モノを通してそうした実感をつくっていきたい。日本の工業デザイナーたち、グラフィックデザイナーたち、インテリアデザイナーたち、建築家たちは、みんな純粋にそこを狙っていると思いますが、それを何とかこの制度で支えられたらという気がしています。
   
中村: いままで制度は何でも悪人にされていたところがあったけれども、最近、それは使う側の問題であって、制度そのものがいい悪いという議論は成り立たないということが多少世の中に広まってきたようなので、それはとてもいいと思います。ことにグッドデザインは、制度には違いないけれども、単に狭い法律の制度とは違って、それ自身が夢を育むような性格を持っているので、グッドデザインの可能性をどこまで伸ばせるか、どこまでデザイナーの人たちに夢を与えるかというところは、できる限りのことをやるのが一番大事な点ではないですか。
   
川崎: インダストリアルデザインの場合、かつてはハードウェアの設計が中心だったのですが、いまはGUIなどインターフェイスが占める割合が大きくなってきました。僕らの学生時代にはマン-マシン-システムと習ったんですが、いまはマン-マシン-インターフェイス-システムということです。グッドデザインの中でもインタラクションデザイン賞、エコロジーデザイン賞、ユニバーサルデザイン賞などをつくってきたのですが、これらを選ぶときの基準が非常に複雑化してきています。
ハードウェアだけなら理解しやすいのですが、そこにソフトウェアの問題が絡んでくると理解することが非常に大変になる。いま企業でも、プロダクトデザイン、インターフェイスデザイン、コミュニケーションデザインをどうしていくか、デザインチーム編成をするときに、どうやってインターフェイスの設計をやったらいいのだろうかという悩みを抱えています。Gマークもそれを取り入れて評価するときに、インターフェイスの評価基準をどうもっていくかということで、民営化されてから議論を相当に尽くしているところです。
エコロジーデザインの問題でも、たとえばブランドものでも、革製品をつくっている古典的なフランスのエルメスやイタリアのグッチでは、2050年くらいから動物のいい皮が取れなくなると言われ始めているくらい、地球環境が傷んできています。僕らデザイナーも新素材が出ると使ってみたくなるのですが、あまり安易にそれをやってしまうと何年か経って廃棄したときに大変な問題が出てくる。環境ホルモンの問題なども出てくる。いまデザイナーたちは素材、特にプラスチックなどを使うときに、みんなかなり慎重に選んでいますが、これもデザインをやっていくうえで非常に大きな問題になってきていると思います。
   
中村: いまおっしゃった問題として、これまではインターネットを速くしなければいけない、普及しなければいけないという方向だけで進んできたのですが、振り返ってみると積み残しが非常にたくさんある。私は在来からそういう見方が強いのですが、ある程度世界的な様子を見ていると、日本はやるときはすごく早いけれども、肝心なことの積み残しが非常に多いのではないか。それによって、ある時期になると、いろいろな点で愕然とするようなことが起きたりしますよね。そういうことが起きないようにするためにも、せめてデザインの領域くらいは、ほかの領域をリードする見通しが立つようなやり方になっていないといけない。そうでないと、デザイナーの方々のやりがいもないだろうし、それだけではなく、基礎そのものが危うくなるのではないですか。
   
川崎: いま自分の仕事一つを取ってみても、特にコンピューター関連のハードウェアの設計では、使い勝手の部分のインターフェイスがかなり大きな割合を占めています。特に日本は携帯電話の技術の発展がものすごいですね。その中で去年iモードがビジネスモデルとして出てきて、日本がこれから発信していくうえでは非常にいいものだということになっています。
それを見ていて僕が思うのは、いずれこれも日本の技術が勝ってしまうのだろう。重さ一つを取ってみても、向こうのものはごつくて重い。日本のものは60gを割ってしまうくらいです。そしてiモードにしても、非常に日本人らしいきめ細かいインターフェイス、使い勝手になっている。でも、逆にいうとそれが使えるのは女子高生だけで、中年の人たちにはこんなに使いづらいものはないということがあるし、一部の有識者からは携帯電話ほど世の中を悪くしているものはないという批判もあります。ある調査では、いま一番必要なものは携帯電話だという結果があります。ところが一方で、いま一番不必要なものも携帯電話だということで、すごく矛盾している。これはワープロが出てきたときとよく似ているんです。
   
中村: 最近ある年代以上の人たち、ことにかなりの識見のある人たちが、口を合わせているようにさえ見えるけれども、携帯電話は無用だ、害をなすということを言い始めているでしょう。新しいものが出てきたときにはたいがいそういうことを言う人が出てくるので、そのこと自体はあまり気にすることはないと思います。ただ本当にどこが具合が悪いのか、どういう弊害を起こすのかということだけはきちんと押さえておかないと、あとになって取り返しがつかなくなるようなことが出てきそうですね。
   
川崎: Gマークの新領域デザイン部門では、商品ではなく大学の研究室で開発しているもの、大学で工学的な研究をやっているものにデザインが加わるとビジネスになる、あるいは日本が貿易国家としてさらに発展していくために、日本から海外へ発信していける非常にいいケースになるというものを受け止めていこうとしています。ここはGマークが、ある言い方をすれば日本の国家戦略を引っ張っていくものになるでしょう。
さらに、いま、若いデザイナーたちは情報家電的なところで、携帯電話一つ持っていれば、たとえばカルテがそこに入っていて自分の病気の管理ができるとか、道ばたで倒れてもすぐにGPSで検知して救急車がかけつけてくれるとか、意欲的な作品をコンペなどでもどんどん提案していますが、それがなかなか商品化されてこない。そういう若い人たちが描いている夢みたいなものの受け皿となること。若い人たちにGマークを狙ってもらって、アドバンスデザインと呼ばれるものもGマークで引き受けて、Gマークを受けたのだから企業側も商品として世の中に広めてほしいという仕掛けも今年から実行したい。前任の中西委員長がいるときにつくられた新領域デザイン部門を、そういう方向でも発展させていきたいと思っています。

最後になりますが、20世紀では1915年くらいからデザインの発展に拍車がかかってくるんですが、今世紀も現在はぼちぼちだけれど、2010年あたりから拍車がかかるだろうと想像しているんです。その機までに、グッドデザインは新たな審査基準をどのように整え、どこに向けていくのか。一つはアジア型中心で、日本のアレンジメント性などの中で、アジアの代表格、工業先進国としての日本独自の力量をグッドデザインで示していく。世界に「アジアはこうだよ、日本はこのようにグッドデザインを提示したよ」ということを発信して、指導力を持ってやっていきたいと思っています。日本はそれだけのメーカーの力やデザインの歴史性を十分持っているんですが、政治的経済的にもふらついていて、足もとはふらふらなんです。これはデザイン界もそのまま引き受けているので、逆にデザインが先導役となって、ここからなんとか抜け出していきたいと考えています。
本日はお忙しいところありがとうございました。

(2001年3月23日 東京・港区の日本産業デザイン振興会 会議室にて収録)
   
  ●中村雄二郎
哲学者・明治大学名誉教授
グッドデザイン賞審議委員

●川崎和男
名古屋市立大学 教授
2001年度グッドデザイン賞審査委員長
   
  川崎和男氏による「21世紀 Good Design 宣言」:
http://www.g-mark.org/howto/iintyou00.html
  WGD(ワールドグッドデザイン)のHP:
http://www.WorldGoodDesign.net/