GOOD DESIGN AWARD

フォーカス・イシュー

グッドデザイン賞から見えてくる12の未来

「フォーカス・イシュー」とデザインの新たな可能性
永井一史(グッドデザイン賞審査委員長)Chairman KAZUFUMI NAGAI
柴田文江(グッドデザイン賞審査副委員長)Vice Chairman FUMIE SHIBATA
永井一史
柴田文江

日本の社会、産業や暮らしのあり方が変化を続ける中で、デザインは次の時代を切り拓き、築いていくための、ひとつの推進力であるべきです。そのために、デザインが今日の社会でどのようなことを担っているのか、これからの社会に対してどのようにはたらきかけていくことができるのか、2015年度のグッドデザイン賞ではこのような点を重視しながら審査を進めてきました。
デザインは、20世紀のはじめに誰もが幸福に生きるための思想として基本的な骨格が形成されて以来、その役割を細分化させ、洗練させることで社会における精度を高めてきました。しかし、今ではデザインの役割が社会に新しいソリューションやイノベーションをもたらすことと同義になりつつあり、デザインも高度化し複雑化した社会の課題や要求に向き合い、何らかの提案性を示すことが求められるようになっています。そのため、ものごとの表層面だけでなく、より成り立ちの源流に近い部分で、考え方やコンセプトといった次元にまでデザインが積極的に関わることが増えてきました。
たとえば環境や教育や地域社会など、これまでデザインの関わりが比較的薄かったとされる領域でも、近年ではデザインの果たす役割が大きくなっていることにも、そうしたデザインの向き合う状況の変化が示されています。
今までのデザインがその役目を果たしてきたように、ひとつの美しいものを生み出すことで、私たちの暮らしの質を高めていくこと、新しく生まれてくる産業分野を適正に発展させていくために、新たな技術にふさわしいかたちを与えることは、デザインが今後も変わらずに担っていくべき大切な役割です。それに加えて、デザインが社会の課題や要求をこれまで以上に意識するときに重要になるのが、社会のさまざまな事象に対して「デザインとして見立て、デザインを活かしていく」力です。
それは、まだかたちとして完成されていなくても、新しい可能性や潜在力を持ったデザインの芽を育てていくことであり、これまではデザインの枠ではとらえられなかった、社会に遍在するさまざまな取り組みを積極的にデザインの対象としていくことを意味しています。そのために、デザインの考え方や視点・アプローチを、社会に広く活かしていくこと、デザインがさまざまな分野の知見や活動と結びつきながら、社会の変化を促進していくことが必要です。
このような考え方のもと、デザインがこれからの社会と暮らしのかたちを生み出していくプラットフォームとなることを目指して、2015年度のグッドデザイン賞が新たに打ち出したのが、12の「フォーカス・イシュー」です。この「フォーカス・イシュー」とは、社会や私たち一人ひとりが取り組み、解決していかなければならない課題であり、来たる社会でデザインが特に求められるであろうと考えられる領域です。それらに対して、いまデザインが具体的に関与している内容を読み解き、この先にデザインがさらに貢献していく可能性が見出せるのかを掘り下げるとともに、その成果をメッセージとして発信して、デザインを通じたひとつの運動へと発展させていくことが「フォーカス・イシュー」の目的です。
それぞれの「フォーカス・イシュー」に関わりが深い領域の最前線で活動する12名のフォーカス・イシュー・ディレクターは、今回のグッドデザイン賞を受賞したさまざまなデザインに対して、きわめて洞察と示唆に富んだ目を向け、その今日的・未来的な意義を解釈しています。ハードウェアやソフトウェアといったデザインの枠を越えて、一つひとつのイシューの解決に向けてデザインが担いうること、私たちが意識すべきことが提言として示されています。
この「フォーカス・イシュー」を通じて、デザインから見えてくる可能性を社会と共有できるとともに、デザインという概念自体をさらに社会的に一歩前に進められるものと考えています。

デザインに向き合い、デザインから示す
公益財団法人日本デザイン振興会 Japan Institute of Design Promotion

2015年度のグッドデザイン賞は、永井一史審査委員長と柴田文江審査副委員長を中心とする新しい審査体制のもとで、社会におけるデザインのあり方に対してこれまで以上に目を向けてきました。近年顕著になっているデザインが関わる領域の拡がりや、デザインそれ自体の解釈の広がりをふまえた審査を実施するとともに、受賞デザインに込められた意図やそれが指し示すものを理解し、社会に対して積極的に発信することが重要であると考え、初めて設けたのが「フォーカス・イシュー」です。
デザインは、私たちが何らかの目的意識に基づいて、現状からの変革を志すときに必ず立ち顕れてくるものであって、デザインの営為こそが社会を前進させるといっても過言ではありません。グッドデザイン賞に参加するきわめて多様なデザインは、それぞれに社会にはたらきかける意志を携えており、それらを的確に読み解くことが何よりも求められました。そのうえで、ともすればプロダクト、建築、ソフトウェア、サービス・・といった範疇内で理解されがちなデザインの価値に対して、ジャンルを横断して通底する骨太な思想・未来に向かう可能性を見出し、さらに伸長させていくことが重要とされました。
「フォーカス・イシュー」はこのような取り組みを推進していくうえで、その求心力の高さによって、私たちがデザインに向き合うための視点を提供するとともに、社会におけるさまざまな事象や人々の関心事とデザインとを結びつける紐帯となっています。そして、「フォーカス・イシュー」の理論的な先導を担う12名のフォーカス・イシュー・ディレクターによる提言は、これからの社会を築いていくためデザインに何かできるのか?という将来像を示しています。
ここから、グッドデザイン賞が来たる2016年度に創設60周年を迎えることもひとつの契機としながら、「フォーカス・イシュー」を通じたデザインからの提言の深化と、さらなる運動の広がりに挑むものです。

フォーカス・イシュー・ディレクター
  • 山崎 亮
  • 羽藤英二
  • 上田壮一
  • 五十嵐太郎
  • 内田毅彦
  • 加藤麻樹
  • 暦本純一
  • 緒方壽人
  • 林 千晶
  • 石戸奈々子
  • ナカムラケンタ
  • 原 研哉
地域社会・ローカリティ Community / Locality
社会教育と学校教育におけるプログラムとデザインの融合
山崎 亮(コミュニティデザイナー)Community Designers RYO YAMAZAKI

多くの方が地域社会やローカリティという言葉から連想するのは、「まちづくり」という言葉に代表される地域社会の再活性化や希薄化したコミュニティの再興だろう。だが、地域社会やローカリティが示す問題の本質は「昔の活気や強いつながりを取り戻そう」ということではない。行政や税制の体制が整ったことにより社会が「生活の個人化」へとシフトした一方で、つながりの希薄化による逆の生きづらさが露呈した現代において、つながりがあり過ぎもせずなさ過ぎもしない「いいあんばいのつながり」と、適切に疎らである「適疎」の状態とはいかなるものかを考えることなのである。このように書くと「コミュニティをいかにして形成するか」というソフトの問題と思われがちだが、コミュニティが機能する空間が新たな活動を生み出すという効果を考えると、ソフトだけではなくハードも踏まえた両輪によるデザインが重要となる。
この前提をもとに地域社会とローカリティの2つの視点から今年のグッドデザイン賞を概観してみたい。「地域社会」は読んで字の如しだが、「ローカリティ」は少々説明が必要だろう。この場合のローカリティは、「地場」とか「産地」というほどの意味である。
まず、地域社会という視点から見ると、地域社会の交流拠点となる施設に秀逸なものが多かった。このことは、地域のつながりがますます希薄化していることを反映しているといえよう。「OTera Cafe」は寺院の空き時間を利用したカフェであり、宗派に関わらず地域の交流拠点となる可能性を持っている。「わかたけの杜」は分棟方式のサービス付き高齢者向け住宅であり、超長寿社会の未来を連想させる地域拠点である。「ひみ漁業交流館 魚々座」は地場産業を知る社会教育施設であり、地域住民と観光客の交流拠点である。また、この事例は大規模なリノベーションによって生み出された施設でもある。
どうも地域社会とリノベーションは相性が良いようだ。地域社会のつながりが希薄化している今、既存の建築物と人々の記憶とのつながりを断つことなく拠点をつくることが重要なのだろう。「シェアビレッジ」は茅葺きの民家を多くの人たちの支援によってリノベーションした事例であり、地域社会の交流拠点はすでに地域社会だけで維持するのが難しくなっていることを示している。その結果、地域社会を超えた広範囲のコミュニティを形成することにつながっている点が興味深い。
ローカリティという視点から見ると、地産地消に関するプロジェクトに優れたものが多かった。食料やエネルギーの地産地消、地域経済の再生など、地域における現代的な課題に対応しているといえよう。地産地消という点では、「みやまスマートコミュニティ」がエネルギーの地産地消に、「京都八百一本館」が京都の都心で野菜の地産地消にそれぞれ取り組んでいる。いずれも多くの人たちに地産地消の重要性を伝える役割を果たしている。
さらに、子どもの頃から地産地消を当たり前のものとするための取り組みとして、「和食給食応援団」の小学生時代から地域ごとの味覚を養う試みや、「地域産材で作る自分で組み立てるつくえ」の、教室で使う机と椅子に地域産材を使い、自ら組み立てて使い、卒業時に持ち帰るという試みが特徴的である。こうした子どもたちが大人になる頃、彼らの判断基準は我々とは違ったものになるのかもしれない。
コミュニティを考える際に「継続性の担保」はひとつの重要な課題となる。例えばソフトとハードが上手く融合して新たなよいコミュニティが形成されたとしても、そのコミュニティの中心メンバーはいずれ歳を取る。また、中心メンバーが固定化されることは新たなしがらみ、つまり「強すぎるつながりによるストレス」を生み出すことにもなり得る。ともすると、その中心メンバーが何らかの理由で去った瞬間にそのコミュニティが機能しなくなることも十分にあり得る。つまり、コミュニティを考える上で必要なのは時代によって人が変わりゆく「流動性」と、その時代の状況に応じて様相を上手く変えられる「可変性」にあるともいえる。上述したグッドデザイン賞の事例を通じて、地域社会やローカリティに関する課題へのひとつのアプローチとして、交流拠点等で行われる社会教育や学校教育のプログラムとデザインの美しい融合による、流動性と可変性を持ち得た継続性の担保が重要になるように考えられた。

社会基盤・モビリティ Infrastructure / Mobility
都市を動かす、地域をつなぐ 社会基盤と都市デザインの新たな潮流
羽藤英二(都市工学研究者)Urban Research Engineer EIJI HATO

2020年に向けて、駅や街路や公共建築だけに限定されないインフラストラクチャーとさまざまなモビリティの外挿によって、東京と地域の風景は大きく引き直されようとしている。都市と地域の中の人々の暮らしや、交流、活動は、こうした風景の変化にどう呼応していくのか、社会基盤とモビリティデザインのこれからについて、今年のグッドデザイン賞から考えてみたい。

東京のモビリティデザイン(エレベーターと水素カー)
2050年になれば、中央リニア新幹線に乗れば山の手線を一周するくらいの時間で6,000万の人が互いに顔を合わすことのできる「拡張都市」東京が出現する。ものごとや情報の移動がさらに高速化する東京は大深度地下駅と地上を結ぶ縦のモビリティデザインを必要としているが、僕らが普段メトロで使う既存のエレベーターはどこか前世紀的だ。だが、2012年のロンドンや2016年のリオは、レジブルロンドンと言われる新たなサインシステムや(かつての東京オリンピックを契機とした)都市大改造のように、都市イメージの更新を目指しているのが特徴だ。無論日本では人口減少は著しい。しかしその一方で世界では2050年に向けて30億人が増加する。これらの時代が交錯する2020年に向けて、今デザインに何ができるかが問われている。こうした視点に立った時、今年の受賞作の中では、滑らかなエレベーターと水素カーの出展が目を引いた。エレベーターは、どこまでも滑らかで、東京の縦の未来的な動線をイメージさせたし、燃料電池の空冷機能をデザインに取り入れ、エネルギー新時代を予感させる「ミライ」は、2020年に新しいエネルギーと移動のかたちを世界にアピールする象徴的なデザインとなるであろう。

ものと地域をつなぐモビリティデザイン(道の駅と農家ロジスティクス)
拡大を続ける東京に対して、人口減少が進む地域はどのように呼応していくことができるだろうか。地方に目を向けたとき、人と人、ものとヒトのつなぎ方に、新たなデザインがあらわれ現れ始めている。例えば、場所とヒトをつなぐ新しい方法論としてUberやAmazonは優れているけれど、こうしたサービスは、日本の優れたモビリティインフラである「宅急便」によってその高度なサービスを提供できているといっていいだろう。一方「道の駅」は、地域の生活インフラとして、地元産品の販売などを通じて地域の暮らしの日常と非日常を結びつける日本独自の仕組みといっていい。
1990年代から画一化が進み、すっかり退屈になった米国のバスディーポ(バスの駅)に比べ、日本の「道の駅」は地域文化継承の場としてとても優れている。道の駅「ソレーネ周南」では、高齢化した農家からの集荷を道の駅へ、さらには各家庭から注文を受け付け配送まで。川に面した道の駅を基盤とした農地から自宅までの地域ロジスティクスの提案は、人口減少が続く地域において、持続可能なモビリティデザインとして高く評価できよう(そもそも道の駅は日本独自のグッドデザインだと考える)。道の駅を社会基盤として十分に活かしきった地域デザインとしての仕組み提案はとても面白いと感じられた。

まちに開くオープンアーキテクチャ(工場をひらく、道の駅)
同じ道の駅でも、工場という産業空間を道の駅というオープンアーキテクチャーとして生まれ変わらせたデザインも面白い。機能だけを詰め込んだ産業建築の代表格である工場は、本来閉じたものであって、個別目的に応じるためだけに作られた建築を社会基盤とは言わないわけだが、町に向かって閉じるように機能的な建築が思い思いにつくられた結果として中心市街地は空洞化し、空き家が増えているのも事実だろう。
そうした建築を地域に対してどのように開いていくのか、地域の文脈を読み解き、地域の社会基盤として建築を再価値化していく可能性が感じられた。街場の工場を生まれ変わらせたリノベーションは、閉じた建築空間を街に開くための新たなインフラストラクチャーデザインといえるのではないだろうか。

モビリティと社会基盤というと硬い感じがするが、グッドデザイン賞の審査会場であった臨海副都心の国際展示場を歩いているうち、硬いものがだんだんやわらかくなって、殻を脱ぎ捨てようとしているような感じがした。もちろん、「マツダ ロードスター」のような本源的移動欲求を刺激するモビリティや、富士重工業「アイサイト」のような安全のデザインも素晴らしかったのだけれど、社会基盤とモビリティのデザインは、都市や地域の人々の暮らしを長い目でみて大きく変えていくものだと思う。
そこに何らかの形を与えることがデザイナーには求められているし、逆にいえば、2015年のグッドデザイン賞に応募された社会基盤とモビリテ ィデザインの作品には、これからの東京と日本の風景を考えるヒントがあるように思った。

地球環境・エネルギー Global environment / Energy
気候変動時代に対応するレジリエントな社会デザインへの期待
上田壮一(クリエイティブディレクター)Creative Director SOICHI UEDA

物質的な豊かさを追求した結果として、気候変動災害、生物多様性の減少、資源の枯渇などが、私たちの生活にも影響する現実的な脅威として、いよいよ実感されるようになってきた。この問題にデザインはどう応えていくのか。目の前の幸せを追求するためだけではなく、長い目で人と自然が共生する社会を築くことに貢献するためのデザイン。つまり何が「これからのグッドデザイン」なのか、特にそれが問われるのが「地球環境・エネルギー」イシューであろう。

気候変動に対応するためには、地球温暖化効果ガスの排出を削減し、吸収源を増やすなどの緩和策と、すでに現実のものとなっている気候災害に対して地域やシステムのレジリエンス(しなやかな強さ)を高めていこうとする適応策がある。レジリエンスは少々わかりにくい概念だが、危機に対してハードウェアでガチガチに固めて防御するのではなく、一部が失われても全機能が停止しないような自立分散型のインフラシステムや、個々人が自ら行動を判断できるデータへのアクセス、緊急時の行動に対する教育・啓発、コミュニティの強化、行政区を越えて連携するネットワークを日頃から準備しておくなど、発災後にしなやかに社会の機能を回復させるためのソーシャル・デザインと言えばよいだろうか。
緩和策については、日本は工場のゼロエミッション化や、省エネ製品開発に代表される先駆的な取り組みを長く続けており、今年も多くの優れた取り組みが受賞している。しかし、適応策を視野に入れたデザインの取り組みはまだ少ないのが現状だ。2015年、遅ればせながら日本でもようやく、適応計画を国が策定することになっており、今後はこの領域のプロジェクトが積極的に計画され、評価されるようになると期待している。

今年のグッドデザイン賞にも、その予潮を感じさせる事例はあった。「みやまスマートコミュニティ」は、2016年度から本格化する電力の小売り自由化にタイミングを合わせ、自治体が自ら出資して地産地消の再生可能エネルギーを売買する会社を作り、新しいまちづくりをしていこうという日本で初めての取り組みだ。街がエネルギーインフラを自前で持つことで、コストから収益への転換がおきる。得た利益は市民と対話しながら、暮らしを良くするために使うことができるため、行政・市民双方の意識が変わる効果がすでに現れているという。
トヨタのFCV「ミライ」は技術革新のみならず、水素社会の実現に向けたインフラも含めたシステムや、新たな社会価値提案が背景にある。しかし化石燃料由来の電気で水素を作るシステムのままでは問題の根源が解決しない。その問題に取り組んだ東芝の「自立型水素エネルギー供給システム」は、水素の生産に再生エネルギーを使うことで、脱化石燃料型の自立分散型エネルギーシステムの提案となっていた。パナソニックの「ソーラーストレージ」はエネルギーを「つかう」だけだった暮らしから「つくる、ためる、つかう」へのシフトを可視化した商品と言える。日常生活に発電装置と蓄電池が普及すれば、災害でインフラを失っても最低限の安心が得られる社会となる。これらを組み合わせて考えれば、レジリエントなエネルギー社会の姿が見えてくる。
ほかにも防災集団移転後のコミュニティを強くする「石巻・川の上プ ロジェクト」や、生物多様性回復をテーマにマンション開発の指針を定めた「BIO NET INTIATIVE(ビオ ネット イニシアティブ)」など、レジリエントな社会構築に結びつく可能性を感じる取り組みは少なからず見られた。
さらに言えば、適応策の最たるものは「教育」だと考えることもできるだろう。地域の人や自然との強いつながりを体感しながら育った子どもたちこそが、将来において地域づくりの担い手となって力を発揮する。その意味で、地域材を使って学校の机を自分で組み立てる内田洋行の「地域産材で作る自分で組み立てるつくえ」や、防災緑地の姿を子どもたち自らが考える「久之浜防災緑地について考えよう」などは目を引く取り組みだった。
環境危機に対応する社会デザインのためには、不確実性も含めた現実への正しい認識と、過去の常識にとらわれず多領域の知見を統合する高度な知恵とセンス、そしてポジティブでクリエイティブな姿勢が必要となる。今回の応募をレビューしながら、まだ数は少ないものの、その知見が少しずつ積み上がっていると感じることができた。

防災・減災・震災復興 Disaster prevention / Disaster reduction / Disaster reconstruction
災害を通じて真価が試されるデザイン
五十嵐太郎(建築評論家)Architectural Critic TARO IGARASHI

筆者が担当した防災・減災・震災復興のフォーカス・イシューの枠組に入る作品としては、以下の事例が挙げられるだろう。例えば、復興関係(釜石市上中島町復興公営住宅Ⅱ期、南三陸町町営入谷復興住宅、仙石東北ライン)、福島原発事故もふまえたエネルギー系(自立型水素エネルギー供給システム、エネループ ソーラーストレージ、傾斜地対応を可能にした鋼製太陽光架台)、建材(不燃膜天井、中層木造耐火プラットフォーム、止水ドア、パネル型面格子壁)、プロダクト(消火器「カルミエ」、手回し充電ラジオ)、システム(しろあり保証制度、小規模コミュニティ型木造復興住宅技術モデル群、一条BCPモデル、築古ビルのバリューアップ転貸事業、霞が関ビルディング 防災センター)などである。応募作の全体を通してみると、いわゆるコミュニティ・デザイン系の取り組みが想像以上に多いことが印象的だった。例えば、みやまスマートコミュニティ、東北和綴じ自由帳、そなえるカルタ、りくカフェ、久之浜防災緑地について考えよう、石巻・川の上プロジェクト、モーハウスの被災地支援活動などである。東日本大震災から4年以上が過ぎたとはいえ、まだ復興は立ち後れており、ハードよりもソフトの方が早く立上がりやすいことが、その一因だろう。また3.11を契機に、建築を含むデザインの分野が、コミュニティの問題に注目するようになった実態を反映したように思われる。ただし、審査の過程で、二次通過、ベスト100という風に、点数が絞られると、かなり減ってしまった。実際、ずば抜けたものが少ない。すなわち、重要性が認識されているにもかかわらず、防災・減災・復興復興の目的に対して、デザインのクオリティがまだ十分に高くないからだろう。ゆえに、この分野の課題は、まずデザインのレベルを上げることが求められる。コミュニティ・デザイン系もそこがまだ弱いように思われる。個人的には、地味で機能的という防災・減災・震災復興のイメージを変えるような試みを今後期待したい。
さて、筆者は仙台で勤務しており、被災地の状況を近くで観察すると、大きな懸念事項がある。建築の現場では、デザインに力を入れたり、それを雑誌に発表することを止めて欲しいという発注者側の声が存在するのだ。ヘタをすれば、今後、すぐれた復興のプロジェクトが登場しても、グッドデザイン賞に応募できないかもしれない。目立つことで、被災で焼け太りしたというイメージを持たれ、メディアから批判されるのを発注者が嫌うからだ。言い換えれば、被災者は被災者らしい粗末なハコモノで暮らすと波風が立たない「空気」が強い。つまり、決められた予算内で、より良いものを設計しても、褒められるどころか、余計なことをしたとみなされる。新国立競技場をめぐる騒動も、デザインの良し悪しではなく、結局は安ければ安いほどいい状況に流された。こうした社会でグッドデザイン賞がもちうる意義は、優秀な作品の顕彰を通じて、デザインが価値を生みだすことを被災地でも伝えることではないか。デザインは無駄な出費ではなく、より機能的に使え、それが愛されることにつながる。むろん、これはグッドデザイン賞の当初からの理念だろう。だが、いまそれを本当に社会に伝えられることができるかが、試されているはずだ。

医療・福祉 Medical care / Welfare
「医療・福祉」における優れたデザインとは
内田毅彦(医師・医療機器インキュベーター)MD/Medical Device Incubator TAKAHIRO UCHIDA

医療・福祉は年々社会的関心が高まっている領域である。加えて、ITやロボット技術との融合など、従来の医療製品としての枠がますます広まりつつあるといえる。グッドデザイン賞の対象となる製品についても、ジャンルの垣根をまたぐような製品も増えてくることが予想される。このような医療・福祉分野におけるデザインの意味とは何であるか。外見的な意味でのデザインはもとより、機能の改善、全くの革新性、そして規制をクリアし、適切にその有効性と安全性を社会に対してアピールしているか、これらのポイントを踏まえ、優れたデザインとして何を社会に対して訴求しているのか、その点を明確にしてデザインが担う役割や意義を追求することが必要であろうと考える。
医療製品は有効性・安全性のバランスが適切に評価され、しかるべき規制に則って商品化されて初めて医療製品と呼べる。その効果・効能はなんらかの科学的根拠に基き、適切に説明されなくてはならない。その際、医療製品の有効性・安全性評価は容易にできるものではなく、その意味では規制当局からの承認を受けているかどうかというのが一つの大事な判断基準になるものと思われた。
医療や福祉に関連する製品のデザインに対しては、供給者にもユーザーにも、いくつかの異なる視点がある。従来と機能などは変わらないが意匠としてのデザインに優れる製品。従来製品と比べ、医療用途としての機能美(機能性)に優れる製品。そして、意匠や機能に優れているとされているが、関連規制上、医療機器や医療製品として認められていない製品。こうした、異なる視点を持ってそれが「グッドデザイン」であるのかを、総合的に判断しなければならなかった。
ある製品は優れた技術により革新的な医療上の効果が見込まれるとされた。しかし、現時点では美容用途のみが製品化されており、医療用途については研究開発途上であった。この製品については美容用途としての革新性が認められるものの、医療用途としては判断するには尚早であるとされた。そこには、技術的なイノベーションがデザインによって昇華されることで、今後実際の医療の現場へと実用化されていくことへの期待感があった。
「3Mマスクにくっつくアイガード」のようなアイデア主導で優れた製品デザインとして成立されたものや、2型糖尿病治療薬「トルリシティ皮下注0.75㎎アテオス」や磁気共鳴画像診断装置「シグナ パイオニア」といった、高い技術力があって初めて機能することにつながり結果的に優れたデザインになったものなど、医療・福祉の質的向上に向けたデザインのアプローチは多様であった。
やはり高い技術力に裏打ちされた製品として、ロボットと医療の融合の結果生まれたデンソーの作業補助装置「iArmS」があった。ロボット技術は昨今では医療分野に積極的に取り込まれており、医師の作業補助というきわめてデリケートな状況で活用される機器として成立していた点で、ロボティクスが医療現場に浸透しつつあることを象徴する。そして、ITと医療の融合事例「業務用情報機器AiRScouter」も見られ、同様の社会現象となっていることをうかがわせた。このように、研究成果や技術の進歩、さらに産業構造の変化などが如実に反映されながらも、有効性と安全性が社会に訴求され、ユーザーベネフィットの獲得に真摯に向き合っている姿勢が認められることが、この分野におけるデザインの質を判断するうえで基本となる視座といえるであろう。
最後に、グッドデザイン賞における本分野の製品デザイン評価に関して、提供される情報の内容について言及しておきたい。ある製品は、医薬品医療機器等法上の届出がなされ、医療機器として販売されていた。しかし、規制の範疇で説明できる効能効果以上の機能について誤解を招くような表現が応募の際に使われており、審査の過程でミスリードされる要因となり得た。評価の前提となる情報として、規制上の承認状況とともに、効能効果を遵守し、規制の範疇で製品をアピールすることが必要であると思われた。さらに、主に意匠面や使い勝手のデザインにポイントがあるのか、機能性や技術性にポイントがあるのかといった、製品のポイントについて説明がなされることが望ましいと考える。従来の自社製品と比べてどこが優れているのか。さらには他社の類似製品と比べた際の競合優位性についての情報提供があると、特に判断がスムーズに進むものと思われる。

安全・安心・セキュリティ Safety / Security
使いたい気持ちが安全につながるデザイン
加藤麻樹(人間工学研究者)Ergonomics Researcher MACKY KATO

このフォーカス・イシューに取り上げられたキーワードはいずれも日常生活において似た言葉として用いられるためその定義を整理する。知見によれば安全が客観的な判断であるのに対して、安心は主観的な判断と解釈できると考えられる。一方セキュリティは保障や防犯など安全のための手段として用いられることが多く、いずれも微妙に違いがあると言える。
グッドデザイン賞で取り扱う製品や企画を通じてお客様にご満足いただくためには、お客様一人一人の主観的判断に基づいて安心感を持っていただく必要がある。一方でデザイナーはお客様の安心感を生み出すために、客観的な判断に基づく安全をデザインに備える役割を担うと言える。1995年に施行された製造物責任法の趣旨を鑑みれば役割以上の責任が求められると言っても過言ではない。今年応募された多くの優れた作品から審査によりベスト100として選ばれたものを通じ、そこに見られる安全と安心の傾向を検討すると、私たちが安心感を求める背景にある生活上の不安材料として災害、病気、事故、犯罪の4つが浮かび上がってきた。
まず自然災害に関して言えば、これを人類の手で防ぐことができない。しかしながら予め備えることは可能である。その一つとしてエネルギーの安定供給は災害発生時だけでなく、その後に続く生活を支える上で不可欠と言える。東芝の「自立型水素エネルギー供給システム H2One」は災害時の電力供給に安心感を与えることが期待される。またPanasonicのランタンやソーラーストレージは日常生活において使用できるものが、災害時にもそのまま継続的に利用できる点でお客様に安心感をもたらすと言える。
次に、世界的に見ても充実化が進む医療に関係する作品からは、さらに汎用性と品質の向上を窺うことができる。例としてGEの超音波診断器「Vscan Access」は発展途上地域等での使用を可能にした。またイーライリリーの糖尿病治療薬「トルリシティ皮下注0.75㎎アテオス」は注射針が露出しておらず、安全に注射できる点で医療事故の発生を防ぐ機能を有する。ともに医療における安心感が期待できる作品である。
一方で日常生活における不慮の事故も当事者にそのつもりがなくても発生することから、事故を未然に防ぐ仕組みと利用者の事故防止に対する意識が必要となる。富士重工業の「アイサイト」はドライバーの運転を助ける自動ブレーキシステムの一つとして交通安全を守る。一方、アイウェアとして3Mジャパンの「3Mマスクにくっつくアイガード」は、外科治療等における薬品や液体の飛沫から医師や看護師を守る機能を有する。同じく「3Mセキュアフィット保護めがね SF400シリーズ」は、スポーティなフォルムの保護メガネにより安全装具が必要な作業現場での利用意識の向上が期待される。
最後に犯罪については、世界的に見て我が国は治安が極めてよいと高く評価されている。さらに技術的に犯罪を抑止するシステムとしてPanasonicのネットワークカメラ「WV-SFV481」は、万が一の時の状況を記録する機能を有するとともにその存在が犯罪を抑止することが可能である。一方近年特徴的な犯罪の一つとしてコンピュータネットワークを経由した不正アクセスがあげられる。東芝の「量子暗号通信システム」は不正アクセスを防止する暗号システムである。いずれも犯罪抑止により日常生活における安心感を得ることができると考えられる。
一度デザインされた製品がお客様の手に渡ればその後にどのような使われ方をするかはお客様の裁量にお任せするしかない。結果として安心感が得られるかもお客様次第と言える。しかしながら上記の通り、製品設計における安全性の担保は必須であり、主観的判断に依らず安全機能の充実を図る必要がある。お客様が強く安心感を期待する上記4分野では、安全性の追求が特に強く求められると考えられる。ことの次第によってはお客様のご不興の要因となる可能性があるが、万が一生じる危害を考慮すれば、デザイナーは当然のこと、使用されるお客様自身にもまた安全性を優先させた製品評価をお願いする必要があると考えられる。安全と安心はお客様とデザイナーとが一緒に作り出すものと考えることができる。そのためにはお客様が安全な使い方をされた時の満足感や充実感が必要となると考えられる。いわゆる UX(ユーザエクスペリエンス)によってお客様を安全へと導くデザインが期待される。
以上の点を踏まえ、今回、安全・安心・セキュリティのフォーカス・イシューからは「使いたい気持ちが安全につながるデザイン」を提言する。

情報・コミュニケーション Information / Communication
情報・コミュニケーションにおける三つの潮流
暦本純一(ヒューマン・コンピュータ・インタラクション研究者)Human-Computer Interaction Researcher JUN REKIMOTO

情報・コミュニケーションのフォーカス・イシューに属するものとしては、デジタル機器とのインタラクションなど、直接人間が操作し機能を引き出す提案が主に応募されている。以下に現状の特徴的な三つの傾向と、若干の提言について記したい。

拡大するIoT
まず、IoT(Internet of Things)と総称される、ネットワークに接続して効果を発揮するデジタル機器の提案が拡大している。たとえばネットワーク経由で家の鍵を制御できるスマートロック「キュリオスマートロック」やスマートロックロボット「Akerun」などがある。スマートスポーツデバイス「Smart B-Trainer」はスマートフォンと連携してエクササイズを支援するデバイス、コミュニケーションロボット「BOCCO」はロボットとしてはとてもシンプルなものだが、家族間のコミュニケーションの仲立ちをすることを特徴とし、スマーフトフォン連携が前提となっている。ユビキタスコンピューティングという概念が提唱されて20年以上となるが、ここ数年、急速にそれが実用化され、私たちの社会に具体的な影響を及ぼすようになってきた。とくにスマートフォンが共通インフラとなり、多様な機器が個人や社会と連携を持つための窓口になっている。その可能性や使い方はまだ充分掘りつくされたとは言えない。いままでにない「こんな利用方法があったのか」という提案や、実際にどのようにして私たちの暮らしを豊かにしていくか、その目的が明確なものの提案を期待する。

製品開発経路の多様化が示す可能性
デジタル機器やハードウェアをプロダクト化することは多様な技術を要していたが、最近ではクラウドファンディングにより資金調達をしてスタートアップ企業でもハードウェア機器の製品化ができる道筋が整いつつある。国内でも「MotionGallery」のようなクラウドファンディングサービスが登場している。応募の具体例としては、LEDの残像効果により空中にカウント数を提示するというユニークな縄跳びデバイス「Smart Rope」が、クラウドファンディングの代表であるKickstarter出身である。
また、DIYプラットフォーム「MESH」は大企業からの提案でありながら、クラウドファンディグにより社外から一定以上の出資を募って製品化したという経緯を持っている。このように、製品開発の経路が変化しており、デザイナーや小規模なデザインファームが直接製品を開発することも視野に入ってきた。従来にもましてユニークで楽しいデザインが登場することを期待している。

デジタルテーラーメード社会の到来
3次元プリンタに代表されるファブリケーション技術の普及もデザインの具現化や販売形態に影響を与えている。いままでも、3Dプリンタは試作品やモックアップの製作には活用されていた。最近では、電動義手「HACKberry」のように、3Dプリンティング技術により、使用者に適合した義手を従来と比較して大幅に低価格で製品化することに成功した事例が出てきている。この傾向が進むと、個々の利用者の体型や好みに合わせた製品などを合理的な価格で販売することも可能であろう。工業化以前の社会では、ものは一品ずつ手作りであったが、ファブリケーション、インターネットなどにより、いわば「デジタルテーラーメード」な社会が到来するのではないだろうか。

先端技術 Advanced technology
未来を実現させるデザイン
緒方壽人(デザインエンジニア)Design Engineer HISATO OGATA

「先端技術とデザイン」について考える前に、そもそも「先端技術」とは何かを改めて整理しておきたい。過去を振り返れば、テクノロジーはいつの時代も人間の様々な能力を拡張し、社会の進化を牽引してきたが、現在の「先端」のさらに先にあるのはまだ見ぬ「未来」である。先端技術に対するデザインが、ひいてはその先端技術そのものが、社会をよりよい方向に前進させ、 人々の生活をより豊かなものにするかは、本当は将来の評価を待たねばならない。また、テクノロジーの進化にも、過去から現在、現在から未来へ続く連続的な進化と、全く新しいテクノロジーの登場や予測不能な事象による非連続な進化があり、それぞれにデザインの役割も異なってくると考えられる。本年度のグッドデザイン賞受賞対象を振り返りながら、そのような連続/非連続なテクノロジーの進化がもたらす未来とデザインの役割について考えてみたい。

テクノロジーから導き出される究極の美しさ
まずは、技術の限界を一歩一歩先に進めていくような、テクノロジーの正常進化の「先端」の事例を挙げてみたい。高画質と極限の薄さを追求し、もはや空間に映像だけが浮かんでいるかのようなソニーの4K対応液晶テレビやLG ElectronicsのOLED TV、高音質を追求したソニーのハイレゾ対応ミュージックプレイヤーは、映像音響機器のように成熟した分野において、そのテクノロジーから必然的に導かれる究極の姿を追求し、ディテールまで精緻に仕上げられた点が高く評価された。

テクノロジーの進化が切り開く新しい可能性
画期的な超高倍率ズームを実現したニコンのデジタルカメラと、超広角を実現したキヤノンの一眼レフカメラ用交換レンズも、まさにテクノロジーの限界に挑戦し、その限界を一歩先に進めた製品であるが、これまでの進化の延長線上にあるだけでなく、ひとつ枠を超えて今までにない新しい写真表現を 生み出す可能性を感じさせるものとして評価が高かった。また、シャープのフリーフォームディスプレイやSamsung Gear VRは、ディスプレイは四角形にフレーミングされたものであるという技術的制約を取り払うことで、情報表示デバイスにおけるデザインの新しい可能性を切り開くものとして今後の展開を期待させるテクノロジーである。

新しいテクノロジーと社会をつなぐ
一方で、全く新しいテクノロジーが従来のテクノロジーを置き換えたり、それまでになかった新しい価値や市場を生み出す、「イノベーション」と言われるような非連続な進化において、デザインはどのような役割を担うべきだろうか。
例えば、もはや空間に映像だけが浮かんでいるかのようなテレビも、かつては「家具調」テレビとして生活空間の中に浸透していったし、初期のスマートフォンは紙のような質感やページがめくれる視覚効果といった現実を模倣する手法を用い、やがてフラットUIやマテリアルデザインに移行していった。これら登場初期のデザインは、いずれもその技術にとっては不要なデザインのようにも思えるが、新しいテクノロジーが社会に受容されていく過程において、一定の役割を果たしたとも言える。
SIM LIGHTING DESIGN COMPANYのLED電球は、独特のLED素子形状により無指向性を実現し、従来のLED電球のような樹脂部分がなく、さらに 低コストである点など、白熱電球の置き換えとしての完成度の高さが評価された。一方で、これから先の新しい明かりのデザインの可能性を広げるという意味においては、旧来技術に依拠した電球という形状から脱し、日進月歩で進化する新しいLED技術の特性を活かしたデザインが登場してくることにも期待したい。
また、トヨタの「ミライ」や東芝の「H2One」に代表される水素関連技術、同じく東芝の量子暗号鍵配信技術など、これまでデザインが関わってこなかったような、生活者にとって馴染みの薄い先端技術に対してデザインの果たすべき役割の重要性も感じられた。それぞれ、製品という「モノ」のデザインだけでなく、水素エネルギーや量子暗号化といった、新しい技術自体の理解を広めるためのPRなど「コト」のデザインを含めたトータルデザインが意識されている点が印象に残った。

先端技術におけるグッドデザインとは
以上、「先端技術」という視点で本年度のグッドデザイン賞を振り返ると、
・テクノロジーから導き出される究極の姿を追求したデザイン
・テクノロジーの潜在的な可能性を社会に示し、その先に広がる未来を予感させるデザイン
・テクノロジーと社会をつなぎ、その未来を実現させるためのデザインが評価を集めたと言えるのではないだろうか。
しかしながら冒頭でも述べたように、テクノロジーの進化はますます加速し、未来はますます予測不可能なものになりつつある。そのような時代の変化の中で、先端技術に対するデザインをロングライフデザイン賞のように過去を振り返って評価することはできず、むしろ今は賛否両論に評価が分かれるようなものこそ、新たな時代を切り開く可能性があるのである。これからのグッドデザイン賞は「よいデザイン」を評価するだけでなく、「よいデザインとなりうるか」を積極的に社会に問いかけるような賞があってもいいのかもしれない。

ソーシャルキャピタル・オープンアーキテクチャー Social capital / Open architecture
無数の点がつながり、新たな価値を生みだす
林 千晶(プロジェクトマネージャー)Project Manager CHIAKI HAYASHI

ネットワーク化された社会で重要性を増す「つながり」のデザイン
オープンアーキテクチャーの強みは、ヴィジョンを発信し共有していくことで、既存の枠組みを超えた幅広いネットワークをつくり、新たな価値や大きな力、そしてイノベーションを生み出すところにある。デジタル技術の進歩は、ヒト・モノ・サービスを自由自在に繋げる。多くのモノや事象は、もはや単体では存在せず、ネットワーク化された中でどのような価値を提供するかをデザインする時代に突入し、それがさらにオープン化を加速させている。
しかし、企業にとってオープンアーキテクチャーの採用は、大きな機会でもあり、脅威でもある。どこをオープンにし、どこをクローズドに保てばいいかは、個別の状況に依存するからだ。市場の特性やその企業の強みなどによって、とるべき戦略は変わり、その時々の状況に基づいて、自らの立ち位置を適切にデザインする必要がある。上手くいけば想像もしていなかったような化学反応が起こせるが、失敗すると長年培ってきたノウハウを自ら流出することになりかねない。それがオープン戦略の難しさだ。
では、オープン戦略に参画してくるユーザーやパートナーとは誰なのだろうか。従来のビジネスの枠組みで捉えれば、それは様々な規模の企業や研究所であったりするだろう。しかし、オープン化の本質は、参加できるプレーヤーが「個」にもなる点だ。技術やアイデアが優れていれば誰が参加してもいい、それがオープン戦略の中心にある考え方である。オープンなプロジェクトを担うのは「個」の集合体だ。顔が見え、お互いの価値観を共有し切磋琢磨しあう「人」同士のつながりが、「ソーシャルキャピタル」を形成し、新しい価値を生み出していく。
ソーシャルキャピタルにおけるもうひとつの可能性は、現在社会の根底にある「経済的合理性」の制約から解放され、個人の情熱を、未来をつくる力に変換できる点である。それは経済性の観点では取り組むことのできなかった地方の活性化を含め、企業や行政の活動の間に生まれてしまう「空白」エリアを埋める役割を果たすことができる。成長期から成熟期に入った日本だからこそ、人々の関心は一層、社会課題の解決や生活の質の向上にむかい、緩やかな意思をもつソーシャルキャピタルが蓄積されていくことで、近代化で生じた歪みをゆっくりと修復しながら経済性と持続可能性の新しいバランスをつくりだすのではないか。
オープンアーキテクチャー化された構造が企業、行政、個人を横断的に結びつけ、自分たちが望む未来についての合意を形成し、ソーシャルキャピタルとして主体的な活動を牽引する。誰のためでもない、自分たちの未来を、自分たちでつくるための活動に他ならない。

企業が推進するオープン戦略の進化
今年のグッドデザイン賞を見ていると、日本企業が取り組むオープンアーキテクチャーの姿が、より進化し、深化しているように感じる。例えば部品メーカー大手のミスミは、「Unit Library」で製造業において最も秘匿性の高い「工場設備の設計情報」を公開するサービスを開始した。情報を社内に留めておくよりも、若手への技術伝承や業界全体の効率化に貢献すると同時に、自社の設計思想を「オープン標準」にしてしまう企業としてのしたたかさを両立させているところが優れている。また「HACKberry」や、「OPC Hack & Make Project」は、機器の設計データを積極的に公開し、世界中の開発者やデザイナーをコミュニティに巻き込むことで、製品の機能やデザインの改良・拡充が自立的に進んでいく仕掛けをつくっている。製造プロセスには、3Dデータを公開し、ユーザー個人が3Dプリンターによる製造を促進している点でも、これからの展開が楽しみである。また「MESH」も、製品自体は基本機能に特化し、ユーザーによる電子工作によって多様な展開を可能にしている点で、オープンな取組みのひとつといえる。そこには、複雑化する環境の中で、自社の強みや技術に特化し、それ以外の部分はオープンにしてむしろユーザーやパートナーに委ねるという、新しい割り切りが見えてくる。これは、部品メーカーに事業領域を狭めているのではなく、むしろオープンな形で自社の強みを社会で活用させていくための攻めの戦略だといえるだろう。

個を大きな力に変えるプラットフォームの出現
一方、オープンなフレームワークに集まる「個」が、新しい事業機会を生み出している。「クラウドワークス」は、登録者数65万人にも及ぶWebプラットフォームを通して、個人で働く人たちを対象に、雇用形態に縛られない新しい仕事の受発注を実現している。また、地域活性のための共創プラットフォーム「Blabo!」には13,000人が参画し、鳥取県や宮崎県など豊かな資源を保有する「地方」を活性化にするプロジェクトを生み出している。また、個と行政が一体になって町づくりを推進しているのが、みやま市の取組みである「みやまスマートコミュニティ」。エネルギー問題も含めて、市民と行政が対等な立場で結びつき、町づくりに取り組んでいる。それは、徹底的に分業化して効率と成長を求めた近代に終わりを告げ、ヴィジョンを共有するつながりが核となり社会を動かしていく「未来」を示しているように思われる。

教育・伝承 Education / Inheritance
学びの再デザイン
石戸奈々子(デジタルえほん作家)Digital Ehon Artist NANAKO ISHIDO

「19世紀の外科医が現在の手術室にやって来ても何一つ仕事ができないだろう。だが、19世紀の教師がやって来たら、きっと何とかやっていけるだろう。教授法はこの150年で変化していないからだ。」MITメディアラボのシーモア・パパート教授の言葉だ。
その状況は日本においても変わらない。農耕社会から工業社会に切り替わるに当たり、明治政府は義務教育を導入した。寺子屋から一斉授業を行う学校へ。急速に工業社会へと向かう日本には教育システムの転換もまた必然だった。そして、工業社会から情報社会・知識社会へと切り替わる今、改めて教育の再デザインが求められている。
今回のグッドデザイン賞では、そうした社会的欲求に応える新たな学びの提案とも捉えられるデザインが多々見られた。具体的には「学びの内容」、「学びの方法」、「学びの環境」の3点に関わるデザインであったように思える。

「学びの内容」
「科学する心」や「自分で考える力」を育むテレビ番組「ミミクリーズ」や、特別な知識がなくても誰もが簡単にデジタルものづくりを学べるスマートDIYプラットホーム「MESH」などは、これまでの学校教育の中で重きを置かれてきた記憶・暗記ではなく、「思考」や「創造」を重視した学びへの提案と言えよう。

「学びの方法」
学びの内容が変われば、それに伴い「学びの方法」の変化も求められる。これまでのように1人の先生が一方的に複数人に知識を伝達するスタイルではなく、みんなが知識や経験を持ち寄り、教え合い学び合い、共同で新しい価値を生み出す双方向の学びのスタイルが必要とされる。そのような学びをデザインする人材のニーズが高まり、学習プログラム「ワークショップデザイナー育成プログラム」が生まれ、浸透しているのであろう。

「学びの環境」
学校や家庭に依存するのではなく、地域一帯となって学びの場をつくることが求められている。「石巻・川の上プロジェクト」や「シェアビレッジ」にはそのヒントが散りばめられていた。そして地域での学びが結果として、地域の文化の伝承にもつながっている点にも着目したい。
また、新たな学びの環境において大切なことは多様性を尊重すること。福祉施設「福祉創造塾ふれあいの部屋」は、障害のある方が子どもたちの先生になるということをひとつのきっかけに、その場に関わる地域の多様な人材があたたかいひとつの家族のようなつながりを生み出し、学びの場をデザインしている。これぞインクルーシブ教育だと思わされる。
ICTの普及が社会を大きく変え、これからを生きるに当って求められる力に変化を起こし、学びの内容・方法・環境の変化を余儀なくさせた。その一方で、ICTがその変化を可能とする。
それを示すデザインが学習サービス「勉強サプリ」、iphone アプリ「ハイブリッド黒板アプリ「Kocri(コクリ)」であった。ICTの力を活用し、上述のような、思考・創造型の学びを、協働の学びを、学校家庭地域をつなぐ学びを実現していく。さらには地理的・経済的理由によらず、全ての子どもたちに最高の学びに触れる機会を提供していく。
150年変わらなかった学びをどう変えていくのか。デザインの力に期待する。

ビジネスモデル・働き方 Business model / Way of working
“ひとつのアイデアが世界を変える”だれもがデザイナーになる時代
ナカムラケンタ(実業家、編集者)Businessman, Editor KENTA NAKAMURA

メーカーがデザイナーに仕事を依頼する。それが形になって世の中に広まっていく。90年代のグッドデザイン賞を見ていると、こういう仕事を経て形になっているものが多い印象を持つが、今年のグッドデザイン賞では、デザインを依頼する側もされる側も多様になっている。さらに言えば自らデザインし、自ら形にして、世に広めていく形態も増えているように思う。
たとえば、「LED-embedded jump rope」は小さなベンチャー企業が商品化までこぎつけたものだし、「WHILL」もはじめはクラウドファンディングで資金調達するところからはじまったプロジェクト。「播州刃物」は職人たちが団結し、事業全体をあらためてデザインしていくことで新しい価値を提供している。裏側には事業を仕掛けた張本人が存在すると思われるが、それは今までのデザイナーの役割を超えているように思う。
アイデアを思いつき、ファイナンスも考え、もちろんデザインもする。だからこそ、ストーリーも一貫しやすいから魅力的であるし、自ずと共感が広がり普及していく。「シェアビレッジ」や「前橋◯◯部」なども、まさにそのような事業だと思う。とても軽やかに事業を立ち上げて、自ら形にしていき、共感が集まるので自ずと広がっている。
なぜこのような小さなチームがプロジェクトの川上から川下まで関わるデザインが増えているのか。ひとつはインターネットの存在が大きいと思うが、とくにあらゆる事業を実現するインフラが整ってきているからだと思う。「会社設立freee」、クラウドソーシングサービス「クラウドワークス」、クラウドファンデイングの「MotionGallery」などにより、大資本がなくとも事業の実現性が高まった。いずれも2011年頃に設立されたベンチャーであることも興味深い。
このようなインフラが生まれ、世の中に浸透していったことで、今までは大きな組織でないと成立していなかったものが、小さな組織や個人でも実現可能となった。大組織でプロジェクトを立ち上げる場合、決裁権者が多数いることでアイデアが骨抜きになったり、最大公約数を狙うことで独創的なものが実現されないことも多いように思う。けれども、インフラが整うことで、今までは組織で役割分担して進めないと形にならなかったものが、ひとりの頭の中で考えたものがそのまま実現することも可能になった。ひとりの頭の中で思考するということは、コミュニケーションが不要な分、スピードも速く革新的なアイデアもそのまま形になりやすい。わざわざ膨大なプレゼン資料をつくり、誰かを説得する手間も時間も不要となる。そのため小さな組織でもイノベーションを起こしやすくなっているのではないか。
このようなイノベーションを大きな組織でも実現していくことが、新しい時代のデザインを生むために必要なことだと思う。その方法には、たとえばひとりの天才がすべてを決めていくやり方もあるし、大組織の中に自由に動ける小さなチームをたくさんつくることなのかもしれない。ただ、さらに進化させるためには、シナプスが情報伝達するように速く、細やかなニュアンスも伝えられるコミュニケーション手段が生まれることが不可欠である。まるで映画『マトリックス』のように。そうすれば、アイデアは強度を保って形になりやすいし、言語化することが難しいものも関係者に共有することができるため、より高次の仕事を実行することに時間を費やせる。「ワークショップデザイナー育成プログラム」や「Blabo!」は、コミュニケーションを円滑にするためのものであると言える。さらにテクノロジーが進化し、コミュニケーションがうまく行われるようになれば、より多くの革新的なデザインが生まれてくるように思う。

生活文化・様式 Culture of life / Mode of life
変わる産業とデザイン
原 研哉(デザイナー)Designer KENYA HARA

産業とデザインの可能性を見すえていくグッドデザインの、今後の進むべき方向を想定しながら、フォーカス・イシュー「生活・様式」の点から考えてみた。まず、第一に向き合わなくてはならないの、近未来の日本の産業の動向についてである。

インバウンドの急速な伸び
現在の日本は、工業生産すなわち「ものづくり」一辺倒の時代に別れを告げて、観光を基軸とする「価値創造」の産業へと変わろうとしている。人口減少と高齢化が進んでいる状況下では、負の要因を埋め合わせる活力として移民政策の是非などが議論されているが、一方では新たな光明が見えはじめている。
ひとつは世界の旅行者人口の推移。もうひとつは、訪日者人口の推移である。世界の旅行者人口は「うなぎ上り」という形容を使いたいほどの上昇基調にある。日本は、二つのオリンピックを経験することになるが、最初のオリンピック、すなわち1964年頃は、国境を越えて世界を移動する人々の大半は欧米人であった。しかし、徐々に、アジア中東などの移動人口が増え、ここ数年は中国人旅行者も加わり、増加傾向に拍車がかかっている。これは、世界の産業における「観光」の比重が急速に高まっていることを意味している。
ある国を訪れる人が生み出す消費は、その国の「輸出」に相当するわけであるから、インバウンドが増え、多くの消費を国内で行ってもらうことは、輸出を増やし外貨を稼ぐことと同義である。急増する旅行者をいかに呼び込み、産業化できるかという視点が、これからの日本の産業振興にどのような意味を持つかは、もはや自明であろう。
日本への渡航者数も基本的に上昇基調で、ここに来てその傾向は一段と加速している。2度下がっている年はリーマン・ショックと3.11。昨年2014年の訪日者総数は1,400万人であった。日本政府の目標値と聞かされてきた2,000万人は、二度目の東京五輪の五年後、2025年あたりであったが、驚くべきことにこの数字は、今年2015年に達成される可能性が出てきたと言われている。急速なインバウンドの伸びである。

日本の経営資源
観光資源の要は以下の4点であると言われている。1:気候 2:風土 3:文化 4:食。東アジアの東端に南北に連なる列島には変化に富んだ気候がある。国土の大半は樹々に覆われた山で、上質で豊かな水に恵まれている。列島全体が火山帯で、いたるところに温泉が湧き出している。千数百年の間、ひとつの国であり続けたことによる極めてオリジナリティの高い文化を持ち、ホスピタリティのきめ細やかさと洗練においても世界のトップクラス。また「和食」は、世界の食がまさに注目し始めた「旬」と「うまみ」を標榜する高度な技術・サービス体系を確立している。低価格の食も味や安全性の点で、高い水準に達している。つまり観光立国を果たすには、日本は十分すぎる資源に恵まれているのである。日本を訪れる人々はその価値を知っている。しかしながら、なぜか日本は今日まで「観光」に正面から向き合ってこなかった。その理由はおそらく、戦後の国策として工業立国を果たし、その成功すなわち高度経済成長の余韻が色濃く漂っていたからであろう。「観光」は途上国の産業であり、工業技術において日本の後ろを歩く国に任せておけばいいのではないかという、暗黙の軽視がその理由だったのではないかと考えられる。
しかしながら、状況は変わり、日本を訪れる人々と、その増加傾向が、日本の魅力と可能性を明確に示唆しているのである。「移民」ではなく「旅行者」が、これからの産業を支えていきそうである。フランスを訪れる観光客の数は6,500万人。日本の現状は1,400万人であるが、潜在する実力値として8,000万人から1億人が想定できると言われている。
戦後70年間、工業化に向けて、日本は国土を「工場」にように開発してきた。沿岸をコンクリートで固めて港湾化・コンビナート化し、高速鉄道網や高速道路網を整備して、物流のインフラを整えた。そろそろ発想を切り替えて、国土を徹底的に掃除し直し、外からの来訪者を迎え入れる国として、磨き直さなくてはならない。デザインが活躍するのは、まさにこうした局面であろう。したがって、グッドデザインのあり方も「製品のデザイン」のみならず、訪問者に向けて「国土と環境のデザイン」という観点から、見直していく必要がある。これは「生活・様式」というイシューの向こうに見えてくる根本的な「グッドデザイン」の捉え直しを示唆するものであり、活動の根幹を問い直すものでもある。こうした視点から、本年後の応募案件を眺めてみたい。

空き家とインバウンド
住生活の領域では、空き家の再生、シェアリング、高齢者コミュニティという観点での提案が増えてきている。「空き家」は問題というよりも新しい可能性でもある。
社会問題は見方を変えれば「可能性の芽」である。たとえば地域の「空き家」は、激増するインバンウンドに対応する宿泊施設と考えると、途端に光が差して見えてくる。
宿泊サービスを展開するAirbnb(エア・ビー・アンド・ビー)という米国企業がある。空いた家や部屋を、宿泊用途に貸し出す仕組みである。貸し出される空間は利用者によって格付け評価されるが、これを貸し出す方も利用者を格付け評価する。利用の仕方が乱暴だといい評価は得られず、いい評価を得ていないと思い通りの物件に泊まれない。かくして「優れた物件」と「気持ちのいい利用態度」は自動的にふるいにかけられ共進化することとなり、欧米を中心に利用者が急増し、物件の登録件数は190カ国3,400都市、150万件を超え、利用者の数も4,000万人を超えた。日本にもこのサービスは上陸し始めたが、Airbnbは、東京や京都はもとより、さらに日本の深部へと入り込もうとしている。日本のオリジナリティを堪能したい外国人にとっては、日本の一般家屋や古民家は魅力的である。一方で地域は空き家に頭を痛めている。二つの与件を付き合わせれば、おのずと答えが出る。もちろん、これは一例に過ぎないが、このような状況を調停していくところに、デザインの介入を期待したいところである。
一般住居については建築家自身による設計提案が大半を占めるが、古い建築を再利用するリノベーションが加速していく状況の中では、「住まい手自身の能動性」を助長し、「住宅リテラシー」を育成していく、広義の意味での「教育的アプローチ」が待たれている。自分の住まいを自分で考えていく能動性、積極性が、今後の日本の住環境の向上には欠かせない視点である。

異界ホテルとエネルギー
日本は四方を海に囲まれ、素晴らしい景観を堪能できる国立公園は沿海地域に多い。しかし半島の先や島々など、いわゆる異界にはエネルギー、移動手段、通信などのインフラが整備されていない。コストをかけてインフラ整備をするのではなく、テクノロジーと知恵で、こういう場所に新しい発想の小規模ホテルなどが構想されていいのではないかと思う。日本には世界に誇れる旅館は少なくないがホテルは非常に少ない。リゾートの考え方も植民地を持っていた国々の亜流である。環境負荷を低く抑えつつ、自然環境を壊さず生かせる、日本独自の宿泊施設やサービスが待たれている。水素エネルギー車「ミライ」は、大きなエネルギーの発電量が魅力で、単なる移動手段を超えて、異界に設えられた別荘などに、電気と情報を送り込む手段と考えると面白く見えてくる。

日本の深部への旅客移送
都市間の大量移送もさることながら、風光明媚な日本の深部へと外来者を運ぶ、新しい移動インフラの構想が待たれるところである。新幹線や空路は、もっぱら都市間移動で、その先の日本へと外来者移送するサービスは、ないか、極めて細い。
箱根の登山鉄道など、地域の移動サービスプロジェクトは、明快に外来者を意識することでもっと焦点の定まったデザインが見えてくるはずだ。
子供を送迎するタクシーサービス「エキスパート・ドライバー・サービス」は、自動運転とは異なる視点で、人的サービスの優位をふまえてタクシーサービスを再定義している点で可能性を感じた。
モーターボートのデザインが2点(レジャーボート「242 Limited S」、プレジャーボート「PONAM31」)あったが、海に囲まれた国としては、こうした「海の乗り物」の圧倒的な先進国でありたい。そういう意味で、次年度以降にさらに期待したい。
2シーターのスポーツ車「マツダ ロードスター」は、単独のデザインというより、このような「走る快楽」をどのようなサービス連携で、外来者に堪能してもらえるかを考えてみるとどうだろうか。

旅客へのインフォ・デザイン
移動空間の結節点である駅や空港は、人の誘導を円滑にそして心地よく誘うための、サイン計画などが新たなテクノロジーの導入とともに、総合的な視点で行われるべきである(「成田空港第三ターミナル」)。駅のサインや、プラットホームの電動壁面など、断片的な提案はあるのだが、総じて大局的な視点が乏しい。これは大局観で解決できる明快な課題ではないだろうか。

物流サービスの可能性
物流サービスでは、宅配便のクルマが道の駅へと農産物を輸送するサービスを並行させるプロジェクト(道の駅「ソレーネ周南」)に、小さいながら、ぽっと心に灯がともるような、あたたかい可能性を感じた。今日の日本の物流サービスには圧倒的な可能性を感じている。最後は人の手を介するきめ細やかな物流サービスが、高齢社会や観光の問題に明るい光をもたらしそうに思われるからだ。冷蔵庫の未来形は「ドアが向こうからも開く」という指摘がある。つまりプライベート空間の内側で、自分のための食材を自分で冷蔵管理するだけではなく、外のサービスに食材管理をゆだねるという発想である。
これには高度なセキュリティと物流の管理が必要になるが、このような、テクノロジーとサービスの信頼性を融合できる可能性をもった国として日本はその先端にあり、また社会状況もこのようなサービスによって解決できる問題としてそこにある。
少量で細やかに生産されるものを、人々に、きめ細やかに、確実に届ける仕組みが、未来の日本の安定を生み出していきそうな気運である。

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